第2話 終わらない戦い 後編

「――承知している。卑怯な真似で、非道なことを要求していることも。だが、そうしてでも、空也と真紅さん、二人を頷かせなければならない」

「へぇ、そうなんですか。それなら――」

「真紅。もう、いい」


 空也は口を挟んだ。そして、痛いぐらい握りしめられている手を、握り返す。


「心にないことを言わなくても、いいんだ――あと、手が痛い」

「あ……ごめん、空也くん」


 不意に、真紅の表情が切り替わる。少しだけ、気弱な表情を見せ、へにゃりと力なく笑ってくれる。空也は、手をしっかりと優しく包むように握り返しながら言う。


「大丈夫だ。信じている相手を、悪しざまに言うのは、辛いだろうし」

「でも――ここの線引きをするのは、大事だと思うよ?」

「ああ、分かっている。だけど――僕は、静馬さんを信じているから」


 咳払いを一つ。そして、真っ直ぐに静馬を見つめ返す。

 成り行きを見守っていた、静馬に軽く頭を下げて言う。


「すみません――静馬さんの気持ちは、分かっているつもりです。貴方の立場、事情もあって、こういう手段を執らざるを得なかった、ということだと思います」

「――そこは、ノーコメントだな」

「そうですか……いずれにせよ、僕たちは静馬さんに助けてもらいました。だから、貴方たちの頼みを受け入れるつもりでした。だが――僕たちにも守りたい信念があり、守りたい人たちがいる。だから、安請け合いすることができないのです」


 何より、ここで安請け合いをしてしまえば――ずるずると、静馬たちに手を貸してしまう状況が出来上がってしまう。それは、空也と真紅、共に命の危険にさらされかねない。

 もちろん、静馬はそういうような行為をしないとは――分かっているつもりだ。

 彼は曲がったことが嫌いで、出過ぎた力でねじ伏せることも好きではない――それは、短い付き合いでも分かっている。

 それでも、彼は軍属であり、誰かを護る為に命を尽くしている――。

 そのためなら、こういう手段も、きっと辞さないのだろう。


「だから――その、代償を求めます。僕たちが、自分の意志で戦場に踏み出すための」

「――いいですか? アウラ様」

「当然の要求でしょう?」


 確認するように静馬はアウラに視線を飛ばし、くすりと笑いながらアウラは頷く。

 静馬は感謝するように頭を下げ、空也に視線を移して、促すように頷いて見せた。


「まず――孤児院に、十分な物資を。肉、野菜などを届け、発育を助けていただきたい。それと、僕たちを戦いに巻き込むのは、これで最後に」

「分かった。妥当な線だな……それで、真紅さんの要求は?」

「――え? 私も、いいのですか?」


 真紅は意外そうに目を見開く。静馬は笑いながら肩を竦めた。


「今の要求は空也のもの――キミの力も借りるのだから、真紅さんからも聞かねばならないだろう? 特に、真紅さんはこれまでも統治の際に世話になっている」

(そういえば、真紅は、政務官と一緒に仕事をしていたな……)


 真紅はこの街の領主名代だった。その関係で、書類の引継ぎを行った。

 それだけでなく、区画や戸籍の整理など、意見を述べるために、ちょくちょく静馬の元に顔を出していたのである。真紅は感謝するように頭を下げ、告げる。


「では――二人がこの世界で生きていける、衣食住が欲しいです。十分な広さの一軒家と、畑。それと、できれば私たちのできる職があれば」

「――ああ、カグヤ自治州に、いい村がある。そこなら、自分の知り合いも多く、不自由しないだろう。事が澄んだら、そこに住める手配をしよう」

「ありがとうございます」


 真紅は頭を下げる。静馬は苦笑い交じりに、空也と真紅を順番に見つめた。


「自分も、嫌われる覚悟で言ったつもりだったんだが――逆に、こうしてくれたおかげで、筋が通しやすくなった。感謝する」

「嫌いになんか、なりませんよ――静馬さんほど、不器用で優しい人は、いないから」

「――ありがとう。空也」


 静馬は目を細める。そして、彼は飛鳥の方を振り返って告げる。


「今の言葉を聞いていたな。飛鳥。孤児院の物資の手配は任せた」

「はい、十分なほどに」

「アウラ様も――二人に十分な地位を与える必要があります」

「分かっているわ。こういう、王族の力の使い方なら、十分ね」


 飛鳥とアウラは意気込んで応えてくれる。優しい、人たちだ。

 静馬と空也は笑い合う。だが、静馬が地図を視線に落とすと、空也も真剣な表情で視線を地図に向けた。無数の防衛線を、眺める。


「さて、ご要望にお応えしないといけませんが――どうするかな? 日本史、世界史、センター試験で満点を取った、史学科の水原真紅先生?」

「あはっ、そうだね――うーん……」


 考え込んだ真紅の視線が、地図上に走る。キグルスのあたりを重点的に眺め、北方の、ある地点で目を留める。山岳と山岳の合間の、平原――。

 その中央には、小山がある――リテウム平原、というらしい。


「関ヶ原――」

「――え?」

「あ、ううん、ここなら、大軍の展開を阻止できる上に、キグルスへの進軍を阻止することができる。兵を展開するなら、ここかな、って」

「確かに、それは思ったわ。だけど、動員できる兵数は一万――それ以上は動かせないわ」

「んー、ちょっと違うかな?」


 のんびりとした口調。だけど、真紅の瞳は抜け目なく輝いている。

 彼女の思考が目まぐるしく動いているのが分かる――空也はそれを見守っていると、彼女は視線を上げ、はっきりと告げる。


「では――見せましょうか。異世界の、戦術を」

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