第161話_戦場で水が示した強さと

 訓練室の壁が壊れたことは政府関係者には広く知らされた。

 しかしタワーの安全性には一切の問題が無いこと、被害者も無いことが丁寧に説明されれば大きな批判の声は無かった。イルムガルドが加わって以来、WILLウィルは多くの戦果を出していて、国民の間で人気が上がっていることも一因だろう。WILLウィルを叩き落とすことで利を得られる政府関係者は少ない。

 なお、破壊をしたのがレベッカであることは、当日立ち会った者達と、ごく一部の関係者しか知らない。レベッカはあの後モカにも話さなかったらしい。その状況で、レベッカからも可能な限りの秘匿を求められたことは、組織としては都合が良かった。結局、奇跡の子らには『工事の為、十七から二十番の訓練室はしばらく利用できない』とだけの通知になっている。特に疑問の声は無かった。

「ブレーキの方は、自覚できたのかしら。こちらは差し支えなければ、少し内容が知りたいわ」

 あれから半月。重ねられた検証。既に奇跡の力が安定を見せたレベッカに、ヴェナが柔らかく問い掛ける。想定よりずっと早くに能力を安定させた為、ブレーキに関しては検証らしい検証が出来ていなかった。ブーストと違い、ヴェナ達の方で予想すら立っていない為、参考という範囲でレベッカに確認したかったのだ。そのような背景まで彼女が気付いているかはさておき、レベッカはゆるりと頷いた。

「うん、一言じゃ説明できないんだけど、多分、『使えないかも』っていう『不安』」

「……なるほど。確かにあなたの場合だと、それが今までに起こらなかったのは納得ね」

 WILLウィル加入当初から、レベッカの能力は安定していた。安定して利用できる、思い通りに動かせることが既に彼女には当たり前のことだった。それを疑ったことは、習得後には一度も無い。

 しかしレベッカは怪我をする少し前から、今までとはまた違う能力の利用を練習していた。新しいことであるが故、ベクトルは違うものの『できるかな』という小さな不安があったのだ。それが一時的に不安定さを呼んで何度か失敗をしてしまうと、『また失敗するかも』と不安が募る。

 あくまでもそれは『新しいこと』をした過程のことであって、怪我をした後遺症ではのに、レベッカも、後遺症と思い込んだ。今まで当たり前だったことが『出来なくなっている』という不安を抱えた。結果、悪循環を繰り返してどんどん不安定になったのだ。

 勿論、上手く使えない日々が続いたのだから、その不安を心から全て消すことは容易ではない。「絶対に使える」と自らに言い聞かせ、繰り返していくしかない。それでも、理論的にこれで使えるようになるはずだ、と思うことと、根拠なく言い聞かせるのとでは話が変わってくる。

 案の定レベッカの水の操作はすぐに安定した。そして、ブーストの方も、ある程度は意識的に使いこなせるようになっている。

「これ以上の規模は訓練室内では難しいわ。首都から離れた施設へ行くか、任務の中で検証を続けるかのどちらかになる」

「司令は、何て?」

 ヴェナはレベッカからの問いに眉を顰めた。答えの前に小さく零された溜息は、彼女の苛立ちを表すようだった。しかしヴェナが気を悪くしたのは質問内容に対してではない。

「……明日の朝、あなたのチームは遠征に出る予定よ。司令の希望は此方ね。私がさっき『早すぎる』と言って通信を叩き切ったところなのだけど」

「ヴェナ……」

 上司にするには少々厳し過ぎる対応に、レベッカが苦笑を漏らす。しかしヴェナはさも当然というように首を振った。

「あなたの心身に負担があるなら、復帰はまだ見送るべきだわ」

 この検証が本格的に始まった折に、職員らとヴェナはデイヴィッドから「レベッカの心身が何よりも大切」だと念を押されている。にも拘わらず。デイヴィッドの方からこうして無茶を口にしてくるのだ。WILLウィルという組織として求められていることとの狭間に彼が居るのは理解しているし、『心身への影響』をヴェナ達なら正しく判断して、問題があれば却下するだろうという信頼であることも分かっている。しかし、「大事と思うなら、此方が願うまで自分の元で留めておいて下さい」と言いたくもなるだろう。ヴェナはそのままの言葉で司令に返し、通信は本当に叩き切った。傍に居た職員らは笑っていた。

「――いや。行く」

 いつの間にかレベッカは少し俯いていて、その表情がヴェナには見えない。二人だけの面談室には沈黙が落ち、返す言葉を迷ったヴェナの小さな吐息が揺れた。

「あなたがそう言うなら、そうしましょう」

 答えたヴェナは何処か悲しい顔をしていたけれど。俯いていたレベッカには、それも見えなかった。

 この日、レベッカの正式な戦線復帰が決まった。


 翌日、遠征は大所帯となっていた。

 モカとフラヴィが作戦指揮をするようになってからはデイヴィッドが随伴する機会が無くなっていたが、今回は彼も随伴することになったからだ。

 飛行機での移動後、軍用車で現地に向かう中、その件についての詳細を今、説明されていた。

『レベッカの状態を指揮役の二人に見てもらう機会が無かったからな、今回は、俺の指揮とさせてほしい。勿論、万が一でも此方と分断されることがあれば、フラヴィが現場指揮を頼む』

 復帰が決定したのは前日だった為、色んな準備が間に合わなかった。そもそも、出陣の要請が『緊急』だったので仕方ない。フラヴィは色々と言いたいことがある顔をしつつ、了承を告げる。

『まだ電撃兵器およびバリスタは確認されていない。だが外装をカムフラージュしている可能性もある。陣形は以前と同じだ。イルムカルドが先頭、ウーシンはレベッカ用の盾を配置次第、イルムカルドに続け。レベッカとフラヴィは固定された盾の後ろに』

 イルムガルドとウーシンは現在、新しい武器を持って訓練を繰り返しているが、配置は以前と変わらない。全員が特に戸惑い無く頷く。

『他に何か質問はあるか?』

「ヴェナは、来なかったんだね」

 現在ヴェナが主体となってレベッカの状態を調査・研究していることは、チームメイトには知らされていた。しかしその責任者たるヴェナではなく司令が同伴なのは違和感だ。素朴なフラヴィの疑問に、通信先の司令から音が返らない。代わりに答えたのは、軍用車内にも同乗している職員だった。

「彼女を外へ出すには色々と手続きがあるからね。昨日の今日では難しいよ」

「あ~……」

 ヴェナは、今も謹慎処分中の子だ。イルムガルドは既に戦線復帰を許されているものの、ヴェナに関してはまだ許可が下りていない。研究の一環として――と説明を付けられなくもなかったが、……前回の騒動で共犯となったイルムガルドが共に居る遠征先に出すには、少し言い訳が弱い。『昨日の今日では』誤魔化しの利く理由を用意できず、見送りとなった。

 そのような事情も、随伴できないだろうということもヴェナは初めから分かっていた。だからレベッカが行くと決めてしまった後、「私が行けないのですから当然これをご提案して下さった司令が随伴して彼女を見守って下さるんですよね?」とデイヴィッドに強めの釘を刺している。彼女の話題でデイヴィッドが答えに詰まるのはそのせいだ。彼女に言われたからといって易々と予定を空けられる総司令官ではないので、「もしレベッカが出ることになるならば」と事前に調整はしていたから今此処に居るのだが。何にせよヴェナに詰め寄られるのは、司令でも怖い。

『もうすぐ到着になる。……調子はどうだ、レベッカ。問題ないか?』

「あはは、まだ移動してるだけでしょ。大丈夫だよ」

 過保護ともとれる声掛けにレベッカが笑い、フラヴィ達も少し呆れた様子で笑っていたけれど。

 司令の乗る軍用車の方に同乗していたモカは笑うことなく、彼の横顔を見つめていた。車内は嫌に緊張感があり、デイヴィッドの問いは冗句でも何でもない。心配性だからという範疇ではない『何か』の懸念があることを、察していた。

 奇跡の子らが目的地まで辿り着くと、自国軍による敵軍の陽動が始まる。相手が乗ってくれば、北北東から敵軍が迫ってくる見込みだ。ウーシンはレベッカ用の盾を設置すると、自分が使う岩の準備の為、少し離れる。イルムガルドは何かあった時にフォローに入れる位置で周囲を警戒していた。

「ねー、フラヴィ」

「うん?」

 既に盾とレベッカの間に収まっていたフラヴィが、不意の呼び掛けに振り返る。しかし呼んだ当人は明後日の方向をぼんやりと見つめていて、目は合わなかった。

「アタシが能力を使い始めたら、できたらあんまり声を出さないでほしいなって」

「あー、何か不安定だって言ってたっけ」

「そうそう、訓練では安定したけど、実戦でどうかまだ分かんないし」

 大袈裟に肩を竦めて軽い調子で言うものの、未だ目を合わせないのは強がりな彼女なりの不安の表れだろうか。フラヴィは神妙に頷いた。大きな怪我により長く離れていた戦場だ。レベッカとはいえ、緊張や不安は当然のことに思えた。

「分かった、気を付けるよ。集中して頑張って。無理はするなよ」

「ありがと」

 デイヴィッドからは不定期に通信が入り、軍の状況が共有される。まだ敵の戦車は影すらも見えないが、北北東の砂埃が大きくなり始めていた。

『――間もなく戦車が確認できるだろう。此方のドローンからは既に見えている』

「イルムカルド! 見える?」

 フラヴィが呼べば、イルムカルドが軽く手を挙げた。見えない時は否定するか首を振るので、おそらく、『見える』と答えている。少し高い岩場から周囲の警戒をしている彼女の目には、もう確認できる距離のようだ。

『あちらから攻撃があるまではイルムガルドも待機だ。ウーシンは、投岩の射程に入るまで待機。……レベッカ、行けるか』

 怪我をする前、レベッカは水操作の射程と威力を伸ばした。その時よりも今の距離は更に遠いように見えるが、そろそろ射程なのかもしれない。

「多分。もう使っていいの?」

『攻撃はいつでも。お前のタイミングで構わない』

「分かった。じゃあ、……司令もしばらく黙ってて」

 酷く冷たい言い方だと、フラヴィは思った。通信越しにそれを聞いていたモカも、レベッカらしくない声に聞こえた。集中しているからだろうか。それとも彼女のことを心配するあまり、自分達の方が変に意識してしまっているのだろうか。彼女らは戸惑いながらも、集中を妨げないように口を噤む。

 レベッカが動くまでに、たっぷり三秒ほどあった。

 彼女が手を前に向け、視認できる敵軍を左から右になぞるように動かす。何も起こらなかった。そう思った瞬間。敵の戦車は左から順に、次々といった。いつものような水柱は見えない。ただ、薄い水のヴェールのようなものが動いているのは見えた。

 更にレベッカの手が右から左へと動けば、水のヴェールもそのように走り、また、敵軍を引き裂いて行く。

 それはまるで、白い大きな刃だった。

 フラヴィは思わず自分の口を両手で押さえる。事前に言われていなかったら、間違いなく何か声を発していただろう。必死に、邪魔をしまいと飲み込んだ。

 すると不意に、震えた呼吸が背後から聞こえ、苦し気な唸り声も混ざった。

『――レベッカ』

 ずっと静かだった通信越しに、司令が声を掛ける。彼は「黙ってて」と願われていたものの我慢できなかったのかもしれないし、様子が変われば願いに関わらず声を掛けるつもりだったのかもしれない。

『体調に変化があるなら、無理をしなくていい』

「黙って……」

 絞り出すようにレベッカが言った。苦しさからか、苛立っているようにも聞こえた。それでも司令はその言葉に応じず『レベッカ』と呼ぶ。フラヴィが振り返って見上げた彼女は苦悶の表情を浮かべていて、頭を抱えるように両手で顔を覆った。

「モカ、フラヴィ……」

『なに?』

「どうした?」

 弱々しい彼女からの呼び掛けに、二人は同時に応じた。それから、二つの呼吸。

「いや……ごめん、何でもない。……司令、これ以上は無理そう」

『ああ、ご苦労だった。レベッカはこのまま待機だ』

 司令の声は、安堵の色に染まっていた。

 レベッカは額に浮かんでいた汗を拭うと、心配そうに見上げてくるフラヴィに軽く笑みを向ける。疲れている様子はあるが、現在進行形で何かに苦しんでいるような、先程の様子ではない。それでも彼女の様子を慎重に観察したかったのに――レベッカに促され、フラヴィは前を向く。何かあったらフラヴィは現場指揮だ。後ろばかりを見ていられない。

『敵の損壊率は五十七パーセント。撤退の兆しはあるが、まだ分からない。進軍または攻撃をしてくるようならイルムガルド、ウーシンが応戦しろ』

「うん」

「任せろ!!」

 その後、敵軍は牽制の為だったのか数発の砲弾を撃ち込んできた。しかし事も無げにイルムカルドがそれを処理し、お返しのようにウーシンが二つの岩を投げ込むと――即座に、白旗を上げていた。

 切り裂かれた車両が折り重なっていて撤退も儘ならず、その中に岩や砲弾を浴びせられては、ただ死ぬだけだ。降伏しか無かったのだろう。待機していた自国の軍が距離を詰めるのを見守り、間もなく、イルムカルドらの任務は終了となった。

『レベッカ、後程、ヴェナに用意された質問票に答えてほしい。検査も必要だ』

「はーい……」

 答える声も力が無い。彼女は酷く疲労しているのか、迎えの軍用車に乗ってからずっと目を閉じている。

「ちょっ、わっ、あぶな!」

 徐に、隣に座っていたイルムカルドが無言でレベッカの膝の上にドリンクボトルを置いた。丁寧に手渡されたわけでは無いそれは当然すぐにバランスを崩して膝から零れ落ちていく。気付いたレベッカが慌ててお手玉をして捕まえた。逆隣りに座っていたフラヴィはその一連の流れがツボに入ってしまい、肩を震わせる。職員も同じく口元を押さえて震えていた。

「渡すにしてもやり方があるだろ」

「はー、マジでびっくりしたぁ。ありがとー、イル」

 騒ぎの元となったにも拘わらず、イルムガルドは素知らぬ顔でドリンクボトルを傾けている。レベッカは水操作を終えた時に酷く汗をかいていたし、水分補給は必要だろう。イルムガルドから渡されたとあっては無下にも出来ないらしく、素直に飲んでいた。

 一方その頃、レベッカらと同じく駐屯地に向けて移動をしていたデイヴィッドらの車内で、不意にモカがマイクを切るようにと手振りした。少しの逡巡の後で、デイヴィッドが通信のマイクを切る。

「説明をして頂いても?」

「……駐屯地に着けばまずレベッカの検査となる。その間に説明をするつもりだが」

「二度手間については申し訳ありません。ですが、出来れば早くに知りたいので」

 デイヴィッドは小さく息を吐きながら、椅子の向きを変えてモカへと向き直った。応じるというつもりだろう。

「先に言うが、俺に怒るな」

 しかし説明の前にそんな言葉が零れてきた。今までモカがレベッカの状態を知らなかったことも、事後報告になることも、デイヴィッドの決定ではないからだ。モカは少しばつが悪そうに俯いて「怒ってはおりません」と続けた。しかし不満そうな声は隠し切れていない。いつになく年相応か、やや幼い印象を与えるそんな様子に、微かにデイヴィッドは目尻を下げる。

「あれは、怪我より前からレベッカが個人で練習をしていた、水による『斬撃』だ」

 薄くした水を超高圧で噴射させることで『斬る』というものだ。実際、熱に弱い金属や鉱石の加工では水を利用したカッティングの技術は存在している。レベッカはそのようなことを何も知らず単純に、『操作する水の量は増やせないから、圧力や勢いで工夫しようとした』らしいが、結果的には彼女の能力の範疇で最も高い攻撃力を引き出したと言えるだろう。

「ですがあれはレベッカの身体に、負担が掛かるのですね」

「そのようだ。に負担があるらしい。訓練室で行う範囲では軽微な疲労のみだったが、あれだけの規模となると、その程度ではないようだな。この辺りは今後もっと詳しく、ヴェナと共に詰めていくことになる」

 負荷の先を『身体』ではなく、デイヴィッドは敢えて『心身』と言い直している。つまり彼女の精神にも、何かしら影響があるのだ。酷く不安そうに自分とフラヴィを呼んだレベッカの声を思い出し、モカは唇を噛んだ。

「負担の程度もまだ分からないような状態で、急ぎで戦場に戻す必要はあったのですか」

「ヴェナにも散々、その件は責められた。お陰で俺は既に憔悴している。……だが、レベッカが望んだ。俺はあくまでも提案をしただけで、命令はしていない」

 本心からデイヴィッドはそのつもりだったのに、ヴェナには通信を叩き切られた後に詰め寄られ、モカにも睨まれているので不憫なことだ。モカは状況を察し、少し頭を下げた。

「分かりました。……すみません。感情的になりました」

「お前が誰よりもレベッカを心配しているのは、分かっている。……あの子の戦い方は、全員で考えて行こう」

「はい」

 優しくて大きな手がモカの肩に乗った。そう、自分達が守り、制し、支えなければならない。デイヴィッドがそれを放棄するならば責めるべきだろうが、今は同じ方向を見ているのだ。噛み付いている場合ではない。モカはゆっくりと顔を上げた。

「――以上の説明の通り、今のレベッカはかなり強力な遠距離攻撃を行えるものの、身体への負担が発生する為、安定的な力ではない」

 到着したイルムガルドらに、デイヴィッドはモカに伝えたのと同じ説明を繰り返した。

 今、レベッカ本人は検査の為に離れていてこの場に居ないが、説明をすることは同意を取っている。

「イルムガルドと共に、二人は高火力だが、リスクのある力だ。だから今後は、安定的に強い力を発揮できるウーシンと、補佐的に動けるフラヴィに支えてもらいたいと思っている」

 高い攻撃力を持つ者がこのチームに偏っているとも見えるが、長く首都から離れていると消耗してしまうイルムガルド。大きな規模で斬撃を利用すればあのように動けなくなる瞬間があるレベッカ。特にレベッカの方は負担の詳細がまだ全て分かっておらず、先程のように指示が通らなくなる状態は、想定していないものだった。今後は加味していなければならないだろう。

 一方、ウーシンやフラヴィは安定的な能力の利用ができており、攻撃力こそ二人には及ばないものの、二人を『支える』『カバーする』という役割は任せやすい。ある意味、バランスの取れたチームと言える。モカの広い視野が加わって完璧ではあるが――モカはフラヴィが独り立ちできるまでの一時的なチームメイトの為、今回の会議では言及を省略された。

「司令、レベッカの検査が終わりましたが、……彼女は先に飛行機へ移動させています」

「どうした?」

 報告に来た職員へと一斉に場の視線が集まる。彼は少したじろいだ後、説明を続けた。

「頭が痛いとのことで、鎮痛剤を服薬させました。眠った方が楽ではないかと提案したところ、本人もそのように求めた為、飛行機へと」

 この後はすぐに首都へ向けて飛行機で移動することになっていた。此処に居る者も、撤収の準備が済めば順次乗り込むことになっている。レベッカが此処に戻って休んでも、どうせすぐに移動することになる。最初から飛行機で休ませてやろうという考えだったらしい。納得したようにデイヴィッドは頷くも、体調が悪いと訴えていることへの心配は拭えない。

「検査結果は?」

「数値上、大きな問題はありません。微熱があるようですが、それ以外に目立った点は何も。既にヴェナへはデータを転送しました」

「そうか……」

 問題が無いのは良いことだが、つまり不調の原因は分からない、ということになってしまう。

 その場合、対症療法でしか対応できない。服薬して、痛みを緩和させて眠らせる。それでは今を凌げたとしても、目覚めた後にはどうだろうか。次回の能力使用後はどうだろうか。心配すべきことが多過ぎた。

「早く首都に戻り、詳しい検査や治療をしてやりたい。可能な限り準備を急いでくれ」

「畏まりました」

 今のレベッカの傍にも医療班および医療機器は備えてあるので、移動中に異変があればすぐに対応できることも子らに説明を付け足した。しかしデイヴィッド自身が不安に感じているせいで、安心させるに足るものではない。表情を曇らせながら、フラヴィ達も移動準備に取り掛かる。

 彼らが首都へ戻ったのは、その日の深夜となったが。到着直前に目を覚ましたレベッカはすっかりと元気な顔をしており、頭痛も無くなったと言った。精密検査にも問題は見つからず、熱も下がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る