第117話_退路を断った行き止まり

 フィリップはあの後、誰とも碌に会話をしないまま自室へと帰って行った。モカとレベッカはそんなフィリップのことを口では「心配だ」と言いながらも、余興に満足したかのような顔でそれぞれ立ち去っていく。フラヴィも心情としては似たような状態だったのだが、あっさりとその場を立ち去れなかった。もう一人、消化しきれない衝撃を抱えた子については、フィリップのように放置するのがフラヴィにとっては少し寝覚めの悪い相手だったからだ。

「綺麗な人だったね」

「……そうだね」

 居住域まで戻ったのは良いが、無視できなかったフラヴィはテレシアに付き合って休憩所に居た。何と答えるのが正解なのかも分からないまま、テレシアが呟く言葉に同意を返す。

「イルムガルド、ああいう人が、好きなのかな」

「うーん、僕には分からないなぁ、あいつとそういう話……いや、まともに話すことも、あんまり無いから」

 レベッカ達ならばまだ知っているのかもしれないとフラヴィは一瞬考えるが、相手が誰であろうと、イルムガルドがそのようなことを語るとは到底思えない。そもそも、先程の問いに対して答えを得たところで、テレシアにとって何の利でも無い気がした。少しも慰めにならないだろう。

 ずっと俯いているテレシアを改めて眺め、彼女には引き合わせるべきではなかったかもしれないと、フラヴィはほんの少し申し訳ない気持ちを抱く。勿論、無理やり引き摺って行ったわけではないし、きちんと前もって彼女らに意志を確認して、彼女らには一晩ゆっくりと考える時間もあった。傷付くかもしれないことは、本人達が一番良く分かっていたはずだ。

 けれど、イルムガルドが『奥さんには笑う』のだという情報くらいは最初に伝えておいても良かったのではないかと、その点だけはフラヴィも幾らか反省の気持ちがある。フィリップの反応を楽しみたいという一心で、テレシアを巻き込んでしまった。謝るべきかと言葉を選んでいたが、テレシアの方はフラヴィを責める気持ちなどまるで無い様子で、またぽつぽつと話し始める。

「あの人、どうして私を見たんだろ……」

「んー、本当、何だったんだろうな。偶々じゃないかなぁ?」

 最後、アシュリーが振り返ってテレシアを見た動作。結果だけ見れば彼女は明らかに『テレシアへ視線を送る為』だけに振り返っているが、彼女とテレシアには接点も無く、テレシアは彼女から最も離れた位置で大人しく立っていた。テレシアが人を睨むような性格をしていないのは分かっているし、そうなると、もうフラヴィには『偶々』という理由くらいしか思い付かない。しかし、テレシアはその言葉に納得した顔を見せなかった。

「何だか、あの時、『どうしたの』って、聞かれてるみたいな、気がして」

 その言葉に、フラヴィは目を細める。確かにアシュリーの表情は何処か『不思議そう』で、首を傾けていた。そのようにも取れるだろう。それきり沈黙してしまうテレシアをしばし眺めてから、フラヴィが口を開く。

「聞かれるような覚えがあるってこと?」

 フラヴィの問いに、テレシアは微かに肩を震わせる。どうやら図星であるらしい。睨んでいなかったとは言うが、物言いたげな目で見つめたとか、そういうところなのだろう。「なるほど」と感じる一方で、もしも本当に彼女がそんな視線に気付いてあのように振舞ったのだとしたら、勘が良すぎてフラヴィは少し怖いと思った。

「わ、私っ!」

「うわっ、びっくりした」

 突然テレシアが大きな声を出してフラヴィが飛び上がる。テレシアも意図して大きな声を出したわけではなかったようで、少し顔を赤くしてフラヴィに謝罪した。フラヴィは素直に驚いてしまったのが恥ずかしいらしく、自分の頬を手で擦ってから居住まいを正す。改めて、テレシアは決心した様子で息を吸った。

「あの、私やっぱり、ちゃんとイルムガルドと話、を、する。このままじゃ……」

 テレシアにも、アシュリーがどんな気持ちで振り返ったのか、理由など少しも分かっていない。ただ、『どうしたの』と聞かれている気がした時、テレシアの中には言いたいことも聞きたいことも沢山あった。奥さんが居て、確かにその姿を目にして、自分の想いが叶わないことはもう分かっているのに。それでも、このままにしたくない気持ちが、彼女の中には溢れ出しそうになっていた。

 とは言え、臆病なテレシアがこの瞬間に突然、成長できるわけでもない。決意を口にしたものの黙り込み、本人もそれを『どのように』達成するかを考え込み始めた。だがフラヴィにとっては、他でもない彼女が、決意を自分の意志で述べただけでも満足だった。

「よし、なら僕は、お前が逃げられないようにする」

「えっ」

 顔を上げたテレシアを、フラヴィはいつになく爽やかな笑顔で見つめていたけれど、彼女が告げた言葉は『手助けする』という柔らかな表現ではなかったことを、テレシアはちゃんと気付いていた。怯えが表情に宿る。

「話をするんだろ? 覚悟は決めた?」

「う、き、決め、決めた」

 肝は据わっていない。明らかに怯えている。何なら既に涙目になっている。それでも、テレシアは逃げると言わなかった。それがフラヴィの笑みを余計に深める。告げる言葉は容赦の無いものだとしても。

「じゃあ退路を断つよ。逃げ道には僕が待ってる。逃げるのは絶対許さない。だから袋小路でイルムガルドに会え。セッティングするから」

「え、えぇ、あの、それは、その、ちょっと」

「覚悟は?」

「き……決めました」

 変わらないテレシアの返事に、フラヴィは満足そうに「よし」と呟いて通信端末を取り出して操作を始める。『セッティング』をするらしい。その様子をテレシアは口を一文字に引き締め、息を潜めて見つめていた。心には幾らも葛藤や恐怖があるかもしれないが、訂正の言葉は無かった。


 そうしてフラヴィに用意された機会は三日後。イルムガルドの定期健診の後のことだ。

 彼女自身は『セッティング』のことなど何も知らず、この後、レベッカ達に誘われてお茶をする予定をしていた。何事も無くいつも通りの時間で健診を終えて治療室を出た所で、テレシアと遭遇することになるなんて露ほども予想していない。目の前にあるその姿に、彼女にしては珍しいくらい目を丸めていた。

 目が合った途端、覚悟をしていたはずのテレシアは条件反射のように身体を震わせ、一歩、後退してしまう。それを見止め、イルムガルドは一瞬視線を床に落とした。そして彼女の存在など見付けなかったような顔をして、その場から立ち去ろうと歩き出す。

「ま、待って、あのっ、イ、イルムガルド!」

 慌てた様子でテレシアは必死に呼び止めた。名指しで言われてしまえば、イルムガルドにはそれを無視できない。数歩離れてしまってから、イルムガルドはゆっくりとした動作で彼女を振り返る。

 立ち止まってくれたことにテレシアは安堵しつつも、やはり、目が合うと心の奥底から恐怖が湧き、身体は勝手に硬直する。そんなテレシアの変化を見たイルムガルドは表情こそ変えなかったが、まるで見ていたくないと言うかのように、視線を窓の外へと向けた。テレシアは自分の振る舞いが彼女を傷付けているだろうことを知って、震える両手をぎゅっと握り締める。

「話、が、したいの」

 大きく息を吸い込み、テレシアは覚悟を決めて自らの耳を覆うヘッドホンを外した。イルムガルドは視線を逸らしていても視界の端で彼女を窺っていたのだろう、瞬間、今度はイルムガルドの方が、まるで逃げるようにして数歩、後ろに下がる。そして声を出さずに手振りだけで、テレシアにそれを着け直すように促した。

 イルムガルドは知っていたのだ。テレシアが彼女の『音』に怯えているのだということを。彼女が把握していることがどれだけ真実に近いものなのかはともかく、テレシアに自分の音を聞かれたくない、または、と思っているらしい。テレシアは必死に首を振る。

「そうじゃなくて、あの、イルムガルド、お願いだから……」

 少しも上手い言葉ではなかった。テレシアが望むことがイルムガルドに伝わっているかは怪しい。けれど、やや眉を寄せたイルムガルドが、迷いながら小さく唇を開く。そこから発せられた声は囁くように静かだった。

「大丈夫なの、着けてなくて」

「……この状態で、話したいの」

 イルムガルドは何処か怪訝な表情を浮かべ、回答を迷う様子を見せていた。

 一方その頃、フラヴィは治療室の角を曲がってすぐの場所で待機して、二人の会話に耳をそばだてていた。その隣には何故かレベッカが並び、そして二人の足元にフィリップがしゃがんでいる。全く褒められたことではないが、つまり揃って盗み聞きをしているのだった。ちなみにモカも同じくこの場には居るのだけれど、三人とは違い、角から数歩離れ、そして三人とは逆側の壁に背を預けている。

 レベッカとモカには、イルムガルドをお茶会に誘う為に協力してもらっているし、事情も話してある。そしてテレシア達の対話が終わればそのまま本当にお茶会をすることになるだろう。なお、何故フラヴィがお茶会をするという形を取ったかと言えば、『健診後に予定が無い日』を明らかにする為だった。イルムガルドはヴェナの研究にも参加することになった為、それなりに多忙な人と言える。稀に空いている時間ならば、アシュリーと時間を過ごす予定を立てていてもおかしくはない。だからこの後に、『お茶会』を入れた。その時間が多少削れたとしても、フラヴィは勿論、協力を依頼したモカとレベッカが不満を抱くことなどあり得ない。

 そういう意味では、フィリップがこの場に居る必要は全く無いのだけど、どうしてもと言うから仕方なくフラヴィが連れてきた。「少しでも邪魔をしたらヴェナに言い付けるからな」と言えば、少々青ざめて頷いていたので、大丈夫だろうという判断だった。

 さておき、序盤からフラヴィはかなりハラハラしながら声を聞いていた。顔を合わせるなり早速逃げられそうになっていたようだし、引き止めるのに成功しても直後に沈黙が落ちてしまっている。視覚を用いて状況を確認したい気持ちが湧き上がるが、イルムガルドに見付かっては全てが台無しだ。衝動を抑え込んで眉を顰めているフラヴィを、少し離れた位置のモカが微かに息を漏らして笑った。気付いて顔を上げると、モカは人差し指を唇に当て、静かに囁く。

「よく見えるわよ、こっちだと。ガラス越しに」

 その手があった! と言わんばかりに、三人が同時に目を見開く。声に出してしまわなくて幸いだ。物音も、足音も立てないように、逸る気持ちを抑え込んで三人はモカの傍へと移動する。そんな様子に、モカは手の平で口を押さえて必死に笑いを堪えていた。

 イルムガルドが一度テレシアを素通りしようとしたことで、幸いにも彼女は此方側に背を向けており、窓の反射でフラヴィ達の存在に気付く様子は無い。テレシアは見付けるかもしれないが、今のところそんな余裕があるようには見えなかった。

 ほんの少しの沈黙を挟んでから、イルムガルドが長い前髪を少し掻き上げる。普段、彼女のその前髪は表情を押し隠そうとするように顔の方へ垂れているが、今のように顔を自ら晒す行為をフラヴィは初めて見た。イルムガルドの中にも、いつもとは違う感情があるのだろうか。

「……あんまり長くは。この後、約束がある」

 静かに呟いたイルムガルドの言葉に、レベッカが緩く笑みを浮かべた。少なからずイルムガルドが、自分達との約束を大切にしてくれているのが嬉しかったらしい。フラヴィにとっては少々の罪悪感が滲む言葉だったけれど。

「うん、フラヴィちゃん達だよね。さっき休憩所で会ったから、その、私が話をする間、少しだけ待ってほしいって、お願いしてきた」

「そう」

 ようやく納得したのか、もしくは観念したのか。小さくイルムガルドが頷くと、それを合図にしたようにテレシアが彼女へと近付く。先程、後退して離れた分を、静かに、ゆっくりと埋めていく。イルムガルドは驚いた様子でテレシアへ顔を向け、近付く分だけ離れようとした。だが、テレシアが手を伸ばせば、その動きを止めた。

 まるで今、近付くことに怯えているのはイルムガルドであるようで、ガラス越しに見ていた者達が眉を寄せる。『テレシアが怯える』ことにイルムガルドが傷付いていたのだということはもう、疑いようが無い。同じ傷を受けることを怖がっているのは、誰の目からも、明らかだった。

 そのまま近付いたテレシアの手が、イルムガルドの左腕に触れる。触れられるほど距離を詰めてから、ようやく、テレシアは何処か安心したように息を吐いた。

「……やっぱり」

 零した声は目の前のイルムガルドに語るようではなく、自分自身にだけ囁いたと思うほど小さい。柔らかな手がイルムガルドの服をきゅっと掴み、テレシアは更に一歩、イルムガルドに近付く。イルムガルドの表情は変わらないが、半端に固まっている様子から察するに、どんどん詰められる距離に相当、彼女は困惑している。

「私、イルムガルドの、戦っている時の音が、すごく怖いの、でも」

 声が震え始める。いつものように恐怖で震えているのではない。感情に震えて、テレシアの目にはじわりと涙が浮かぶ。イルムガルドが口元にきゅっと力を入れて、その様子に息を呑んでいる。

「イルムガルドのことが、嫌いなわけじゃないの、イルムガルドが優しいのは分かっているの。あの時、ごめんなさい、怖がって、本当に、ごめんなさい」

「テレシア」

「本当は、イルムガルドの声、普段の音が、優しくて、大好きで、だけど、ただ、あの時だけが、怖くて、今は」

 怖かった記憶で上塗りされてしまって怯えていたけれど、勇気を出して改めて対峙し、直に聞けば、テレシアは今でもこの音を好きだと思うことが出来た。それでも恐怖心が払拭されるわけではない。あの瞬間を思い出す度に、何度でもテレシアの身体は震えるだろう。だけど、イルムガルドの傍だけはヘッドホンを外しても安心していられた感覚も、心と身体が確かに覚えている。

 心を打ち明けている彼女はもうすっかり泣いてしまっている。目の前でぽろぽろと零れていく涙の行方を視線で追っては、テレシアの表情を見つめ、イルムガルドの様子は困り果てていた。

「あー……、テレシア、わたしは、怒ってないよ、怖いのも、別に良いから、泣くのをやめて」

 宙を彷徨っていたイルムガルドの右手が控えめにテレシアの頭を撫でれば、テレシアは触れられたことに怯えることなく、何度も頷いて溢れる涙を手の平で拭った。イルムガルドは彼女の涙が落ち着くまで、その頭をよしよしと撫で続ける。

「普段が、平気なら、わたしも気にしないから。ありがとう、だからもう、ヘッドホンは着けて。何があるか分からない」

 そう言うとイルムガルドは何を思ったのか、テレシアの首に掛かるヘッドホンを手に取り、わざわざ自らの手でテレシアの髪を掻き分けて、ヘッドホンを丁寧に着け直してやっていた。彼女がそんな行動を取るなど全く予想もしていなかったテレシアは、目を見開き、顔を真っ赤にして固まっている。おそらくイルムガルドには何の他意も無い。テレシアが歳下である為、世話をしているつもりなのだろう。

 遠目に二人を見守っていた面々は、その光景に苦笑いを浮かべていた。

「あいつさあ、良いのかアレ。誰か一発殴るか、奥さんにチクッた方がいいんじゃないの」

「いや~……アタシからは何とも……」

 フラヴィの言葉に、レベッカが微妙な表情で首を傾ける。アシュリーに告げ口をするのは心苦しいのだろうが、告げられたアシュリーの反応が全く想像できないことも、レベッカにこの顔をさせる要因だろう。彼女なら、誰よりも楽しそうに笑う可能性も大いにあった。

「クソッ。イルムガルドは誰にでも優しいんだよ。調子に乗るなよテレシア……」

「何か隣から呪詛みたいなの聞こえるんだけど」

「アハハ」

 何やら一人、黒い表情をしているのは置いておいて、イルムガルドとテレシアがいつの間にか穏やかな会話を交わしており、フラヴィ達は安堵していた。そろそろ二人の会話も終わるかもしれない。休憩所まで早めに移動しておくべきだろう。そう考えたフラヴィがレベッカ達を振り返った時、彼女達の元へとのんびり歩いてくる影を見付けた。

「んー、お前ら、何してんだ?」

 カミラだった。起きたばかりなのか、やけに眠そうな顔をしており、その為かいつもより遥かに静かな話口調であったのは幸いだが、『人の声が聞こえた』という程度ならば、イルムガルド達にも届いただろう。レベッカが慌てて静かにするようにと手振りで伝えると、首を傾けながらカミラは彼女らの立つ場所に移動し、ガラス越しの二人の姿を認識する。そして、くつくつと肩を震わせて笑った。

「なるほど。随分と面白いことしてんなぁ」

「いや、あの、ちょっと心配で、見守ってただけだよ?」

 小声でそう弁明をするレベッカに笑い、その頭をぐしゃぐしゃと撫でた後、カミラは結局そこで足を止めることなく無遠慮にイルムガルドらの方へと歩いて行く。一瞬止めようかを迷ったフラヴィだったが、テレシア達の大事な話はきっともう終わっただろう。もしもまだ話をしているなら、カミラも強引に邪魔をするような人ではない。口を噤んで、とりあえずフラヴィ達は見付かる前にと、休憩所の方へ移動することにした。

「――よ。二人共。おはよう」

「あ、カミラさん……おはようございます」

 歩み寄るその姿に、テレシアは丁寧に挨拶を返した。イルムガルドは相変わらず、じっとカミラを見上げるだけで、返事をすることは無い。ただ小さく頷く様子はあったので、無視をしているつもりは本人には無いのだろう。

「なんだ、仲直りしたのか?」

 軽く二人を見比べた後、カミラはそう言って口元に笑みを浮かべる。テレシアは何処か恥ずかしそうに俯いて、その頬を赤らめた。

「あの、えっと……はい」

 小さく答えるテレシアに柔らかく「そうか」と返事をした後、カミラはテレシアの頭も、くしゃりと乱すように撫でる。そして、優しい視線をイルムガルドへと向けた。

「ありがとな、イルムガルド」

「……べつに。お礼を言われることは、してない」

「そうか」

 素っ気ないイルムガルドの回答に、テレシアは少々目を丸め、そして心配そうにカミラを見上げる。けれどカミラに気を悪くした様子は無い。むしろ笑みを深めていた。

「あ、あの、ところでカミラさん、私に何か、ご用ですか?」

 しばらく戦場にも出ていないカミラが、治療室のフロアに訪れる理由は他に思い付かなかったのだろう。しかし、テレシアは今日、此処に来ることをカミラに伝えてはいなかった。問い掛けてから、自分の質問は的外れだったかもしれないと、テレシアが首を傾ける。案の定、カミラはその問いには首を振った。

「いや、用事はイルムガルドの方にあったんだが、この後、レベッカ達と約束でもあるのか? あいつらを見たよ」

 この言い回しはカミラなりの配慮だったのだろう。休憩所で見たと偽るでもなく、二人を覗いていたと告げるでもない。隠すことも明かすことも、彼女ら本人の判断で出来るように。イルムガルドも彼女の言い回しに不自然を感じた様子は無く、素直に頷いていた。

「それなら、話はまた次の機会で良いさ。邪魔をしたね」

 カミラはそれだけ言うとあっさりと身を引いて、その場を立ち去っていく。その背をじっと見つめるイルムガルドの横顔に、テレシアが首を傾けた。

「イルムガルド? どうしたの?」

「いや……何でもない。そろそろ、レベッカ達のとこ行く」

「あ、うん、そうだね」

 テレシアも此処に留まる理由は何も無く、共に休憩所の方へと並んで進む。あたかもずっと初めからその場所で二人の話が終わるのを待っていたような顔で、レベッカ達が迎えてくれるまで。

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