第4話_四番街で画面越し

 人類が持ち得なかった特殊な力。火を操り、水を操り、離れた物を自在に動かし、聞こえるはずのない小さな音を聞き取り、見えるはずのない遠く離れた物を視認する。それを人々は『奇跡の力』と呼び、それを持って生まれた子供達を『奇跡の子』と呼んだ。

 奇跡の力が認識され始めたのは、十五年ほど前。そして政府が動いたのが、ほんの五年前のことだ。政府は新設した国の特務機関に彼ら『奇跡の子』を配属させ、国家の為にその力を政策を取った。耳触りの良い言葉だが、結局は彼らを管理したがったのだ。持たざる者からすれば、持つ者は脅威だった。その為、国民の大多数である『持たざる者』が政府の方針に賛成を示し、それは滞りなく進んだ。――持つ側が全て子供だったのだから、従わせることは、大人にとってあまりに容易なことだった。

 国が把握している限り、『奇跡の子』の最年長は現在二十二歳。そしてほとんどの登録者が十八歳以下であることから、このような子供達は二十数年前から生まれ始めていると推測されている。また、年々増加の傾向にあるが、まだ個体数が少ない為にはっきりした結論は専門家でも難しい。彼らが生まれた原因も、未だ明確な結論は出ていない。ただ、この国にだけ起こっている現象であることから、風土が問題と噂されている。風土、――あまりに汚染された、工業大国の風土。つまりは、汚染物質の影響による遺伝子異常ではないかと誰もが考えていた。しかし国がそれを認める回答を出す様子は無い。


「おい、二番街の広場に、モニターが運び込まれてるぞ!」

「嘘だろ、もうお披露目なのか?」

 五番街のとある酒場が、途端に騒がしくなる。この街は、政府から何か発表がある際には広場に巨大なモニターが運び込まれるのだ。そしてテレビ放送と合わせて情報が流される。事前の知らせが無かった今回、何の発表であるかは定かではないが、人々の中では一つの結論が出ているようだ。

「しかし、早すぎないか、あの子は登録されて未だ二週間ほどだろう? 訓練はどうしたんだ」

「何にせよお披露目ならNo.103しかないだろ、おい、早く行こう、良い場所が取られちまう!」

 大きな広場は、四番街だけではなく、二番街にもあった。四番街には庶民や貧困層が集まり、二番街には富裕層が集まった。行政機関の中枢であるゼロ番街からは二番街の広場の方が近い為、モニターが運ばれるのは必ず二番街が先だ。四番街にも、そろそろ来るだろう。男に急かされるようにして次々と人が席を立ち、二十分もすると店の中は閑散となった。反比例して、広場が騒がしくなり始める。

 広場の端には、アシュリーの姿もあった。普段はこのような発表の場にあまり興味も無く、精々、働いている酒場のテレビを横目で見る程度だ。政府の発表など、ほとんどの場合が貧困層には何の関わりも無いからだった。しかし今回ばかりは違う。客の間でも話題だったNo.103の発表があるかもしれない。――それが、『あの子』かもしれないと、そう考えれば、アシュリーも来ずにはいられなかった。彼女や他の多くの貧困層は自宅にテレビなどは持っておらず、テレビのある酒場に行くか、この広場に来るか、どちらかの手段でしか放送は確認できない。

 政府は『奇跡の子』を新しく登録すると、必ずそれを発表する。まずは登録してすぐに文字だけのニュースが流れ、そして現場に配属されると映像や画像での発表が行われる。能力によって配属先は異なるが、多くの場合、彼等はへ適用された。犠牲が多いのは、この為だった。今回も、戦場で撮影した映像や画像をドラマチックに編集したものを、お披露目用の動画として使用するのだろう。現在、未発表なのはNo.103ただ一人のみ。今回の発表が、民衆が予想している通りにお披露目なのだとしたら、対象はNo.103以外には有り得ない。

「映ったぞ、あの子じゃないか!? あの、右端の!」

 モニターが明るくなると同時に、戦場の映像が流される。何が出たのか曖昧なままで、広場には大きな歓声が上がった。広大な乾いた大地を上空から撮っているが、その中に幾つかの人影が映り込んでいる。そしてモニターの両脇に設置されたスピーカーから、男性の音声が流れ始めた。

『特務機関から、今回の戦果、そしてそれをもたらしてくれた新しい子供の発表をさせて頂きたい』

 映像が切り替わる。戦場を堂々と歩く、子供達の姿。その内の一人に焦点が合い、大きく映し出された。彼らは初めて見る子供の姿に、一層の歓声を送る。

『No.103、イルムガルド』

 アシュリーは広場に集まる多くとは対照的に、眉を顰めた。大画面に映された子は、間違いなく、アシュリーの知る少女、『イル』だったが、……だからこそ、だったのだろう。

「女の子か? いや男の子か?」

「よく見ろよ胸があるだろ! 女の子だよ!」

 妙なテンションで盛り上がりを見せる男達にも、また、アシュリーは眉間の皺を深くする。モニターに釘付けになっている人々が、そんな彼女の表情変化を見付けることは無い。

「しかし、No.103ってのは発表前からやけに盛り上がっていたよな、どうしてだ?」

「ばか野郎、お前知らなかったのか! よく見てろ!」

 一人の男がそう叫ぶと、イルムガルドが戦闘態勢に入る映像が流れ、まるで彼の説明を後押しするようだ。大柄の刃物を携えた彼女が、足を踏ん張り、そして消える。次の瞬間には、数百メートル離れた場所に彼女が移動していた。

「まさか、瞬間移動なのか!?」

「ばか、瞬間移動ってのは存在しないって言われてる幻の能力だろ。でも瞬間移動よりも、あの子の能力はすごいんだよ!」

 どの立場で話しているかは知らないが、男は胸を張って自慢気に語り出す。興奮している周囲が、それを気にする様子は全く無い。

『奇跡の力、――音速移動』

 また男の説明を支援するように音声が響く。聞いたか、と言わんばかりに、彼は隣の男の肩を何度も叩いた。

「どうしてそれが、瞬間移動よりもすごいんだよ?」

「分からないのか、あの子は本当に移動している。つまりそのに変えて攻撃が出来るんだぞ!」

 まるで瞬間移動をするように、現われては消え、消えては現われて、カメラが全く捕捉できない速さで移動して行くイルムガルドを見つめながら、説明を受ける男は目を白黒させていた。

「……そんなことをしたら、身体がバラバラになるだろう?」

「それがあの子のすごいところだ、あの子は自分の移動速度、そして攻撃した時の反動にも耐えうる強靭な肉体があるらしい」

「とんでもないな、まるで二つの能力持ちだ」

 彼女のすごさが伝えられたことを満足そうにしながら、男は何度も頷いた。

「音速に至るほどの速度を乗せた攻撃。あの子は、適した武器さえ持たせてやれば、建物すらも斬れる」

 敵国の軍用車が斬られてバラバラになり、燃えている映像に切り替わる。そしてその炎を背にしながら、のんびりとイルムガルドが自陣へ歩いて戻っていた。戦果を報告している音声は、広場の歓声で掻き消されている。歓声は次第に、『イルムガルド』と声を揃え始めた。その隙間から途切れ途切れに、音声は彼らの功績を語る。――『たった四人の子供が、戦場を制圧し、我が軍は敵国を退けた』と言っていた。

「あーあ、あの子の服はもっと頑丈に作ってやらないとな。国の技術を結集して作ったはずの特別な戦闘服が、見ろよ、初陣でぼろぼろだぜ」

 自陣に戻ったイルムガルドをいくつかの角度で映しながら、彼女の素晴らしさが興奮気味に伝えられている。広場の騒がしさで、とてもじゃないが全てを聞き取ることは出来ない。

「あんな速度で暴れたら、なぁ」

「これでまだ初陣か、とんでもないな」

「ああ、きっとこれからどんどん強くなる。――間違いなく、『奇跡の子』で史上最強だ」

 子供達に与えられる番号は、登録順に連番が振られている。つまり、イルムガルドは一〇三人目の『奇跡の子』だ。しかし現在、登録されている人数は五十にも満たない。もう、『奇跡の子』は半数以上が失われてしまった。

「イルムガルドが来てくれたことで、犠牲も減るといいが」

 そう呟いた人間も、確かに広場には存在した。しかしそれは民衆の総意だろうか。政府も同じ思いだろうか。疑問を持たずにはいられない。そもそも、持たざる者が抱いた恐怖心に始まり、管理・利用する為に集められた子達が、ことを、一体どれだけ、彼らは心から憂えているのだろう。

 アシュリーは、食い入るようにモニターを見つめ続けた。『イル』と同一人物であるようにしか見えないのに、どれだけ見つめてもアシュリーには信じられなかった。記憶の限り、彼女の知る『イル』はいつも穏やかに微笑み、時折、楽しそうに笑った。しかし画面の向こうに立つ少女は仮面でも張り付けてあるかのように表情など一切持たず、感情の気配が欠片すら見付けられない。アシュリーは瞬きもせずにいつもの『イル』を探したが、見付けられないまま、広場のモニターは光を無くした。


 お披露目があったのは、少女がアシュリーと別れた日から三日後。その翌日に、少女からアシュリーへメッセージが届いた。

『ただいま。今日、会いに行ってもいい?』

 文章を読み、アシュリーは何処か安堵した様子で眉を下げる。文字だけ分かるものではないが、それでも、アシュリーの知る少女のままの印象が、そのメッセージにはあった。

『おかえりなさい。勿論、待っているわ』

 そう返せば、いつもの時間に部屋を訪ねるというメッセージが返る。約束の時間まで数時間しかないが、少女は疲れていないだろうか。アシュリーは少しだけそれを心配した。しかし、政府はあの映像を作る為に幾らかの時間を要したのだろうし、また、戦場へ行き、帰ってくる時間も考えれば、戦い自体は二日ほど前に終わっているのかもしれない。

 それにしても、戦場から戻ったその足で街に出るようなことを、政府が許していることにもアシュリーは少しの疑問を抱く。『奇跡の子』が街を自由に歩いている、まして四番街よりも奥に居るのを見たなんて話は、アシュリーは一度も聞いたことが無かった。あの子がそれだけ特別であるのか、それとも、制限を守らずに抜け出しているのか。考えても答えが出るはずもない。

 そうして約束の時間を迎えた頃、少女から再びメッセージが来た。また『着いた』の連絡かとアシュリーは思い、立ち上がりながら確認したのだが、そうではなかった。

『街で囲まれちゃったから、まいてから行く』

 あれだけ大大的に発表された翌日であることを考えれば、確かに、アシュリーが見ていたいつもの少女の装いではすぐに民衆は気付いてしまうだろう。昨日の盛り上がりを知らない少女にとっては、無防備になってしまうのは仕方がないかもしれない。心配ではあったが、迎えに行ってしまえば逆効果であることも理解していた為、アシュリーは落ち着かない気持ちでただ少女を待った。『着いた』の連絡があったのは、それから三十分後のことだった。

「どうぞ」

「お邪魔します」

 少女は、いつもと装いを変えていた。おそらくは囲まれた後、一度タワーに戻り、着替えて来たのだろう。ジャケットも普段から形や色合いが少し変わっており、帽子を深く被って顔を隠していた。彼女を招き入れる際に軽く確認した限りは近くに人の気配も無かった。宣言通り、上手く撒いたらしい。

「イル、……イルムガルド。有名になっちゃったわね」

 帽子やジャケットを取り払いながら振り返ったイルムガルドは、いつも通りに柔らかく微笑んだ。アシュリーにとっての、いつも通りに。

「名前出たんだね。番号なのかと思ったよ」

「隠していたかったの?」

 アシュリーは何も責める言い方を選んだわけではなかったのだろうが、その言葉にイルムガルドは少し申し訳なさそうに眉を下げる。

「ううん。気を悪くさせたなら、ごめん。ただ、イルって呼んでほしかったんだ」

 何処か寂しげにそう呟いたことを、申し訳なく感じたのはアシュリーの方だった。両腕を伸ばし、慰めるようにイルムガルドを抱き締める。その髪を撫で、肩や背中を撫でていく様子はまるで、彼女が本物であるのかを確かめているようだ。

「イルが、そうしてほしいなら」

「……ありがとう」

 イルムガルドの腕もアシュリーの背に回り、互いにその感触を確かめた。少しの沈黙の後、顔を上げた二人は特別な意味もなくキスを交わす。

「怪我はしなかった?」

「平気、わたしは丈夫だから」

「……無事なら、それでいいわ」

 抱く力を強めれば、イルムガルドは嬉しそうにアシュリーの首筋に額を寄せてくる。そんな仕草は何処にでもいる普通の子供のそれで、画面越しに見た『特別な子供』であることを、アシュリーに忘れさせようとしていた。二人の関係を思えば、イルムガルドを『普通の子供』と呼ぶべきかも分からない。そんなことを、背に回っていた手がゆっくりと腰へ下りて来るのを感じながら、アシュリーは思った。彼女の指先が背中のファスナーを辿り始める。

「あ、そうだ、ごめん。手洗い場、貸して」

 突然、イルムガルドはそう言ってアシュリーの背から両手を離した。アシュリーからは思わず笑みが零れる。

「綺麗な手で、触ってくれるの?」

「うん、触らせて」

 二人はそれ以上、互いの立場や素性について語り合うことは無かった。避けたのではなく、不要と思ったのだろうが、『相手がどうして黙ったのか』を、それぞれが正しく受け取ったかは分からない。今までと変わらずにベッドに入り、夜が更けるまで肌を重ねる。正確にはアシュリーが音を上げてから更に、イルムガルドの気が済む辺りまで。そうして二人は互いの身体を同じ温度にして、一つのシーツに包まって眠った。


* * *


「――すまない、イルムガルド」

 高齢の町長はか細い声で、そう言った。彼の傍らに立つ大人達は、誰一人としてイルムガルドの顔を見ようとしなかった。その中には、親代わりをしてくれた大人も居た。仲良くしてくれた大人も居た。それでも誰も、イルムガルドの傍には立たなかった。誰も彼もが神妙な面持ちでただ、俯いていた。

 首都から来たという政府関係者だけがやけに笑顔で、イルムガルドを真っ直ぐに見つめて色々と話し掛ける。イルムガルドの貧相な服装に眉を顰めることもなく、お構いなしに手を握り、首都へ来て特務機関に属することがどれだけイルムガルドにとっての幸せであり、そして、この街にとっての幸せであるのかを、揚々と、易しい言葉で、語っていた。

「選ぶのはお前だよ、イルムガルド。もしも拒んでも、例え逃げ出したって、私達はお前を責めることなんて出来ない」

 絞り出すように、町長はそう言った。優しい言葉だった。けれどその言葉を聞きながら、イルムガルドは思った。『責められない』は、『責める気持ちを持たない』と同じ意味ではないのだろうと。イルムガルドの表情には、憤りや、悲しみは無かった。視線を下げ、力無く肩を落としていた。そのままイルムガルドは多くを語ることなく、故郷の街を去った。

 学の無いイルムガルドに、難しいことは分からない。彼女が立ち去ることで、具体的にどのように街の助けになったのか、大人が易しく説明してくれても、全ては分からなかった。ただ、自分が『そちら側に回った』だけだということは理解していた。

 イルムガルドは孤児で、毎日を生きていくのが精一杯だった。そんな中、生きる為に誰かを利用することは当たり前のことだった。だから、納得していた。みんなが生きる為に、利用される側として選ばれたのが今回、自分だっただけ。ただ、順番が回ってきただけ。

 持っていく物は何も無かった。両親の持ち物も、孤児となった時に大人達が持って行ったから、彼女の手元には大切な物など何も無かった。手放したくないと思えるような何かを、イルムガルドは一つも持たない。衣服も用意すると言われたから、故郷に全て置いて行った。

 道中、必要なものや欲しいものを聞かれたイルムガルドは、衣食住以外に、何も答えなかった。伝えることには意味が無いと、よく分かっていたのだ。


 イルムガルドが欲しかったのは、誰に願えるものでもない。ただ当たり前で、ささやかな、ほんの少しの、

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