016「こむぎの回想①」

「頼む。大槻。僕に、お前を助けさせてくれ」


 頭が下を向いているから、声が通りにくいかもしれない。だから少しだけ声を大きくして言った。教室の床は埃っぽく、木の匂いがほんのりした。


「ちょっと、赤坂君?!」


 枢木の焦った声が聞こえる。お前、結構大きい声出るじゃないか。普段からそうしていればいいのに。

 

「……」


 目の前の大槻は何も言わない。僕も彼女がしゃべるまで何も言わずに地面に頭を付けたままでいた。


 土下座で大切なことは、きちんと地面に頭を接着させることだ。これは誠意ではなく、上から頭を踏まれた時のダメージを最小限にするためのものだ。


 しばらく気まずい沈黙が続いた。体感時間的には数十分経過したような気がしたが、実際は数分くらいだったかもしれない。


 そんな長いようで短い沈黙の後、とうとう大槻の声が上から聞こえた。


「……どうして? どうしてそんなことするの?」


 つぶやくような声だ。でも、僕は聞き逃さなかった。


「助けるっていうのは誰かの人生に介入することだ。それは、誰かのためにやるものじゃない。自分のためにやる事だ。本質は野次馬と同じだ。だから、精一杯の誠意だ」


 大槻の話を面白半分に聞くわけじゃない。

 大槻のためだ、なんて言うつもりもない。

 でも、大槻のことを、助けさせてほしい。


 それは間違いなく傲慢な行為だ。だから、精一杯の誠意を見せる。

 

「……わけわかんない。わけわかんないよ……」


 大槻はまた小さくつぶやいた。

 僕は静かに待った。待つ事しかできなかった。


 また重苦しい沈黙が少しあった。そして……


「……わかった。赤坂君。頭、上げて」


 こんなところ見られたら変な誤解されちゃうよ。と

 少し不機嫌な声色で、でもはっきりと、大槻は言った。


 僕は頭を上げ、大槻の方をしっかり見て言った。

「ありがとう」


「もう……赤坂君はほんとに変な人だよ。助けてもらうんだから、普通私がありがとうでしょ?」


 そう言って、大槻はいつもの笑顔の半分ぐらいの朗らかさで笑った。

 僕は苦笑いしながら膝についた埃を払った。


 元の椅子に座ると、まだ枢木は僕の顔を茫然と眺めていた。

 同級生の土下座を目の前で見て衝撃を受けているのかもしれない。でもよく考えたら僕もお前の土下座見てるんだけどな。土下座友達だ。ドゲ友と呼んでもらっても差し支えない。


「で、お前はどうするんだ? 枢木」

「……どうって?」


 珍しく、血のめぐりが悪いな。どうもこうもない。


「これからのことだよ。大槻とのことに関わっていくのか、ここで身を引くか、だ」

「……そんなの、決まってるじゃない」


 僕にそう言われて、枢木は一瞬目を伏せた。茫然から立ち直ったらしい。


「大槻さん。貴女を手伝わせてほしい。私、貴女と友達になりたいの」

「え? 私はもう友達だと思ってたよ?」

「……!!」


 言葉を失う枢木。何か表情に喜びがあふれている。無表情が崩れかけている。


「おい、ときめくな。今多分そういう場面じゃない」


 あと、大槻、お前の友達の基準と枢木の友達の基準は全然違うから。女子の「かわいい」と男子の「かわいい」くらい違うから。


「……べ、別にときめいてなんて……」


 枢木は顔に手を当てて口元を隠している。だが、にやけているのは誰が見たって明らかだった。


「……赤坂君。絶対今言う事じゃないと思うけどさ」

「なんだ?」

「枢木さんって、すごいかわいいね!!」


 枢木の方を嬉しそうに見ながら大槻がはしゃぐ。


「絶滅危惧種だよ、あんなの!! めっちゃちょろいよあの子!! 多分、お友達料金とか言ってお金せびったら出してくれるレベルだよ!!」

「悪魔か!!」


 さすがにそんなことはないと思うが、一方で枢木なら「ちょっとありそう」とも思える。あいつ、そんなに友達に飢えてたのか……そうとわかれば僕も……


「枢木、僕もお前のことは友達だと思ってるぞ」

「キモいわ」

「キモいね」

「息ぴったり!!」


 何なんだこいつら。僕を馬鹿にするときだけこんなに一致団結できるんだ?

 これは僕の特性か? 僕を敵にすることで世界が一つになるのか? 僕が世界平和のマスターピースだったのか?


 ……まあ、「友達だと思ってる」なんて面と向かって言ったら、ちょっと気持ち悪いか。


「はぁ……なんか、馬鹿馬鹿しくきちゃったよ」


 大槻は力なく笑った。どうやら少し肩の力が抜けてきたようだ。


「本題にもどろっか。で、私は何をすればいいのかな?」

「あの自動車暴走事故の事、もっと詳しく教えて欲しい。それから、なんで心霊写真が欲しいのか、撮った写真をどうするつもりなのかも」


 軽くため息をついて大槻は、話し始めた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ……あの事件は、私が高校入試を終えて、この学校に入ることが決まってからすぐに起きたの。私のお姉ちゃん「大槻いなほ」は、当時高校一年生で、もうすぐ進級って時期だった。


 私ね。こう見えて、中学の間は結構暗い子だったんだ。あんまり人と喋れない、まあ枢木さんほどじゃないけどね。クラスの端っこで本ばっかり読んでたタイプの子だったよ。オカルトとか超常現象にはまったのはそのころだったよ。もちろん、全部本気にしてたわけじゃなくて、SF小説とかを楽しむ感じで読んでた感じ。


 逆にお姉ちゃんはものすごく活発で、学級委員長とか率先してやっちゃうようなタイプだった。勉強もスポーツもすごくよくできて、クラスの中心でね。でも全然イヤミな感じしなくて、友達も一杯いたの。おうちによく友達が来てね。みんないい人だったし、みんなお姉ちゃんを「すごい」って言ってたから、私は誇らしかった。


 私とお姉ちゃんは真逆だった。私はスポーツとか苦手だったし、本ばっかり読んでた。でも、お互いに無いものを持ってたからかな? すごく仲良しだった。


 お姉ちゃんは良く高校の話をしてくれた。高校に入ると、沢山友達ができるって。中学よりも沢山の人が集まるから、自分と趣味合う人がきっと見つかるって。毎日が楽しいって、キラキラした学校生活の話をしてくれた。その話し方が本当に楽しそうで、話を聞くたびに、私も高校生になるのが楽しみになったの。


 だから、行きたい高校にきちんと合格できて、とっても嬉しかった。本当はお姉ちゃんと同じ高校が良かったんだけど、ちょっと偏差値が足らなくていけなかったの。でもお姉ちゃんは本気で喜んでくれて、合格発表の日は私よりも早く泣き始めちゃってさ。「大きくなったね」って言って頭をなでてくれた。一つしか歳違わないのにね。


 ……事件が起きたのはね。合格発表のすぐあと。お姉ちゃんは、私の合格祝いを買いに行くつもりだったみたい。あとでお母さんに聞いたら、ずっと前からサプライズでプレゼント渡したいからってお金貯めてたみたい。


 それで、お姉ちゃん、私に黙って買いに行ったの。「なかなか帰ってこないねー」なんてお母さんとかお父さんに言っても、にやにや笑うだけでさ。お姉ちゃんがプレゼント買いに行ったの知ってたんだろうね。夕方近くになって、インターフォンが鳴ったの。お母さんが嬉しそうにそれに出た。多分お姉ちゃんが帰ってきたんだと思ったんだろうね……。


 でも、すぐに顔色が真っ青になった。

 来てたのは警察だった。

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