第3話_二日後零時の六番街

 少女が朝食を取っていた午前七時半。女性から返信が送られてきた。

『次はいつ会える?』

 昨日、少女が部屋を立ち去ったより更に遅い時間から仕事があったこと、そしてこの街の朝が遅いことを考えれば、おそらく女性は今しがた仕事を終え、これから眠るのだろう。いつも通りに早く起床し、上司からの呼び出しも無い今日の少女には、充分な時間があった。暇と言ってもいい。しかし、彼女はそれを女性へ告げようとはしない。

『明日なら』

 昨夜、仕事前に疲れさせてしまったことや、今から眠る彼女への少女なりの気遣いだ。簡潔にそうメッセージを返し、少女は街に出るべく立ち上がる。一昨日、五番街までの探検を終えていたが、六番街から先はほとんどが未開拓。女性が了承すれば明日も幾らか彼女と時間を過ごすことだろうし、行ける範囲は今日中に探検し終えてしまおうと少女は考えていた。

 深夜に歩くよりずっと、明るい時間は人通りが少ない。誰に絡まれることも無く、少女は気ままに六番街へ入り込んで探検を楽しむ。七番街、そして八番街まで、この日ようやく少女は目的としていた範囲を探検できた。全ての道をくまなく歩いた少女は、満足気に息を吐く。そして今、彼女の眼前には九番街が広がっていた。しかしそこに踏み入ろうとする様子は無い。

 この街には、十二番街までが存在する。だが九番街から十二番街はスラム街である為、立ち入らないように上司から言い付けられていた。一番街から三番街には富裕層が住んでおり、そこに比べると四番街から八番街も治安がいいとはとても言えたものではない。少女が同じ区画で短い時間に二度も絡まれているのがいい例だ。それでも、九番街以降と比べればまだ安全なのだろう。

「元居た場所と、そんな変わらない気もするけどな」

 九番街の様子を見下ろしながら、少女は呟く。一見するだけで老若男女の浮浪者が見つけられたが、少女には特別、目新しくは映らない。危険という認識は少女の中には芽生えなかった。だがそれでも、上司の言い付けを破って入るほどの興味が、彼女の瞳に宿らない。――むしろ見覚えのある光景だからこそ、彼女は探検の価値を見出さなかったのかもしれない。

 そうして街の探検を終了した少女は、九番街に背を向ける。時刻を確認する為に通信端末を開けば、いつの間にか女性からメッセージが返っていた。昼過ぎに送られていたようだが、今は十六時。全く気付いていなかった。これがもしも上司からの呼び出しであったなら、少女は注意を受けたことだろう。幸い、上司からの連絡は来ていない。

『今日は会えないのね、残念だわ。それなら明日、同じ時間に来られるかしら?』

 まだ通信端末に慣れない少女は、立ち止まらないと返信が打てない。少し半端な場所で立ち止まりながら、ぽつぽつとメッセージを打ち込む。

『昨日と同じ時間、直接、部屋に行っていいの?』

『ええ、待っているわ』

『わかった、また明日』

 そこまでを送り終え、ようやく少女は歩き出す。このまま、数字を減らすように戻っても構わないが、明日会う約束を取り付けた女性と今日顔を合わせてしまうのも都合が悪いのだろう、少女は五、六番街を迂回するように、七番街から直接、四番街へ抜けた。四番街の広場から六番街へ向かうには五番街を抜けなければならないが、七、八番街は五番街を通る必要が無い。探検を終えたことで、少女はそんなことも出来るようになっていた。

「おい、聞いたか」

「ついさっきのニュースだろ、見たよ」

 四番街の広場には、相変わらず噂話をする大人が居た。少女は興味を引かれた様子は無かったが、一瞬だけ、視線をそちらへ向ける。ただ、先日のように足を止めることは無かった。そのまま彼らの傍を通り抜け、帰路を急ぐ。

「二、三日後、また前線に送るらしい」

「犠牲者を出したばかりだっていうのに……」

 その先、彼らが何を話したかは、少女には聞こえなかった。


 翌日の夕方、少女は真っ直ぐに女性の部屋へ向かうはずだった。しかし、予定外に上司からの呼び出しを受けてしまう。呼び出された場所へ向かいながら連絡――が出来れば良かったが、まだ歩きながら端末を扱えない少女は、向かう前に女性に連絡を入れた。

『ごめん、急用。終わるの遅くなりそう。今夜も仕事?』

 女性からの返信は早かった。部屋を出ようとしていた少女は、再び足を止める。

『今夜は休みよ。何時でも構わないから来て』

『分かった、終わったらまた連絡する』

 手早くそう打ち込んで送信すると、少女は急いだ様子で部屋を出た。

 結局、少女が解放されたのはすっかり夜が更けてから。シャワーを浴びて落ち着いた頃には、普段、少女が眠る時間になっていた。女性の家に着く頃には日が変わってしまうだろう。

『今からなら行けるけど、また今度にする?』

 女性へ送ったメッセージに対して、彼女からの返事はまた早かった。

『会いたい』

 短いその言葉に、待っていてくれた様子が窺える。都合のいい解釈かもしれないと知りながら、少女は素早くジャケットを羽織って部屋を出た。

『会いに行くよ』

 この返信だけは、歩きながら打つことが出来た。

 少女の住まいから六番街は少し遠い。急ぎ足で向かうが、下手に走って目立つことは避けたいのか、少女は良心的な速度で進む。相変わらず広場には少女よりもずっと小さい子供の姿があり、それは幾らか少女を安堵させた。少女は極端に小さな背丈はしていないものの、同世代の中では少し小柄な方だ。この時間に外を歩くのは普通の街では目立つものだが、この街ではそんな理由では目立ちようもない。

 女性の部屋の前に到着すると、もう零時。呼び鈴を鳴らすのも、ノックをすることも、夜が正しく夜である街からやってきた少女には、時間帯的に心苦しいのだろう。しばらく考えてから、少女は扉の傍に背を預け、女性にメッセージを送った。

『着いたよ、前に居る』

 送ると端末をすぐにポケットに入れ、少女は一つ息を吐く。女性の部屋は集合住宅の一室で、三階にある。目の前の通りも大きなものではない為、入口に立っていても目立つ場所ではないが、それでも、人が少ないだけに、誰かが通れば目をやりそうな場所だ。出来る限り目立つことを避けたい少女は、小さな身体を更に縮めるように猫背になる。けれどそれも十数秒だけのこと。玄関扉はすぐに開き、女性が顔を覗かせた。

「入って」

 その言葉に、少女は身体を滑り込ませるようにして中へ入り、扉を閉じる。鍵は、少女の脇から手を伸ばしてきた女性が施錠した。

「遅くなって、ごめ――」

 振り返りながら少女が謝罪を口にするが、それは言葉途中で奪われた。玄関扉に押し付けられ、女性に深く口付けられた。少女がそれを振り払うようなことは無かったが、両手は彼女を抱き締めるのではなく、宥めるように背をとんとんと軽く叩く。しかし、女性は離れようとはしない。両腕をしっかり少女の首へ回して引き寄せ、胸も、腰も、太腿も少女に押し付け、擦り付ける。女性の煽るようなその動きに、……少女は、応じなかった。キスを受け止めながらも、対応は穏やかなまま。腰を撫でる手は優しいが、容易く脱がせるはずの服の中には入り込まない。女性はしばらく懸命に少女を誘ったが、変わらないその態度に、不満げな目で少女を見つめながら唇を離した。

「ふふ、情熱的」

 少女はそう言って、笑っている。女性は口を尖らせた。

「今夜は、抱かないつもり?」

「まさか。こんな風に誘われて、抱かないで帰るのは無理だよ」

「じゃあどうして」

 言葉ばかりが甘くて、なのに少女の手は腰の後ろに回されたまま、動く様子が無い。少女が穏やかに笑みを浮かべているほどに、女性には不満が滲む。それすらも、少女はにこにこと楽しそうに眺めていた。

「手を洗わせて。あなたは、綺麗な手で触りたい。それから、ベッドでしようよ」

「もう、待てないの」

 女性は首筋に口付けるように顔を寄せる。吐息を掛けて囁いても、少女は背を慰めるように撫でるばかりで、誘いに乗らないままだ。

「お願い。抱いてる間、あなた以外のことで気が散るのは嫌なんだよ」

「……ずるい子ね」

「本当だよ」

 諦めた女性は半歩離れる。少女からの言葉は、思い通りでなくとも女性にとって優しく響くものばかり。怒るに怒れない、そんな顔で女性は眉を下げた。

「すぐ洗ってくるから、ベッドで待ってて。それから」

「あっ」

 少女へと回した腕を解き、身体を離そうとした瞬間だった。女性は逆に少女に強く腰を引き寄せられた。戸惑う女性の額に自分の額を押し付けて、鼻先が触れるほどの距離で、少女は女性の目を見つめる。

「今夜は長くなりそうだから、ベッド脇に水とか用意しててもいいよ?」

 目元は優しく垂れて笑みを浮かべているのに、瞳はやけに熱い。女性の腰を引き付けている腕もいつになく強くて、彼女が確かに女性に煽られていることを示している。求めた時には返さない熱を、諦めた時に見せ付ける。油断をして受け止め損ねた女性が、少し頬を染めて目を瞬く様を見つめ、まるで反応が満足であるかのように少女はにっこりと笑った。


「――あれ、水なくていいの?」

 手洗い場から戻った少女は、ベッドに座る女性を見て揶揄うようにそう言った。女性は苦笑して肩を竦める。

「用意するのは何だか恥ずかしくて、居た堪れないわ」

「あはは」

 少女はドライに笑うけれど、歩み寄る最中にジャケットを床へ脱ぎ落とすような性急さを見せたのは初めてだった。女性は目を丸めながら落ちたジャケットを見つめ、傍に立った少女への反応が遅れた。彼女の指先が女性の顎に触れて、顔を上げることを促されてからようやく、少女を見上げる。少女は啄むように軽く口付けを落としながら、ベッドに膝を沈めた。

「後でほしいって言われても、離してあげる自信ないけどなぁ」

「……すぐにそうやって、喜ばせようとするんだから」

 眉を上げて首を傾けた少女は、本当に無自覚なのか、知らない振りを決め込んでいるのか判断が付かない。ただ、彼女は言葉通りに、前二回よりもずっと熱く女性を抱いた。今までも決まって女性の方が先に降参をしているのに、ただでさえ良心的でない『加減』を更に取り払ってしまえば、結果は明らかだ。いつ、この行為が終わったのかを女性は知らない。数え切れないほどに果てた末、気を失うように眠った女性には、少女がどのタイミングで手を止めたかを、知る術がなかった。


「――ん? あ、起きた。大丈夫?」

 しかし女性が気を失っていた時間は、そう長くなかった。目覚めてもまだ朝は訪れておらず、少女がベッド脇で、服を着ている最中だった。正しく覚醒していない女性に微笑むと、少女は身を屈めて額と頬にキスを落とす。

「遅くまでごめんね。もう帰るから、鍵を――」

 施錠を促すような少女の言葉は、女性が手を握ることで頼りなく止まる。何か言おうとしている彼女の表情を見止め、少女は静かに言葉を待った。

「泊まっては、いけないの?」

「え? えーと、わたしは大丈夫だけど」

「なら、このまま隣で眠って」

「いいの?」

 女性が目尻を下げて両腕を広げれば、少女は素直にその腕に戻った。そして女性が甘えるように胸に擦り寄ってくるのを優しく抱き返す。

「会う度にかわいいね、どうしたの?」

「……あなたは、会う度に甘い言葉ばかりだわ」

「そう?」

「そうよ、とっても女性の扱いに慣れてる。昨日はどんな女性を抱いてきたの?」

「あはは」

 笑って返す少女に、女性は黙って腕の力を強めた。不満がそれで伝わったのか、女性の背をいつも以上に優しく撫でる手は、まるで彼女を宥めているようだ。

「あなたの時みたいなおいしい場面は、なかなか無いよ、昨日はこの街の散歩」

 事実だったが、女性がすんなりと納得した様子は無い。

「それは私よりも、大事だったのかしら」

「あなたの方が大事だよ。昨日は体調、つらかったでしょ?」

「……もう、本当に上手なんだから」

 どの形で不満をぶつけても、少女からは冷たい言葉が返らない。返答に困る様子も詰まる様子も一切無く、いつでもさらさらと流れるように女性の機嫌を取る言葉を紡いだ。あまりにも隙が無いから、作られた言葉であるように聞こえるのに、少女の目は無垢で優しいままだから、嘘か本当かを女性は見極められないままでぐらぐらと揺れる。

「それよりもう三度目だけど、お金はいいの?」

 かと思えば、情緒の欠片も無いことを言い始める。本当に、少女は思ったことを口にしているだけなのかもしれない。しかし少女の疑問は尤もと言える。女性が少女を誘った時、『初めてだから』お金は要らないと、はっきりとは言わなかったがそう取れる発言をした。多少なりと危機感を持っている人間であれば、法外な金額を後々請求される可能性などを考えるだろう。少女がどれほど『危機感』としてそれを問い掛けたかは分からないにしても、問われることそれ自体を、女性は不満と思えるはずも無かった。

「……要らないわ、あなたは」

「どうして?」

「求めているのが、私の方だからよ。むしろ、私が払わなきゃいけないわね」

「んー、わたしも要らないよ、あなたはかわいいから、お願いされなくても触りたい」

 そもそも、立ち去ろうとしていた女性を押し留めて手を出したのは少女の方だ。どちらが、という問答は、この二人の間ではいずれにせよお互い様となりそうだった。

 変わらず甘い少女の言葉に苦笑しながら、女性は顔を上げる。のんびりと目を閉じていた少女は、女性の動きに応じて目を開け、見つめてくる女性の視線に応えて柔らかく微笑む。少女が甘いのは言葉ばかりではない。そんな仕草一つ一つが、女性を甘やかす。己の心情に対する思いも含めて少し笑い、首を傾けた。

「アシュリーよ。もう、名前で呼んで」

 その言葉に少女は意外そうに目を丸めたが、それも瞬きをする短い間だけのこと。ふわりと微笑んで、女性、アシュリーの鼻先に軽く口付けた。

「かわいい名前だね、アシュリー、よく似合う。わたしは、イルだよ」

「イル」

 確かめるようにその名を呟くと、それだけで、少女は嬉しそうに頬を緩める。それがあまりにも愛らしく、アシュリーは何度も「イル」と少女の名を繰り返した。お返しのように呼ばれる「アシュリー」が甘くて、二人は何度も互いの名を口にする。意味もなく名前を呼び合い、他愛ない話をして、言葉が途切れたらキスを交わして、キスが途切れたらまた少し話をして。そうして二人は共に眠り付いた。

 先に目を覚ましたのは、やはり、少女の方だ。疲れていなかったわけではない。アシュリーに比べれば元気だったかもしれないが、仕事の後そのままこの部屋へ来て、普段は眠っている時間に行為に耽っていた為、普段より幾らか疲れていただろう。しかしそれでも少女は、七時前に目を覚ました。そして腕に抱いていた彼女をベッドに柔らかく下ろし、身体を起こす。少女は極めて優しくそうしたが、アシュリーは気配に目を覚ましてしまった。

「ん、……イル」

「うん、おはよう、アシュリー」

「おはよう、……早いのね」

 寝惚け眼で壁の時計を見つめ、アシュリーはそう呟く。少女はくすくすと笑った。

「この街はみんな寝坊助だね」

 その言葉が正しくアシュリーに届いていたかも分からない。頼りない目蓋は完全には上がることなく、ただ、少女が身を起こしてしまったから、アシュリーは懸命に目を覚まそうと努めている。少女は申し訳なさそうに眉を下げた。

「起こしてごめんね、わたし戻らなきゃいけないから。二度寝していいよ」

「そう、……イルは、何番街に住んでいるの?」

「え?」

 アシュリーにとっては何気ない質問だった。住所そのものを問い掛けたかったのではなく、今居る六番街から遠いのかを知ろうとしていた。朝早い時間は人通りが少ないこともあり、一人は危ないかもしれないと――、夜に歩かせる以上にそう思うのはこの街特有ではあるが、とにかくそう考えた末の問いだった。

 この質問は、初めて少女の回答を止めた。違和感に顔を上げたアシュリーが見たのは、何故か目を丸めている、少女の顔だった。

「あー、……あれ、何番街なんだろ」

「……住所、無いの?」

 その返しに、少女は堪えきれずにくつくつと肩を震わせて笑う。少女が浮浪者である可能性を、アシュリーが感じているのだと気付いたからだ。確かにそうであったなら、住処を『何番街』とは明言が出来ないだろう。けれど少女は笑いながらも、しっかりと首を横に振った。

「ちゃんと家はあるよ、この街に来たばかりだから、知らないことが多いだけ」

「ああ、そうだったのね」

 そう返しつつも、少女が最近この街に来たのだろうということは、アシュリーも予想していた。少女が五番街の公衆トイレのことを知らなかったからだ。新しい移住者でなくとも、五番街から少し遠い区画の出身で、少なくとも普段は五番街付近に来ない子なのだろうと思っていた。それほど、五番街の公衆トイレは有名な場所なのだ。何にせよ、少女はそのまま、自身の住んでいる場所については答えなかった。煙に巻かれたように感じつつ、アシュリーもそれ以上を問うことは諦めた。

「ああ、そうだ。今日から数日、仕事で外に出るから、すぐに連絡返せないかも」

「そうだったの。そんな時に、朝まで引き止めてごめんなさい」

「ううん、わたしも居たかったから」

 身支度を整えた少女は、玄関先まで見送ってくれるアシュリーを振り返って、何処か曖昧な笑みを浮かべた。

「アシュリー」

「ん?」

「わたしの家、あそこ。あの天辺」

 少女が指差した先を見つめて、アシュリーは目を丸める。そして少女と、彼女が示した先を何度も見比べた。

 ――住所の割り当てられない、通称、ゼロ番街。この街の中心にそびえ立つ巨大なタワーを、少女は指差していた。

「あそこって、……イル、あなた」

 アシュリーが言おうとしたこと、そして彼女が察した全てを知りながら、少女はただ微笑むことで飲み込ませる。

「またね」

 立ち去る少女の背が見えなくなるまでを見送った後、再びタワーを見上げる。「この街に来たばかり」と言った彼女の言葉を、アシュリーはようやく、本当の意味で、理解をした。


「さあ、準備はいいな、子供達」

 男は大袈裟に両腕を広げ、そして大きな声でそう言った。少女が以前、『ボス』と呼んだその男だ。彼はこの場所で、総司令としての役割があった。

「お前達なら容易い仕事だ、気楽にして構わない。何せ新人が居るんだ、そう難しいことは頼まないさ」

 そう言うと、彼は真っ直ぐに少女の元へと歩み寄る。『新人』はこの場で、彼女一人きりだ。

「ほら、お前に合わせて作ってる、これを着て参加しろ」

 差し出された服を無表情で受け取り、少女はただ黙って頷いた。従順にも、不遜にも見られる態度だったが、男も、そして周りの同僚達も、ちらりと視線を送るだけで咎めることはない。

「初陣だ。No.103――イルムガルド、お前の力を見せてくれ」

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