第5話 憧れを追う為に

「なるほどな――中央で待ち伏せ、か。悪くない策だ」


 首都、リングストン。中央の王宮の広間――。

 潜入した静馬たちの周りを包囲するように、民族衣装の傭兵たちが取り囲んでいる。そのうちの一人――厳めしい顔つきの男は口を開いた。


「シズマ・ナカトミ――評判通りの男だな。こうするだろうとは、思っていた――差し詰め、中央を制圧。その上で、大統領を人質に、武装解除を要求――か?」

「ご明察――そこまで読み取るとは、さすが、北の傭兵、だな」

「――しかも、気配を感じさせないなんて……」


 背中合わせのユーラが、悔しげな色を滲ませて告げる。

 静馬とユーラは五百の手勢を率い、王宮に踏み入った。他の手勢は、飛鳥を筆頭に首都の要所を押さえにかからせ、自身は大統領の身柄を押さえに走ったが――。


 予期せぬ、待ち伏せに遭った。まさかの、王宮が空城だった。


 静馬もまた、待ち伏せの気配を、感じ取れなかった。まさか、これほど気配を消せる人間も、そうそういるものではない。以前、同レベルの武人と静馬は手合せしているが、それ以来の好敵手。

 もしかしたら、それ以上かもしれない――。


(だが、退くわけにもいかないよな……)


 屈強な肉体と、その両手からぶら下げているククリナイフ――それを見つめ、静馬は表情を消す。応えるのは、身に漂わせる、冷たく研ぎ澄まされた気迫。

 殺意に似たそれを漂わせながら、彼は淡々と告げる。


「北の傭兵――ゼクス、と見受ける。部下が世話になったようだな」

「ふむ――なるほど、そういうことか」


 ゼクスは不敵な笑みを浮かべ、前に進み出る。ククリナイフを構え――瞬間、激しいほどの気迫が吹き荒れる。それに、ユーラがびくりと震えるのが分かる。

 それに静馬は逆らわず、澄んだ気迫を身に纏い――安心させるように、ユーラに言う。


「ここは、任せろ。背中だけ、守っていてくれ」

「――分かり、ました」


 その言葉を聞き遂げながら、静馬はゆっくりと構えを取る。

 刃を上にして鞘に封じた太刀。その柄に手をかけながら、浅く腰を落とす。軽く左足を引いて、半身で相手を見据える――居合、抜刀術の構え。

 同時に、彼にとっては――楊心流、絶技の構えだ。

 研ぎ澄まされた気迫を鞘に封じるように、太刀に手をかけ――鍔鳴り。


 瞬間、同時に両者は地を蹴り――暴虐の刃風が、吹き荒れた。


   ◇


 奇しくも時を同じくした、リテウム平原。

 奇襲を受けた本陣を前に、空也と真紅は、北の傭兵、ロニーを相手取っていた。

 ロニーが何か言いたげに笑い、口を開いた瞬間。


 二人は、弾かれたように動いていた。


 余計な口上は、いらない。瞬時に空也と真紅は手を放して二手に分かれていた。

 真円を描くように、左右から一気に襲い掛かる。それに、ロニーは獰猛な笑みをこぼしながら、バックステップを踏んだ。


「挨拶もなしか? いいぜ、ダンスを踊ろうじゃねえか!」


 空也の斬指を鉄弓で払い除け、真紅の放った矢を掴む。そのまま、ロニーは空也を蹴り飛ばし、弓をつがえて、アウラに矢を差し向ける。

 鋭く空を切った矢。それを、アウラは剣で払い除けながら鼻を鳴らす。


「このアウレリアーナを、容易く討ち取れると思わないことねッ!」

「ほう、下がらないのか! 姫ぇッ!」


 牙を剥かんばかりの咆吼と共に、ロニーは瞬く間に三本引き抜いた。矢をつがえ、瞬く間に三本を連続で放つ――まさに、熟練の早業。

 だが、そこには空也が間に合っている。袖から抜いた短刀でそれを斬り捌く。

 そして、その弓を構える、わずかな隙を狙って短刀を投擲――。

 ロニーは薄く笑みを浮かべ、横っ飛びに躱しながら、さらに矢をつがえた。


(化け物がッ!)


 抜刀の勢いで飛ぶ矢を払う。ロニーは笑いながら後ろに跳ぶ。立っていた場所に、真紅の矢が突き立つ――舌打ちをしながら、真紅は空也の傍に立ち、弓矢を構える。

 周りには、味方はいない――全員、突っ込んでくる兵たちを相手取るのに精一杯だ。

 ロニーは低く身を構えながら、背負った矢筒から五本、矢をつがえる――そのまま、舌なめずりをしながら、不敵に笑う。


「さて、挨拶は終わりだ。宴を始めようぜ?」

「はっ――上等」


 これは奇襲――時間がかかれば、不利になるのはロニーだ。

 ならば、この茶番に付き合うしかない――どう、転びにせよ、逃げるという選択肢はないのだ。空也は肚を決め、真紅と視線を交わし合う。


「アウラ様は逃げて――」

「大将が退けば、士気が瓦解するわ――ここに、残る」

「――静馬さんの、苦労が本当に分かるな」


 嘆息を一つ。空也は鋭く鉤爪のように両手の指を広げ、こき、こきと鳴らす。

 ロニーは弓矢をつがえたまま、視線を外すことなく、淡く笑みを浮かべる。


「ま、それに関しては同情するぜ、色男」

「なら、退いてくれると助かるんだが」

「それは、こっちも仕事で、ねッ!」


 瞬間、弓弦が弾けた。放たれた矢を、首を傾けながら躱し、一瞬で前傾姿勢――地を蹴ってトップスピードになる。

 ロニーは不敵に笑いながら、すでに矢をつがえている――二閃の、矢が同時に走る。

 避けようとして――瞬時に、思考を切り換える。


(後ろに、真紅がいる――ならッ!)


 指先に神経を集中。両手を突出し、二本指を矢に向けて突き出し――。

 その矢を、白羽取りにする。それを後ろに向かって放り投げながら、空也はさらに地を蹴る。間合いが、一気に詰まっていく――。

 その中で、獰猛にロニーが歯を剥き出しに笑う。


「いいねえ――なら、これならどうだッ!」


 今度は、三本の矢を同時に放つ。神経を再び集中させる。半身になって矢を躱しながら、二本の矢を斬指で弾き飛ばし――。

 その、影から飛来した刃が、真っ直ぐに腿に突き立った。

 三本の矢の陰で、見えなかった、四本目の矢――隠矢。

 激痛に体勢が崩れる。致命的な、隙。それを逃さずに、ロニーは矢をつがえ――。

 直後、空也の腕を掠め、後ろから矢が飛んだ。

 真紅の、援護――だが、ロニーは不敵に笑いながら、矢をつがえた手を突き出し。


 二本指で、その矢を受け止めた。

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