第131話_司令室で高まる緊張

 イルムガルドらの遠征はちょうど十日で終了し、無事に帰還した彼女らに「しばらくゆっくりしてくれ」と司令が伝えた日から、二日後のこと。司令室は今までに無い緊張感に包まれていた。

「司令、もう猶予は……ありませんよ」

 大きな机に向かって頭を抱えているデイヴィッドに、側近は言い辛そうにしながらもはっきりとそう言った。しかしそんなことはデイヴィッドにも分かっているのだろう。溜息を零しながらも何度も頷いた。

「このまま飲めば立場はどんどん悪くなるが、引き延ばすにも時間が無さ過ぎる」

「おそらく軍は、この状態も見越していたのでしょう」

「全く、やってくれる」

 デイヴィッドの大きな手が机に置かれたのに応じてドンと大きな音が鳴り、側近は微かにその身体を震わせた。気付いたデイヴィッドは、軽く手を上げて「すまん」と小さく謝罪する。

まであと二十時間を切りました」

 側近が告げるタイムリミットに、デイヴィッドは改めて、唇を噛み締める。

 今朝、前触れなくWILLウィルへと入り込んだ『敵国進軍の支援要請』を画面に表示したまま、彼は承認することが出来ないでいた。

 進軍についてはまだまだ準備段階で、上層部との意見交換も始まったばかりだと聞いていたはずが、まるで雪崩でも起きるかのように話は一気に前に進み、政府がそれを承認してしまったのだ。

 タイムリミットは短く、WILLウィルには軍や政府と交渉する時間すら与えられていない。軍は明らかに、これを狙っていた。総司令官であるデイヴィッドが、子らを兵器として扱うことに前向きでないと以前から知っているから、このような手段を取ってきたのだろう。

 此処まで強引な話を可能にしてしまったのは、この要請が『緊急』であると政府に認められたせいだ。

 その為、政府が許した『進軍』も今回の作戦のみに限定された、部分的なものであり、無制限に進軍を許す話ではなかった。その点だけは、WILLウィルにとっても幸いだ。

 しかしその『今回だけ』の作戦には当たり前のように奇跡の子らが組み込まれており、それを政府が『承認』したということはつまり、これは上からの命令に等しい。WILLウィルはどうあっても、避けることが出来ない。

「編成は職員を含め十五名以下……やむを得ない。我々ので挑もう」

 覚悟を決めた様子で大きく一つ息を吐くと、デイヴィッドは、立ち上がって、四名の奇跡の子を呼び出すようにと側近へ指示を出した。

 そうして司令室へと呼び出されたのは、二日前にタワーへ帰還したばかりのイルムガルドとモカ。そして元よりタワーに待機となっていたカミラとヴェナの四名。

「……突然だが、敵国への進軍が決まった。対象は、西のゼッタロニカだ」

 彼が告げた国名は、モカとイルムガルドには特に心象の悪いものだった。立て続けに新型兵器を持ち込み、イルムガルドをかどわかしたその国である。そうでなくとも『敵国進軍』という話は子らにとっても寝耳に水だ。しかし、モカが眉を顰め、イルムガルドとヴェナが目を細める横で、カミラだけが、何処か満足そうに口元を緩めていた。彼女の反応に、デイヴィッドは悔しそうに表情を歪める。

「図らずもお前の願いを叶えることとなったが、これはそういう意図ではない」

「ああ、勿論、分かっているさ」

 二人の会話に、モカとヴェナが怪訝な顔を見せるけれど、デイヴィッドは軽く首を振るだけに留めた。それよりも今は、本作戦について説明をする方が優先だ。彼らにはもうあまり時間が残されていないのだから。

 軍が言うには、隣国ゼッタロニカが持つ一つの大規模施設が、莫大な燃料や電力などのエネルギーを保有し、国内全土に供給していることが判明した。そしてその資源を元にして今、新型兵器の開発や運用をしていると考えられている。かなり敵国の奥深くまで入り込むことにはなるが、進軍の目的地はその一点に定められた。その施設を復旧不可能なほどに破壊してしまえば、ゼッタロニカは降伏するだろうと軍は考えているそうだ。安直にも聞こえることだが、どうやら国内の大半の電力供給をその施設で賄っている。それが事実であれば、破壊すれば戦争どころか最低限の生活すら儘ならない状態に陥るに違いない。

「施設はその規模や危険性からか、近隣に村などは存在しないと報告されている。内部の人員も最小限で、ほぼ遠隔操作によって管理されているらしい」

「ははぁ、なるほど。もしかしてそこに爆発しそうなもんがあるな? 今回の軍からの指名は、あたしか」

「……話を飛ばさないでくれ、カミラ」

 デイヴィッドは突然の横やりに大きく項垂れて溜息を零した。同時にモカとヴェナが納得した表情を浮かべる。イルムガルドは聞いているのか聞いていないのか、いつの間にか目を閉じていた。

 順を追って説明していたはずだったが、結論はカミラの言う通りだった。その大規模施設の中央には大量の化学物質が保存されており、軍はその『着火役』としてカミラを指名してきた。当然、そんな危険なものを軟な材質で保管しているはずもなく、例えこの国が戦闘機で攻め入り、爆撃を行っても容易には破壊できないだろう。そもそも、着火できてしまえばその戦闘機が危ない。

 また、前回回収したバリスタの金属を確認する限り、ゼッタロニカは此方には無い特殊な金属も保有または開発している。此方が持つどの武器でも着火できないということが充分に考えられるのだ。

 だがカミラの能力ならば別だ。彼女の発火は、十キロ離れた場所からでも、彼女の自由意思で位置を決められる。直接、内部に火を放り込んで破壊することが最も可能性の高い方法だ。

「カミラの火が届くぎりぎりの位置、十キロ先から着火し、最速で離脱する。それが作戦だ。軍が現在保有している最速の小型飛行機なら、十キロの距離があれば充分に巻き添えを回避できる見込みになっている」

 軍は既に保存されている物質の詳細な配分と質量を把握しており、着火による爆破の規模や、それが広がる速度まで資料として提出してきた。此処まで揃っているからこそ、政府もこの作戦を承認している。WILLウィルもそれらのデータはしっかりと確認、検証し、同じ結論を出した。

 だが、問題はその位置までカミラをどう連れて行くかということだった。軍が提示している大まかな作戦は、軍が陽動を行い、ゼッタロニカに大規模な攻撃を仕掛ける。相手がその対応に追われている間に、カミラを連れて行く。スピードを求められるという理由から、軍は此方の人員を最大十五名と指定してきた。同行してくれる軍も、精鋭を用意してくれることとは思うが、WILLウィルとしても、いかなる危険にも柔軟に対応できる特別編成を組む必要があった。そうして選ばれたのが今回の四名だ。

「イルムガルドちゃんは初年から災難ね」

 やや呑気にも聞こえるヴェナの感想に、イルムガルドは小さく首を傾けた。しかし実際、カミラ、ヴェナ、モカはいずれもWILLウィル発足一年目からの古株だ。それを思えば、正式配属されている中では最も新しいイルムガルドが此処に加わっていることが、そもそも負担なことだと思える。デイヴィッドは指摘に苦い顔をしていた。イルムガルドが加入してすぐの頃も、彼女に対する過度な期待をレベッカに酷く指摘されていたのだから。

「まあ、その分、あたしらが補ってやればいいさ。今回ばかりは実力主義で考えなけりゃ生き残れない。――そこで、だ。デイヴィッド」

「……なんだ」

 元より進軍を望んでいたカミラからの言葉には、デイヴィッドも身構えている。しかしカミラは一瞬前までの軽薄な雰囲気を消して、真剣な表情でデイヴィッドを見つめ返した。

「可能であれば、此処にテレシアも加えてくれないか?」

 その意図を問うように、デイヴィッドは眉を寄せて目を細める。イルムガルドのように新人ながらもあらゆる場面で落ち着いて対処できる子と比べ、テレシアはまだ拙さを見せる。このような作戦に向いているとはとても思えなかったからだ。しかしカミラは表情を崩すこと無く、言葉を続けた。

「モカが居ればほとんどの探知が可能なのは分かるが、あの子は全方向に対しての探知だ。モカのように見つめる必要が無い。詳細な確認はモカ、ざっくり全方向の確認をテレシアとして、万全を期したい」

 誰よりも前線で戦い、多くの仲間を、彼女の言葉を借りれば『弟妹』を失ってきたカミラは、きっと誰よりもこの作戦の危険性を分かっていた。当然、テレシアに心配な部分が多いのも理解の上で、カミラは自分が全力でサポートするからと言い、デイヴィッドへと真っ直ぐに頭を下げる。

 少し考える様子を見せたものの、今回の作戦の要となるカミラが必要だと言うのならばと、デイヴィッドは了承した。

 既に軍は進軍の準備を整えている。二十時間足らずで、作戦は開始される。

 当然、軍が先行をする形で進む為、同時刻に敵国に侵入することは無い。だがそれでも、その時間には軍と共に行動しておかなければならない。陽動によって隙を狙う作戦は、タイミングを誤れば命取りになるのだから。

「各々、準備があるだろう。一旦は此処で解散とする。三時間後に、再び集まってくれ。集合場所はメッセージを送付しておく」

 全員が了承を示したが、解散を前に、デイヴィッドが椅子から立ち上がった為、子らは彼に背を向けることなく留まる。軍からの支援要請は既に承認した。子らにも、指示は出した。後に引く方法が無いことは分かっている。それでも彼は、心から受け入れることが出来ていない。祈る様に、ぐっと強く目を閉じ、頭を垂れた。

「どうか、無事に戻ってくれ。……俺は、随伴を許されなかった。だがお前達が進軍する際には通信を二十四時間体制でタワーと繋げられるよう、準備をしておく」

 出発は三時間後であり、見送りの言葉にはまだ少し早い。けれどデイヴィッドは短い準備時間をこれから迎える子らに対し、今、気持ちを伝えておきたかったのだろう。

「そりゃ心強いな、流石あたしらの父さんダディだ」

 神妙に聞いていた他の子らと違い、何処か茶化すようにそう返したカミラの隣で、ヴェナは呆れて溜息を零した。

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