017「こむぎの回想②」

 警察が伝えに来たのは、お察しの通りだよ。


 私のお姉ちゃんが交通事故で死んだってことだった。


「冷静に聞いてください」って警察の人達は言ってた。お父さんもお母さんも青い顔して、今にも膝をつきそうな勢いだったけど、私は、なんでかな、すっごく冷静だった。なんて言うか、難しい数学の問題の解説を聞いているみたいな感じかな? 言ってることは分かるんだけど、実感がないっていうか、指示通りに式を書いてみてもどこかしっくりこない……みたいな。


 事故現場は見せられないくらい悲惨な状態だったって。車の速度が凄かったから、お姉ちゃんはほとんど原型がないくらいの状態だったらしいよ。お父さんだけが事故現場に行ったんだ。でも、家に帰ってきてずーっとトイレで吐いてた。とてもじゃないけど私には見せられないってさ。


 それからしばらく、私達はすっごく忙しくなった。新聞とかテレビとか雑誌とか、いろんな人たちが私達の家族のところに取材に来た。ほとんどはお父さんとお母さんが受け答えしてた。家から出るのも大変で、高校生活が始まるまで、私はずーっと部屋のなかにいた。


 正直ね。私、みんながなんでこんなに騒いでるか分からなかった。お父さんとお母さんが事件のことあんまり話してくれなかったっていうのもあるんだけど、やっぱり一番は、お姉ちゃんがいなくなった、って実感が全くなかったからだと思う。いつか帰ってくるってどこかで思ってたの。

 

 一週間くらいたったころかな? 私とお姉ちゃんは二段ベッドで寝ててね。上がお姉ちゃんだったの。枕とかカバーとか敷きっぱなしだったから、片付けなきゃ―って思って、上のベッド、のぞき込んだの。


 そしたらね。薄―く、ホコリ被ってたの。


 その時、初めてわかったの。もう、お姉ちゃんは戻ってこないんだなって。これ、片付けちゃったら、もう二度と敷くことないんだなって。


 その日は一晩中泣いた。どうしていいかわからなくて、とにかく泣き続けた。泣きつかれて眠って、起きたらまた泣いた。マスコミの人達が来るたびに、いろんなことを思い出してそのたびに勝手に涙がこぼれた。


 もう涙が出なくなったら、段々事件のことを知りたくなってきた。お父さんもお母さんも、私にあんまり事件のことを教えてくれなかった。私が傷つくと思ったのかな。テレビでやってる以上のことは知らなかった。だから、記者の人にこっそり聞いたり、自分で週刊誌をこっそり読んだりして情報を集めた。


 それで分かったんだけど、どうも、私のお姉ちゃんを轢いたおじいさんは、結構有名な人だったみたい。事故の時、自分は確かにブレーキを踏んだはずだって言い続けてるみたいでさ。その口調が乱暴だから、報道も、お姉ちゃんの話じゃなくて、そのおじいさんの話ばっかりするようになった。テレビの話題も「今後の高齢ドライバーの在り方」とか「自動車の安全性」とかに変わっていった。


 私、すごく悔しかった。お父さん、お母さんのこととか、私のこととか、お姉ちゃんがどんどん忘れられて、あのおじいさんのことばっかり繰り返される。まるで、もう用済みみたいに、段々取材も来なくなった。


 ガードレールに備えられた献花も、段々と減って、今や事件は過去のものになっちゃったんだ……

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ま、事件のあらましはこんな感じかな」


 大槻はそう話し終わると、両手を組んで大きく伸びをした。


「うーん。喋ってみると、案外すっきりするもんだね~」


 表情も少し柔らかくなっている。喋っているうちに自分の中で整理が進んだのかもしれない。


 一方、僕と枢木は沈黙した。聞きたいと言っておきながら情けない話だが、雑誌や新聞に書かれた事件に関する文章を読むのと、本人の口から聞く話はまるでリアリティが違った。


 重苦しい空気に耐えかねて、僕は口を開く。


「そのあと、どうなったんだ?」

「んー。報道もある程度収まって、事態が収束し始めたあたりで、高校生活が始まったよ」

「……ご両親は心配しなかったのか?」

「もちろん。お父さんとお母さんはすっごく心配した。私が学校でどんな扱いうけるか。好奇の目である事ないこと言われたりしないかってさ。私のお姉ちゃんを喪って、一人娘になった私に、ちょっと過保護なくらいに気をつかってくれたよ」


 大槻は苦笑気味に言った。


「だからね。私は、お父さんとお母さんに元気な姿を見せたかった。『私は大丈夫だ』って。明るくて、優しくて、友達も沢山いる姿を見せたかった。まるで……」


「お姉さんのように……か?」


 僕がそうつなげると、大槻は微笑み交じりで頷いた。


 僕は、大槻の第一印象、つまり新学期で彼女が後ろに座っていた時のことを思い出した。彼女の「天衣無縫」はどこか作り物のようで、誰かを真似しているような微妙なズレを感じがあった。今思えば、あれは「大槻いなほ」さんをいくらか模していたのだろうか?


「なんというか……、辛くなかったのか? ある意味自分を偽って過ごしていたわけだろ?」

 

 僕が遠慮がちに聞くと、大槻はあっけらかんと応じる。


「んー。そりゃ最初の方は違和感あったし、中学の時と寄ってくる友達が違ったから面食らった感じはしたけどねー。でも、ちょうど高校入学で、周りには私のこと知らない人しかいなかったし。新しい私で高校デビュー、みたいな感じかも」


 それにね、と大槻は続ける。


「大好きなお姉ちゃんに、自分が近づこうとすることに抵抗は全然なかったよ。むしろ素敵な友達が増えるたび、『どうだ。お姉ちゃんはすごいだろ』って内心誇らしかった。まあ、私がどこまでお姉ちゃんを再現できてるかはわからないし、完全に再現する気もないけどさ」

「そうか……」


 僕は、それしか言えなかった。

 僕が何も話さない様子を見てか、大槻は「でも、」と口を開いた。


「でも、誰にも心配かけたくなかったから、事件のことは誰にも、友達にも先生にも言わないようにした。幸い、私の名前が公表されていたのは赤坂君が持ってきていたその雑誌くらいだったし、被害者の遺族の名前なんていちいち気にしないからさ。案外平気だったよ」


 確かに、そんなものかもしれない。僕だって、特別な事情がなければ、今テレビで報道されてる事件の犯人や被害者の名前を、一か月も経てば忘れているだろう。その親族の名前となればなおさらだ。


「でも、ちょっとだけ不安だったからさ、現代オカルト研究部作って、私の噂が出回ってないかチェックしてたんだよね」


 もちろん、もともとオカルトに興味あったってのもあるけど、と大槻は冗談っぽく付け足した。


 僕は、深いため息をついた。なんというか、思わずため息が出てしまった。

 大槻こむぎという人間の背景を知って、彼女の苦しみを知って、それを乗り越えようとする強さを知った。この小さい身体にどれだけの「想い」が詰まっているのだろう。


 すごい奴だ。

 関わり合えたことが、同じクラスにいることが、誇りになるくらい。


 でも……まだ今回の話の核心はまだ出てきていない。


「色々話してくれてありがとう。でも大槻、もう一つ聞いていいか?」

「今更隠すこともないよー。なーに?」

「お前のこととか、現オカ研のこととかはわかった。でも、それならなんでお姉さんの、『大槻いなほ』さんの心霊写真を依頼したんだ?」


 僕の問いかけに、大槻は少しだけ顔をゆがめながら言った。


「決まってるよ。あのおじいさんに送るの。事件を起こしたあの人に」

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