第3話 真紅の異世界軍略
軍議の翌日、アウラの鶴の一声で軍は動き出した。
守備の兵をわずかに残し、全軍がリテウム平原に北上――武器も何も持たず、持っているのは鍬や鋤ばかり――アウラの騎兵が警護する中。
工事を、開始した。
「なるほど――ここに出城を設けるわけね」
「野戦築城戦術、と私たちのセカイでは呼ばれていました」
兵と民衆が入り交じり、土を掘り返し、材木を突き立て、縄で固く繋ぎ合わせて柵を作っていく。土を掘り返しては、盛り上げていく――。
まだ、工事が始まったばかりで、見えないが高い丘から見下ろすと壮観な景色だ。
部隊長たちが現場監督となり、盛んに声を張り上げている。
アウラは感心したように、その光景を空也と真紅の隣で見つめている。
「守りの戦は、あまりしないから勉強になるわ。私たちは攻め続けるだけだし」
「――ちなみに、戦術は?」
「ないわ。ただ、いる騎馬隊だけで突っ込むだけ。三千だろうが、一万だろうが――五百くらいの軍勢でいつも突っ込んでいたわね」
爽やかな笑みで告げるアウラに、真紅は軽く額を押さえた――空也はため息をつく。
「静馬さんの苦労が、よく分かるな」
「それでいて、実に効果的だからタチが悪いね……」
待ち構える時間を設けさせず、斬り込めばそれは大層混乱するだろう。その間に、指揮官を討ってしまえば、敵は烏合の衆になってしまう――。
王族自らが突っ込む、という点を除けば、非常に合理的とさえ言える。
真紅は咳払いをし、視線を走らせる。
「とにかく、民衆も動員しています――上手く行けば、五重の壕をこしらえることができるはずです。それだけあれば、一万の軍勢でも、十万を支え切れるはずです」
「秀吉の、戦術だな」
空也の一言に、真紅はこくん、と小さく頷いた。
羽柴秀吉は、野戦築城の名手であった。信長も上手いが、その上を行くとも言える。
その最たる例が、中国攻めにおいての備中高松城の戦い。その中で、彼は民衆に銭をばらまくことで、人手を確保し、四キロメートルにおける堤防を築き上げたのだ。
その期間は、わずか十二日。二週間足らずで、水攻めの堤防を構築した。
「――妙案よね。今回は銭に代わって、物資を放出しているけど」
「それに関しては、問題ないのですか?」
「ええ、ウェルネスは穀倉地帯――手透きの兵は平時、屯田兵としているから、正直、穀物類は余りに余っているのよね。古い穀物も捌けて、丁度いいぐらいだわ」
「それは、好都合ですね。どんどん、民に配っていきましょう。それで、接敵間近になるまでは、築城を続けます――本当は、火縄銃くらい、作れればよかったのですが」
「火縄、銃?」
「いえ、聞かなかったことに」
(真紅さん――長篠の戦いを再現せんでもいいんですよ)
思わず遠い目になる。五重の壕に、銃の足軽となるときっと壮観だろうが――。
真紅は少しだけ残念そうに眉を寄せた。
「折角なら、歴史の実証をしてみたい気もしたんだけど……」
「本当に実験好きだよな……さすがに、人の命がかかっているんだ」
「うん、もちろん、そこは真剣にやるよ。だからの、五重の壕だから。弓矢も限りがあるから、山を削って岩や石を集めているし。できるだけ間接的な武器を増やしている――ただ、それでも、兵数が兵数だから……どこまで耐えられるか」
「――考えても仕方ないわ。戦うのは、私たちの仕事」
暗い顔をした真紅に向かって、アウラは快活に言い放つ。
盛んな掛け声に満ちた現場を見下ろし、彼女は目を細めてさらに告げた。
「ここまでやっているのだもの――この流れは、絶対に静馬に繋ぐわ」
静馬たち三千は、すでに戦線を離脱している――ソユーズの諜報部隊に気づかれないように、撤退を装って戦線を離脱。
別ルートから、ソユーズに侵入する予定だ。
「武運を、祈るしかありませんね――」
「ええ――でも、きっと大丈夫よ。シズマなら」
アウラの声は、信じ切っている。何も疑わない眼差しで、遠くの北――雪の降り積もる山々を見つめて、はっきりと告げる。
「あの人は――いつだって、私のところに帰ってきてくれたから……だから、私も彼を信じて、ここを死守するわ」
「ええ――僕たちも、力を尽くします」
大切な人を、護る為に――その想いの元で、築城は進んでいく。
そして――築城開始から、数日後。
戻ってきた斥候が声高に、それを告げた。
「ソユーズ軍、南下――! 数刻後に、衝突します――!」
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