第4話 不在
3限の授業が終わって、アヤさんはマコさんと一緒にフランス語の教室に移動していた。90分ぶりにアヤさんの体重を感じると、そこには、肩を揉まれた時の気持ちよさのようなものを感じた。中敷も、動かされないと固まってしまうものなのだなと、新たな知見を得た。
フランス語の教室にはすぐに着いた。教室のドアを開けると、すでに多くの学生が集まっているのであろう雰囲気があった。教室の後ろの方から男の声が細々と聞こえていた。
アヤさんは男に目もくれず、マコさんと一緒に、左前方にいたグループメンバーに合流した。そのグループには他に、サエさんとホナミさんとマドカさんという女の子がいた。この5人はみなスタイルが良く、そのような女の子同士で固まっているのだろうと感じていた。
このグループのリーダー格であるマドカさんは、アヤさんとマコさんが教室に入るやいなや、大きな声を出して二人を歓迎した。夏休みが明けても、彼女らの友情に変化は無いようだった。
「アヤ〜、今日も攻めてるね。」
「え〜、そんなことないよ。」
アヤさんが少し恥ずかしそうに答えている様子が目に浮かぶ。
「10月入ったのにまだその短さは、さすがモデルだね」
「ホントのモデルに失礼だからやめて(笑)」
「オーディションとかいけばいけんじゃない?」
「いやあ芸能人にはならなくていいし」
アヤさんはこのグループの中で特にスタイルが良かった。そのため、グループ内で、「モデル」と囃し立てられていた。アヤさんはいつも、
アヤさんは荷物を机に置くと、「トイレ行ってくる」と言って、トイレに向かった。僕は不意に緊張した。小学生のころに間違えて入ってしまった時以来、女子トイレというものには入ったことがない。まあ、それが普通なのだけれども。
教室を出て数十歩歩いたところにトイレがあった。アヤさんは優しくドアを明けて、個室に入った。
アヤさんがスカートを下ろす音が聞こえた。便座が少し軋む音が聞こえた。そして頭上、はるか高いところから、水が流れる音が聞こえてきた。アヤさんが今、放尿をしている。おしっこに対して特に興味はなかったつもりだったが、こうして間近でこの音を聞くと、僕は彼女の聖水に、物理的に浸りたいような欲望を持った。
アヤさんが「ふう」と軽くため息をつくと、そそくさとスカートを履き直し水を流して、個室を出た。僕の胸の高まりは収まる気配がなかった。自分が物理的に浸れるものを渇望したが、彼女の足から滲み出てくる汗に頼るしかなかった。
その後、アヤさんはすぐに教室に戻ると、男どもが少し騒がしくなっていた。僕と一番仲が良かった加藤がこう言った。
「村田なんでいねえの。」
それに対して、男の中で一番大学に来ていなかった月島がこう言った。
「俺になったんじゃね。」
「意味わかんねえな。」
加藤がこう言ったが、まあ、大学生が学校を休むことなど日常茶飯事だ。僕がいないくらい、そこまで気を留めることなんてない。男たちは、すぐ別の話をし始めていた。
それと同時に僕は、僕が大学に来ていないことに安堵した。つまり、もし僕がこの授業に来ていたら、今こうして話している僕は誰なのだろうかと、きっと底のない悩みにぶつかってしまうところであったからだ。
僕は、そのまま、教室に自分が不在であることを願わずにはいられなかった。それくらい、今の状況が狂おしいほど愛おしく、幸福な時間であった。
フランス語の授業が始まると、学生は静かになったが、アヤさんの足元には、少し落ち着きがなかった。アヤさんの足の動きは規則的で、まるで僕をあやすためにしているようにも思われた。彼女に揺られながら、意識が遠のいていった。まるでゆりかごの中で母親に揺らされているかのように、彼女の汗と洗剤と、足の指の間の匂いに包まれながら、僕は眠りに落ちていった。
いつも女の子の足の裏を眺めていたら、初恋の女の子の靴の中敷になってしまいました。 凹栄 @o_e_i
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