宝くじが当たっただけだったはずなのに
「とびきり甘くして美味しくしたから、食べて?」
「え……っと、でもそれは……手、だし?」
差し出されたのは彼の左手だった、彼を買った日のようにお菓子っぽく変化させたらしいそれを急に押し付けられたのだ。
「だめ?」
悲しそうな顔で見つめられる。
すごくすごく悲しそうな顔だった。
「うっ…………わかったよ、これきりだぞこの一回だけだからな」
仕方ないので折れることにした、彼は満面の期待の笑みでこちらの顔を見ていた。
うっ……やりにくい。
それでも言ってしまったのなら仕方ないと、彼の左手の中指に歯を突き立てる。
薄い皮膚を突き破ると、ねっとりと甘い蜜が溢れてくる。
赤いと思っていたけど皮膚の内側は皮膚と同じで白かった、骨とかそういうのもなさげでただ粘りの強い白い蜜が詰まっていた。
それを零さないように慌てて啜って、少しはしたない感じの音を立ててしまったから、顔が熱くなる。
ふと視線を感じて顔を上げると、彼が恍惚とした本当に嬉しそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
その笑みにさらに顔が熱くなる、慌てて視線を逸らして左手を食べることに集中することにした。
食べきるまでに思っていたよりも時間がかかってしまった、甘い蜜が思いの外喉に絡みついて、手間取ってしまったのだ。
「……ごちそうさまでした」
「おいしかった?」
「うん。甘くて美味しかった。……でもこの一回限りだから」
そういうと、彼は何故かクスクスと笑う出した。
なんでだろう、おかしなことは言っていないつもりなんだけど。
「ねえ、僕のご飯美味しい?」
「ああ、美味しいよ? 特にキーマカレーは絶品だ。店出したら確実に長蛇の列ができる」
随分唐突な質問だなと思いながら素直に答えた。
「あのカレーのお肉、なんだと思う」
「は? 合挽き肉だろ?」
最初に作ってもらった時と味があんまり変わらないから多分そのはずだ、あの時冷蔵庫にあったのは合挽き肉だったはずだからそれであっているはず。
彼は何故かクスクスと笑い続ける、その笑みをどんどんと深いものにしていく。
「合挽き肉は合挽き肉でも……七割以上は僕だから」
「………………ん?」
ぼく? ぼくって言ったこいつ?
ぼくってなんだ、そんな動物がいるのかそれともブランド名か?
ぼく、ボク、墨、朴…………僕?
現実逃避から帰ってきた途端にめまいが。
つまり?
つまり、つまり、つまり、つまり?
「あ、あのお肉……きみ、だった……ってことあのカレー……」
「うん。味は君の好きな豚肉に似せてたけどね。というかカレーだけじゃなく今まで君がここで食べてきた肉のほとんどが……僕の身体だよ」
恍惚とした笑みで続けられる。
つまり、私は今まで人肉を食べさせられていた?
「……なぜ、そんなことを」
「最初はね、君を守るためだったんだ。僕の肉を君の中に入れておけばどこにいるかもすぐにわかるし、少しだけ身体が丈夫になるから。うん、最初は本当にそれだけだったんだ」
最初、多分あの時のキーマカレー、初めて作ってもらった料理、やけに美味しかったカレー。
守るためだったらしい、それはとりあえず信じよう、そうかだからあの時あんなにあっさり見つけてくれたのかずっと気になってたんだ。
でもなんでここにいる間わざわざ私に食べさせた?
「理解、した……でもなんで今までずっと食べさせた……? 確かに私は弱いけど、君が守ってくれるんだったら……そんな毎日食べさせる必要なんて……」
「………………何が理解できたっていうんだい?」
何故か恐ろしい顔で首を傾げられた。
「……守るため、だったんだろ? だからあの時すぐに見つけてくれたんだろう……? だからそれは理解した、守ってくれとは言ったけど、どう守れとかは具体的にはほぼなんも言ってなかったし、君がそうするべきだと思ってやったのなら、とりあえずは怒らない……実際それで助かってるんだし……まあ勝手に人肉食べさせられてたってのには、ちょっと怒っているけれど……」
最初のカレーに関してはそこまででいい、ちょっと怒るだけでいい。
だけど問題はここに来てからだ、何故毎日あの量の肉を食わせられていたのか、その理由は聞かねばならないし、場合によっては怒る。
さあさっさと洗いざらし吐けと睨むと、何故か彼は大爆笑。
盛大に笑っていらっしゃる。
意味わからん。
「…………君は本当に愚かだなあ?」
笑い声を収めた彼が、急に恐ろしい顔でそう言ってきた。
なんで私馬鹿呼ばわりされてんの?
「……君は本当に愚かだよ。結局最後までこの僕を疑うことがなかった。奴隷だった時だけならまだいい。いやよくはないけどまあ許容範囲だろう。だけど僕が奴隷でなくなった後でもその調子っていうのは……信じられてるこっちの頭がおかしくなりそうなほど馬鹿だ」
なんかもうこっちが見てて怖いくらいいろんな感情がごちゃ混ぜになった顔で見下ろされる。
「……いや、僕が奴隷だった時だっておかしいくらいの信用度だ。最初に料理を作りたいと言った時になんで普通に作らせた? 毒を混ぜて殺すことだってできたんだよ?」
「…………そんな遠回しなことしなくても殺せただろう? さすがに知ってるよ、奴隷の主従関係だって絶対じゃない、こちらが命令する前になんかされりゃそれで終わりだってことくらい知ってた。それができるのに殺さなかったんだ。なら君に私を殺す理由なんてなかったし……それを疑う理由もない」
そう言うと彼は虚を突かれたような顔をした。
個人的には至極真っ当なことを言ったつもりだったんだけど、なんでそんな顔されたんだろう。
「……君は……君は本当に…………救いがないほどに、お人よしで甘ったるい……」
「お人好し? こんなクズをそんな風に称するなよ。……まあ、甘いってのはそうかもだけど」
「君は自分のことをクズとよく言うけど、僕から言わせてもらうと君はそこまでクズではないよ、どちらかというと高潔だ。……ただ、本当に本当にとても愚かではあると思う、赤の他人はまるきり信用しないのに、一度懐に入れた者のことは疑わないで……こんな化物に気を許して、笑って……」
「高潔はない、それは絶対にない。見る目ないな君は」
反射的にそう答えていた、何故かまた笑われた。
笑い声はまたしばらく続いた、途切れた直後に爛々と輝く目で見据えられる。
「……そうだな、どちらかというと高潔じみた異常者だ。この僕を一度も化物扱いしない感性の持ち主だもの。高潔でもなんでもなくただの頭のおかしい女だよ、君は」
ストレートに異常者の烙印が押された、流石にひどくない?
「まあいい、君にとってはそんなこと大した問題じゃないんだろう? 君が知りたいのは僕が今まで僕を食べさせてきた理由だろうし、きっといくら言い合っても平行線だ」
「え、っと、うん」
「理由は二つある。一つ目はすごく単純な話でね。君ったら本当に美味しそうに食べるんだもの。自分が何を食べているのか理解せずに、ただ純粋に美味しい、美味しい、って……だからもっと食べさせたくなったんだ」
「……ようするに、いっぱい食べる君が好き、的な?」
「…………まあそんなところだね」
「……確かに美味しかったのは本当だし、美味しいものを食べさせたいという気持ちも……まあわからなくもない……か? でもなんでこのタイミングでカミングアウトしたんだ? もっと食べさせたいなら隠しといたほうが無難だし君なら隠し通せただろう?」
そう問いかけると彼は笑みを深くさせて、こちらににじり寄ってきた。
「それは二つ目の理由に関係してるんだけど……君が僕のことを美味しく食べているのを見ているうちに、僕も君のことを食べてみたくなってね……ほらよく言うだろう? 食べちゃいたいくらい可愛いって」
「いや確かによく言うけど、キュート・アグレッションとかいうやつ……いや待って? 食べたいって、君が私を?」
「うん。だから……君を僕と同じものにすることにしたんだ」
「……え?」
唐突に掴まれた右手の人差し指に、白い歯が立てられる。
そして食いちぎられた、痛みはなかった。
ただ肉が引きちぎれた違和感だけが、鮮明に。
「は? いや…………なに、これ」
引きちぎられた部分から新しい指が生えてくる。
「ん……甘い、やっぱすごく美味しい。……今の君の身体を構成するもののほとんどが僕だから……そういう風に作り変えたから……僕の好きなようにいじくれるようになったんだ。やっとだよ、短いようで僕にとっては気が狂いそうになる程長かった……」
私の指を本当に美味しそうに咀嚼して、コクリと喉を鳴らして飲み込んでから、彼はそんなことを言った。
「なに、なにこれ……わたしのからだ……なに?」
「これがもう一つの理由だよ。君の身体を僕と同じになるように変質させて、食べるため。それが君に僕を食べさせ続けた二つ目の理由だ」
彼はうっとりとした顔で私の服をはだけさせた。
ご馳走を見る乞食みたいな目で、はだけた首筋と肩を見つめられる。
私は動けなかった、なにも言えなかった。
「好きなだけ食べていいから、好きなだけ食べさせて?」
あーんと大口を開けた彼が、私の首筋に噛み付いた。
痛みは相変わらずなかった、でも肉が歯でちぎりとられていく生々しい感覚だけは、鮮明に。
悲鳴を上げていた、涙が流れていた。
悲鳴を上げたら口で塞がれて、口の中を舌でなぞられ唾液を吸われ。
涙を流せばすすられて、ついでに両目もすすられて、空っぽになった眼窩を舐めまわされた。
食われても吸われても、噛みちぎられた部分はすぐに再生して、食われて食われて食い散らかされて。
怖い。
痛みがないのは幸いだけど、さすがに心が折れそうだ。
ああ、なんでこんなことになったんだろうか?
宝くじが、当たっただけだったはずなのに……
宝くじで巨万の富を得たので奴隷を買ったら大変なことになった件 朝霧 @asagiri
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