015「赤坂のエゴ」
「喫茶クロワッサン」でササキから大槻の過去について聞いた次の日。
学校での大槻はいつも通りだった。先生に明るく挨拶し、休み時間には沢山の友達が大槻の机のまわりに集まって談笑している。
僕は午前中、ずっと大槻を観察し続け、話しかけるチャンスを探り続けた。
そして昼休み、友人たちが何かのタイミングで大槻の周りから離れた一瞬の隙をついて彼女に接近した。
……もしかすると、僕には本当にストーカー気質があるのかもしれないな。
「大槻。ちょっといいか?」
僕の呼びかけに、大槻は普段通りにっこりと笑って反応した。
その表情にほんの少しわざとらしさを感じたのは、彼女の過去を知ってしまったからだろうか。
「あ、赤坂君!! 昨日はごめんねぇ。今日からはまたちゃんとやるからさ!」
「いや、気にしなくていいよ」
「ほんと? 枢木さんにも迷惑かけちゃったし、後で謝りにいかないと……」
昨日のことを思い出したのか、大槻は少ししょげたように肩を落とした。
「……大槻、放課後ちょっと話したいことがあるんだけど」
「え、放課後? 呼び出し? つまり告白?!」
がばっと身体をひるがえして僕を見る。なんか視線がキラキラしている。
直前のしょげた雰囲気はどこに行った。
「ちがう! 僕のセリフからシリアスを感じ取れ!!」
ちょっとまじめな声を出した僕がバカみたいじゃないか。
ていうか 「放課後×呼び出し=告白」とかいうガバガバ恋愛脳方程式、絶対等号成立しないだろ。
大槻は僕の言葉を完全に無視して、僕の全身をゆっくり見まわした。
「うーん。せっかくだけど、赤坂君相手じゃなー。私じゃ役不足だよなー」
「話きけよ! あと、その役不足は誤用か? それとも本来の意味か?!」
役不足。本来なら「役目が実力不相応に軽いこと」という意味だが、「力不足」という意味で誤用されることも多い。大槻ならどっちでもありうる。
「フフフ。詮索屋は嫌われるよ、赤坂君。乙女は秘密が多い方が魅力的に見えるものなのさー! ……で、話って?」
「……大槻いなほさんについてだ」
「!!」
大槻の表情が固まった。そのあと、みるみる顔から表情が消えていった。常に無表情の枢木と違って、大槻の無表情は言いようのない疲労感が見られた。
無表情の大槻を見ると、さっきまでの明るい表情は、やはり少し無理して作っていたことが感じられた。
「……本当、詮索屋は嫌われるんだよ? 赤坂君」
「ごめん。でも、僕はお前の力になりたいんだ」
「……いいよ。放課後話そう。その話、他の人にはしないでね」
「ああ……」
僕がそう返事をするタイミングで、大槻の友達が彼女の席に近づいてくるのが見えた。
僕は何も言わずに自分の席に戻った。自分の席からもう一度大槻の机を見ると、やってきた友達と楽しそうに会話している。先ほどまでの疲労感を微塵も感じさせない、完璧な「いつもの大槻」だった。
放課後、無人になった教室で、僕と枢木は大槻と向き合って座った。
「で、話って何? 枢木さんまで……」
いつもより幾分とげとげしい口調だった。いつもの愛嬌のある顔ではなく、攻撃的と言うよりは、疲れきった表情だった。
「……昨日、枢木が話した都市伝説、路上に出る幽霊の話。あれの元ネタ、つまり自動車暴走事件の被害者について調べたんだ」
「……そっか。やっぱり枢木さんの話って、あの事件だったんだね」
枢木の方をじっと見て、大槻はつぶやくように言った。枢木は申し訳なさそうに口を開いた。
「昨日はごめんなさい。私、知らなくて。あなたを傷つけるようなこと言ったわ……」
「ううん。そんなのはいいよ。もう慣れてるし。で? それだけ言いに来たの?」
普段と全然違う、つっけんどんな言い方だった。
僕は「喫茶クロワッサン」から持ってきた古新聞や、雑誌のコピーを机の上に置いた。
「……この事件で亡くなったのってお前のお姉さんだよな?」
大槻は机の上の資料を見て少し驚いたように目を見開いた。
「……ご苦労様だね。こんなに調べて。ほんとにストーカーじゃん」
調べたのはササキだけどな。
「……悪いな。だけど分かってしまった以上、はっきりさせたかったんだ」
「何を?」
「お前が心霊写真を欲しがる理由だ」
僕がそう言うと、一瞬空気がしんとした。
ほんの少しの間の後、ふぅ、と軽い溜息を吐いて、大槻は言った。
「……ここまで調べてれば見当ついてるんじゃない?」
「まあ少しはな。……大槻、お前は事故で亡くなったお姉さん『大槻いなほ』の写真を撮ろうとしているんじゃないか?」
僕がそう言うと、観念したように大槻は言った。
「……そうだよ。私はお姉ちゃんの写真を撮りたいの。他の都市伝説はおまけ、っていうか基礎研究みたいなものなの。部誌を作るっていうのも研究の一環だよ」
やはり。大槻が本当に撮りたかった写真は、お姉さんの映る心霊写真だった。
「どうして最初からササキにそう言わなかったんだ?」
「……言えるわけないでしょ? 自分の素性をべらべら喋るなんて。赤坂君もササキさんも、誰かに広めるかもしれないじゃん。せっかくできた友達とか、人間関係とか崩れたら面倒じゃない。気を使わせるのも、話のネタにされるのも嫌だし」
大槻はうんざりするような口調で言った。
例の自動車暴走事故は、それなりに有名な事件なだけに、今まで興味を持って寄ってくる連中も多かったのだろう。学校内で家族だとバレれば、人間関係が変わるであろうことは僕にも想像できる。
ササキも口は堅いが、あの風貌だ。初見で信用しろという方が無理な話だった。
僕の隣に座っている枢木が軽く身じろぎした。
そう言えばこいつも最初は素性を隠していたっけな。何か感じる所があるのかもしれない。
大槻はぶるぶるっと強めに頭を振ると、いつもの明るい調子に戻って言った。
「でも、ここまでバレちゃったら、仕方ないね! 二人とも、このこと誰にも言わないでね!!」
口調は明るいが、大槻の笑顔は、はっきりと作り物だとわかった。
いつもの、天衣無縫じゃない。つぎはぎだらけのみすぼらしい笑顔だった。
「おい、大槻……」
「お姉ちゃんの写真はまた別の方法考えるよ。赤坂君、今まで協力してくれてありがとう。悪いけど、ササキさんに依頼のキャンセル、伝えといてくれる?」
僕の呼びかけを遮って、大槻は話し続けた。
大槻の心がどんどん閉ざされていくのを感じる。僕らとの関係を断とうとしている。
もうあなたには関係ない。
これ以上は入ってくるな。
無理やり上がった口角が、強い拒絶を感じさせる。
本当はそれが正しいのかもしれない。
大槻自身が求めていないのに、彼女のために何かしようとするのは、単なるおせっかいで、彼女にとって迷惑なだけだろう。
そう。だから、ここから先は、僕のエゴだ。
それをはっきり自覚するために、僕は自分の腿をぎゅっとつねった。
「……その事件の話。もっと聞かせてもらえないか?」
僕がそう言うと、大槻の表情から、急ごしらえの笑顔が完全に消えた。
「……赤坂君って鈍感なの? はっきりもう関わらないでって言えばいい?」
「赤坂君……、大槻さんがこういうのだから、これ以上は……」
大槻の拒絶の圧力がさらに強くなった。隣の枢木はおろおろと僕らの間を取り持とうとする。
僕は大槻に気圧されないように、もっと強く自分の腿をつねった。
「……お前を助けたいんだ」
「は? 何それ?」
「事件の話を聞いた時、普段のお前からは想像できないような過去を知って、何とかしてやりたいと思った。でも、どうしたらお前が救われるのか分からなかったんだ。だから、一緒に悩ませてほしいんだ」
僕がそう言うと、大槻は呆れたような表情になった。
冷たい目で僕を見ながら、ため息交じりに言った。
「……あのさあ。そういうおせっかいとか同情が一番嫌だってわかんないかな。なんで赤坂君が私と一緒に悩むのさ」
大槻の言うことは正しい。彼女にとって踏み込まれたくない部分なのだから、無神経に聞いていいことじゃないことは分かっている。
だから誠意を見せなきゃいけない。
僕は椅子から立ち上がった。急な動きだったからか、大槻も枢木もびくっと反応した。
僕はそのまま教室の板張りの床に膝をついて、両手を地面について丁寧に頭を下げた。
そして、下向きでも伝わるように、はっきりした声で言った。
「頼む。大槻。僕に、お前を助けさせてくれ」
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