018「こむぎの復讐」
「決まってるよ。あのおじいさんに送るの。事件を起こしたあの人に」
大槻は少しだけ顔をゆがめてそう言った。少しうつむいた拍子にそろった前髪が、彼女の目線を隠した。
「……一応、なんでか聞いていいか?」
「うーん、なんだろう。復讐、かな」
「復讐……物騒なワードだな」
僕がそう言うと、大槻はキッと僕をにらんで早口でまくしたて始めた。
「だってさ、あの人全然反省してないみたいなんだもん。この前のニュースでも『より安全な車が開発される一助になって欲しい』とか言ってたし!! 自分が間違ったことしてないってスタンス変わらないし!! その言い草だとお姉ちゃんが人柱になったみたいじゃん!! ふざけるのも大概にしろ!!って感じ!!」
しゃべりながら苛立ちが募っていくようだ。大槻の言葉にどんどん熱がこもっていった。
「あー。喋ってるとイライラする~。あいつのせいで感情が動かされるってことにさらにイライラする~」
大槻は頭を抱えて、机に額をガンガンぶつけはじめた。動きは若干コミカルだが、僕と枢木はあたふたした。
「おい、やめとけよ?!痛いだろ」
「う~あいつのせいで私が痛いってことがさらにムカつく~!!」
「もう際限ないな……」
それから、ひとしきりエキサイトし終わると、大槻は首を上げた。おかっぱ頭に隠れた額は、ちょっと赤くなっていた。大槻は、ぼそぼそと話始めた。
「でもね。物理的な復讐とか、敵討ち~とか、そんなことするつもりはないの。一発ぶん殴ってやりたいし、何なら殺してやりたいって思う事もあるよ。お姉ちゃんを殺したことは、もちろん許せない。一生許す気はない。でも、現実的な処罰は、裁判でしっかり判断してもらいたい。それが一番正しいと思うからさ」
でも、と息をついで大槻は続ける。
「このまま終わりって嫌だなって。私達は絶対に忘れられないのに。思い出すたびに胸が苦しくて、感情がぐちゃぐちゃになっちゃうのに。あのおじいさんの記憶の中で、あの事件がどんどん薄らいでいって、おじいさんが死ぬ前には、もう彼の中でなかったことになっちゃうかもしれない。それが本当に嫌」
強い言葉だった。絶対に譲らない。そんな大槻の芯が垣間見える瞬間だった。
「私達は、おじいさんが死んだあとだって背負わなきゃいけない苦しさなのに、加害者が忘れていいわけないでしょ? だから、あのおじいさんの記憶に焼き付いて離れないような写真をあのおじいさんに送り付けてやろうと思ったの」
「それで、心霊写真か……」
「そ。本物の心霊写真。名案でしょ?」
そう言うと、大槻は力なく笑った。
これで、大槻の依頼の全貌が明らかになった。
依頼内容は「本物の心霊写真」。目的は「犯人に姉を忘れさせないため」。
「最初からそう言ってくれたら、もっと楽だったのに……」
僕が静かにつぶやくと、大槻はちょっと舌を出して言った。
「えー。でもササキさんも赤坂君も怪しかったんだもん。一から十まで説明しなきゃいけないし。事件のこと言いふらされたら私の一年間の努力が水の泡じゃん。とりあえず様子見でほんとに心霊写真撮れるか試してみようって思ったのー」
ついでに、部誌の内容が充実されれば言うことなし!! と大槻は付け加えた。
部誌に掲載するという建前でササキの実力を確かめ、信頼にたる相手とわかれば本当の目的を話す。二重の作戦だった。なかなかの策士に思える。
「だから、昨日枢木さんが私達の事件の話したときは驚いちゃった。バレちゃったのかと思って焦っちゃったんだ。ごめんね?」
大槻が枢木にぺこっと頭を下げた。枢木は首を左右に振った。
「それに、今日赤坂君がこんなに早く真相にたどり着いちゃったのにもびっくりだよ。何?探偵さんかなにかなの?」
実際に推理を行ったのは「洞察力おばけ」のササキだが、それを言うべきかどうか迷うところだ……。
僕が微妙な表情をしていると、大槻はため息をついて言った。
「面白半分でこれ以上調べられたり、言いふらされたりしたらたまんないから、もう縁切ってやるつもりだったのに、土下座までするからさ~」
「……なんかごめん」
口先をとがらせる大槻。思わず謝ってしまった。
はーあ、と音声付のため息を一つしてから、大槻がまた話し出す。
「で、何もかんも話しちゃったわけだけど、これからどうするの?」
「……依頼のし直しだな。ササキに頼んで依頼内容を変えよう。目的がきちんと分かれば、ササキはきっと、いいもの撮ってくれるはずだ」
あんまりあいつのことを褒めたくはないが、写真に関してのヤツの実力は折り紙付きだ。
「そっか。わかった。……で、枢木さん?」
「……なにかしら」
急に話を振られて、枢木は驚いたような、そしてそれを必死に押し殺したような声を出した。
大して大槻はニタっと悪そうな顔をしている。いたずらを仕掛けようとする小学生みたいな顔だ。なに企んでんだコイツ……。
「私、自分のこと、全部しゃべっちゃった。でもさ私はあなたのこと、なんにも知らない。これって、ちょっと不公平じゃない?」
「……そうね」
「だから、ね。枢木さんの秘密も教えて欲しいな!!」
「え、でも……」
一瞬ためらいを見せた枢木に対し、大槻がわざとらしく悲しそうな顔をした。今にも泣きだしそうに眉尻を下げ、目元を手で押さえた。一目で演技だと分かる泣きまねである。
「ひどい……私は枢木さんのこと、友達だと思ってたのに……」
涙声である。これもひどくわざとらしい。
赤ん坊でもぎりぎり引っかからないレベルの演技力だ。
が、枢木はわかりやすくうろたえた。こいつ、今なら「いないいないばぁ」とかで飛び上がるんじゃないか?
「いえ、私だって大槻さんのこと、友達だと思ってるわ」
「……じゃあ、話してくれる?」
「ええ、私だけ話さないのは不利だもの。最初からそのつもりだったわ」
「そっか!! じゃあ、教えて教えて!!」
ころっと笑顔に変わる大槻。枢木の肩をつかんでがっくんがっくん揺らしている。
コイツ……枢木がちょろいと見抜くや否やこれだ。いい性格してやがる……。
でも、枢木くらい他者を拒絶してきたタイプはこれぐらい強引なほうがいいのかもしれない。こうやって友達が増えるのは、きっと枢木にとっても良いことなんだろう。
「なんだか、娘の成長を見ている気分だ……」
「きもいよ、赤坂君」
「気持ち悪いわね、赤坂君」
「辛辣!!」
些細なつぶやきにも敏感に反応された。こいつらほんとに僕を罵倒するタイミングを逃さないな……。今のはちょっと僕も気持ち悪いと思ったけど。
「ていうか、何聞こうとしてんの? 傍聴は認めません! 赤坂君には退席を命じます!!」
「法定かここは……」
小さい拳をハンマー代わりに机をバンバンと叩く大槻。
こんな貫禄ない裁判官がいるものか。
「被告、指示に従いなさい」
なぜか枢木もノリノリである。
「僕が何の罪を犯したっていうんだ……」
「罪状は……存在?」
「魔女裁判かなんかかよ……」
法治国家で十数年過ごしたとは思えない発想だった。
「しょうがないな……」
僕は椅子から立ち上がった。席を離れる直前、枢木と一瞬視線がぶつかる。
僕の心配が伝わったのだろうか。枢木はほんの少し、しかし僕に分かるように小さく頷いた。心配なさそうだ。
僕は荷物をもってさっさと教室を出た。後ろ手で教室のドアを閉めた時、「盗み聞きしちゃだめだよー」と言う大槻の声が聞こえてきた。僕は軽く手を上げてそれに応じた。
枢木の秘密も大槻に負けず劣らずすさまじい。誰にも言えない秘密をお互いに知ることができたあの二人は、きっと仲良くなれるだろう。僕は、やっぱり少し気持ち悪いとは思いながらも、二人が何となくいい方向に進んでいるような気がして、うれしかった。
それにしても……。
「家族、か……」
自分の出自のことを思い浮かべる。そして、あの家のこと。僕に「家族」らしきものがいた時期のことを思い出した。僕の「家族」たちは、僕が死んだら悲しむだろうか。大槻みたいに何かをしてくれるだろうか。
分かり切った問いだった。考えるだけむなしかった。
僕は少し強く頭を振って感情を振り払った。
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