第122話_戦場で水は形を変える

 新しい装備の訓練が始まって一か月が経過した頃、イルムガルドらには出動要請が入った。

 電撃砲の対抗手段である新しい装備が試運転の段階に入ったことは、軍や政府の上層部へと報告していた。その為、今回、特に多くの電撃砲が編成された敵軍が動いていると確認されたことで、WILLウィルへと軍が支援を依頼してきたのだ。

 装備は現状、問題なく動いている。戦場で試すには絶好のタイミングだろう。それでも、一度敗戦した子らを出すことは、幾らも不安と恐怖と躊躇いがあった。デイヴィッドは快諾できなかった。これは彼の甘さだ。それを、彼自身が最もよく理解している。子らを戦場に送らずにずっと閉じ込めておくことなど、出来るわけがないのだから。

 少しの迷いを見せながらも承諾したデイヴィッドから、出動の指示を受け、レベッカ達は翌日の正午には招集されていた。

「いよいよか~!」

 装備は既に飛行機へと積み込まれ、乗り込む準備で待機している時にレベッカが言う。緊張している様子が全く無いことに、フラヴィはやや奇異の目を向けた。

「レベッカはいつも変わんないよな」

「えー、そんなのイルもウーシンも一緒じゃない?」

「……まあ、そうなんだけど」

 軽く後ろへと視線を向ければ、確かに通常運転の二人が立っている。イルムガルドは無表情で何を考えているか分からない、出会った頃と何も変わらないままだし、ウーシンは既に自らの活躍を楽しみにするような表情だ。誰一人として緊張や不安を滲ませていないのを確認して、フラヴィは小さく溜息を吐いた。

 すると、レベッカとは逆隣りに立っていたモカが、徐にフラヴィの頭を撫でた。応じてモカを仰ぎ見てから、フラヴィは少し甘えるように彼女の身体に身を寄せる。真っ当に緊張して不安になるという感覚を共有し、理解してくれるのはモカだけだ。モカはその小さな肩を引き寄せて、慰めるように撫でてやる。その二人の様子がレベッカもちゃんと目に入っているのだろうに、知らない振りをしている。レベッカにはレベッカの励まし方や、彼女の信じる『役割』があるのだろう。それを知りながら、モカは届かない点を埋めようとしていた。

「じゃあ、最終確認するよ、レベッカ起きてる?」

 機内に入り込めばいつも通り、前の座席にウーシン、レベッカ、イルムガルドが並び、その後ろにモカとフラヴィが職員らと共に乗り込む。今回も司令は随伴できないそうだ。

「あはは、起きてる起きてる~」

 フラヴィの問いにレベッカは呑気に笑うが、前科があるのでフラヴィは全く笑えない。呆れたように目を細めたものの、噛み付くよりも今は作戦が優先だ。小さな溜息一つで飲み込んで、フラヴィは座席前に表示されているディスプレイに目を向けた。

「『盾』は三つ。二つはウーシンが、もう一つはイルムガルドが装備。軍用車が入れるのは、この赤いラインで示した地点までで、僕らが目指すのはこの緑のライン」

 説明を皆が黙って聞いている。真面目な態度は大変良いのだが、前に座るレベッカとイルムガルドが本当に聞いてくれているのかどうか見えないので、説明を続けながらもフラヴィはやや不安に思う。

「イルムガルドは『盾』を装備した状態で、砲撃からいつも通り僕らを守って。電撃が来た時は自分の身を守ること。いいね」

「うん」

 投げ掛けた質問に即座に返事があり、安堵する。聞いてくれていたらしい。

 そう言えばイルムガルドは態度が悪いだけであって、話はいつもちゃんと聞いていることを思い出し、杞憂だと考え直した。

 先程から話している『盾』が、彼らが今回から扱う新しい装備だ。フラヴィの体重よりも重いものである為、レベッカ含め、普通の奇跡の子が戦場で持ち運ぶのは難しい。イルムガルドは強靭な肉体を持つことの延長か、常人よりは力があり、一人分の装備には支障は無かった。軽量化も検討されているが、現段階での実用化は難しいようだ。

「基本、敵の兵器を破壊するのはウーシンの岩とレベッカの水になるけど、今回はちょっと岩場の位置が悪い。最初はかなりレベッカの負担が大きくなると思う」

 ウーシンの怪力を生かす為には岩が必要になるが、今回はそれを作り出せそうな地形と位置がずれているので、事前に軍が用意した鉄球で応戦することになる。しかし、あまり数が用意できなかったと連絡があり、それが尽きてしまえばレベッカだけが敵へ攻撃することになっていた。

「ただ、敵軍がこの黄色いラインを越えてきたら、僕らは東に撤退する」

 岩壁がある位置に向かって下がるのだ。敵がその誘いに乗ろうが乗るまいが、そのまま進軍さえしてくれれば、必ずウーシンの射程に入る。つまり、黄色いラインに至るまでは敵を減らし、その後はウーシンの射程まで敵軍を誘い込む作戦だ。そう語るフラヴィに対して、何故かレベッカが口元を緩めている。そんな彼女に、イルムガルドとウーシンは黙って視線だけを向けていた。

 その後、三時間ほどで駐屯地に到着した彼女らは、少しの休憩を挟んですぐに、作戦に移る。

「じゃあ行くよ! ウーシン、イルムガルド行ける?」

「オオッ!!」

「うん」

 装備状態を確認すれば、驚くほどの大きな声で応じたウーシンと対照的に、雑談に相槌を打つような静かなイルムガルドの声。驚いたり脱力したりとフラヴィの内心は忙しい。小さく咳払いで気を取り直し、彼女は全員に出動を指示した。

 新しい装備である『盾』は、直方体の黒い塊であり、本来『盾』と呼ぶべき形状はしていない。イルムガルドが持つそれは左の肘付近に固定されていて、ウーシンが持っている二つの盾はどちらも固定されず、彼の腕に抱えられていた。

 軍用車から降りた四人は、所定の場所へ向かって同時に駆け出す。そして到着すると、ウーシンとレベッカが目を合わせて頷き合った。

 腕に抱いていた一つの黒い塊を、ウーシンが前方へと突き出す。レベッカとフラヴィがそれから一歩離れれば、塊はガシャガシャと音を立てて形状を変え、『盾』と呼ばれても違和感のない大きな五角形へと一秒足らずで変化した。形状を変えたそれは大きく、ウーシンの身体をも覆い隠して余りある。当然、レベッカがフラヴィと共に身体を収めるには十分な大きさだ。それが『盾』と呼ばれた所以になる。

 ウーシンが勢いよく地面にそれを突き立て、二人はその後ろへと身体を隠した。その後ウーシンも少し離れた場所で同様に盾を展開し、その後方に下がる。

 一方、レベッカ達よりも遥か前方に待機しているイルムガルドは、左腕にその塊を固定したままで操作し、盾の形状に展開していた。彼女のそれはウーシンが運んだ二つとは形も大きさも異なる。彼女だけは装備したままで立ち回る必要がある為、その邪魔にならない程度の大きさと形になっていた。

 勿論、電撃砲の対抗手段として開発されたのだから、これは電撃を防ぐことができる装備だ。放たれた電撃とそれに伴う衝撃波を周囲に拡散して無効化し、後ろに控える者を守ってくれる。ただし砲撃に耐えられる仕組みではない為、それは今まで通り、イルムガルドが処理することになっていた。

「良い感じだね、よく見える!」

 盾の裏側で幾つかの操作を行ったレベッカは明るい声でそう呟く。盾の内側は特殊な加工がされており、前方の景色を内側に映し出す機能が付けられていた。盾で身体を隠しながらも、視界を遮らず戦える仕組みだ。

「モカ姉、射程までどれくらい?」

『――此方の射程まではあと十分ほど、向こうの大砲の射程はそれと同じ。電撃砲は更に十数分よ』

「了解! こっちの射程に入り次第、ウーシンとレベッカは攻撃に入って! 判断は二人に任せるよ!」

 フラヴィの指示に、名を呼ばれた二人は大きな声で応じる。

「もし残っても、盾で攻撃が防げる限りは、僕の超音波でも壊せるからね」

 保険のようにフラヴィがそう付け足せば、レベッカはまた口元を緩めた。

 フラヴィは普段、レベッカよりも後ろか、隣に立つことが多い。だが今回は盾とレベッカの間に入る形で立っていた。盾がある以上は、その方が安全だからだ。、彼女はレベッカの表情の変化に気付くことが遅れた。

「いや、フラヴィに仕事はさせないよ」

 この言葉までは、声だけは、いつものレベッカだった。

「岩壁にも下がらない。全部アタシが貰う」

 やや低く落とされた声。変わった雰囲気に、ウーシン、イルムガルドも軽く彼女を窺った。二人は既に気付いていたから、反応は早かった。此処で初めて気付いたフラヴィは、咄嗟に反応が出来なかった。

「――片っ端からブッ壊して、二度と誰も置き去りにしない!」

 射程まではまだ十分程あると言われたにも拘らず、瞬間、レベッカの水柱が敵陣に上がった。フラヴィはその光景に目を見開き、息を呑む。

「ずっと同じアタシだと思うなよ」

 聞いたことの無い声だった。ようやくフラヴィは振り返り、レベッカを見上げる。彼女は前方を見据えていてフラヴィを見ていない。燃えるような敵意を含んだ瞳が、一瞬、誰かのそれと重なった。

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