第五章 誰が為の憧れ

第1話 終わらない戦い 前編

「次の、侵攻作戦、ですか――」

「ああ、そのために、みんなには集まってもらった」


 キグルス占領から二週間が経った頃――。

 騎士たちが常駐する屋敷に呼び出された、空也と真紅は静馬の言葉を聞いていた。

 それまで、のんびりと孤児院で二人は過ごしていた。頬の裂傷を含めた、身体中の傷はすでに癒えている。子供たちも、少しずつ打ち解けてきた頃の、召集だった。

 そこには、アウラ、飛鳥、ユーラといつもの顔ぶれが揃っている。二人が来る前に会議をしていたのか、地図を広がられ、端々にメモが書かれている。


「知っての通り、キグルスはもう大分、落ち着きつつある。王国の支配が浸透した上に、後詰の兵たちがしっかりと治安を維持してくれている。何件か、事件もあったが、それも対応済み。王国の優秀な政務官たちも、到着して統治を始めている」

「まだ、内々の話だけど、キグルスの属州化も決定――キグルス州の誕生も、秒読みの段階になっているわ。だからこその、侵攻計画になるわ」

「また、戦争ですか――」


 顔を曇らせる真紅だが、飛鳥は諭すような声でゆっくりと告げる。


「仕方ありません。すでに、ソユーズ軍は大軍を編成し、キグルス奪還に動いております。このままだと、キグルスが戦場になりかねません。そこで、先手を打つための、行動になります――地図を、ご覧ください」


 彼女の指が、地図を示す。ソユーズ国内から、ウェルネスの国境まで含んだ、広大な地図だ。国境のラインが、今は隆起して、キグルスまで覆うように変化している。

 そのキグルスのラインを護るように、駒が無数に並んでいる。


「――ここ、キグルスを補給拠点に、今、三万の兵たちが展開しています。キグルスの東西に存在する城砦都市、ケルン、カラムルは現在、別働の騎士団に包囲されています」

「だけど……私たちが、キグルス攻略中に、物資が十分に行き渡ってしまった……籠城戦は、現在、長引いている……密偵も、入り込めない、です……」

「その中での軍の動きが――キグルス奪還の動きね。大軍を有し、徐々に南下しつつある。その数、およそ十万……キグルスなんかは、すぐに揉みつぶされかねないわ」


 飛鳥、ユーラ、アウラが順繰りに現状の説明をする。その迫りくる脅威に、真紅は徐々に顔を強張らせる。空也は深呼吸し、真紅の手を握りながら訊ねる。


「攻撃される前に、敵本隊に奇襲をかける――ということでしょうか」

「そうしたいのは、山々だが――ここは敵地。地の利がない。効率的な、奇襲も適わない。ユーラに先行してもらって、地形を調べてもらったが、すでに敵の斥候が分け入った形跡がある。正直、期待はできない」

「その上、北の傭兵の、幹部の一人が、指揮を執っている――」

「他の幹部は、一名ずつケルン、カラムルにいる、とのこと。そして、もう一名が首都にいる、という情報もユーラさんが掴んでいます」

「七人の幹部、と聞いています。そうなると、残り三名がいるはずですが」


 空也はユーラに訊ねると、彼女は小さく一つ頷いて告げる。


「彼らの集落に、いる。私たちが、集落を襲うことを、警戒しているみたい。所在の確認は、取れている。安心してくれて、構わない」

「それでも、一人で一騎当千とも呼ばれた傭兵たちだ。その部下たちも、精鋭揃い。油断も隙もない――だが、それでも手をこまねくわけには、いかない」


 静馬はそうはっきりと言い切ると、指先をキグルスに置く。

 そして、その指先を大きく迂回させ――ソユーズの深奥。

 首都、リングストンを強く指先で叩いて告げた。


「手薄になっている、リングストンを、我々で叩くことを決定した」


 その言葉に、空也は軽く目を見開いた。

 大胆な、懐に斬り込む策だ。空也と真紅以外は、驚かない。熟考を重ねた末の、決断なのだろう。静馬は視線を上げ、続いて説明を加える。


「手勢は三千。精鋭部隊で組織。山岳慣れした部隊で行う。大将は、自分――静馬。副将に飛鳥、リヒト。ユーラは、遊撃。これとは別に、へロスという手練れの将軍が二万を連れて迂回、進軍する――これを、後詰として、総軍となる。アウラ様は――」

「お留守番、ね。不満だけど、この采配は仕方ないわね」


 アウラは腕組みをしながら嘆息し、金髪を払いながら地図に目を落とす。


「こうなると、兵はいても指揮官が不足する事態になる。安全かつ総司令の必要な、この現場で、大局を見据えることになるわ」

「お願い致します。そして、忘れてはいけないのが、南下してくる大軍。それを、一時的にでも受け止める必要性がある――そこで、二人を呼んだわけだ」


 その一言で、話が読めた。空也は目を細めて確かめるように告げる。


「手伝えることなら喜んで手伝いますが――軍は率いることはできませんよ?」

「無論、そこまでは要求しない。だが、知恵が欲しいんだ。手合せして、話して分かる。二人は聡明な人間だ。それに、異世界の知識もある。あの、黒色火薬も然り、だ」

「あはっ――なるほど、異世界の戦術で、足止めしてくれ、というわけですか」


 黙っていた真紅が、口を開いた。凍りついた言葉に、全員が注目する。

 わずかに真紅は笑う――その笑顔は、どこか冷たい。温度を感じさせない、貼りついた笑顔で、彼女は首を傾げた。


「なかなか、したたかですね。つまり――貴方たちは、キグルスの住民の命を盾にして、私たちに知恵を出すことを、強要している。断れば、この地が蹂躙されるから」

「――真紅さんの言う通りだ。ぐうの音も出ない。だが……」

「ねえ、静馬さん――」


 言い募ろうとする静馬の言葉を、真紅は乾いた笑みと共に遮る。

 真紅が静かに怒りをたたえている。失望したように、ため息をこぼした。

 そして、感情が消え去った視線で、静馬を見つめながら、ただ淡々と静かに告げる。


「私たちは、戦うために、異世界に来たわけじゃないのですよ? 特に空也くんは、私のため――それだけのために、この異世界まで来てくれたんです。貴方たちは――そんな私たちを、戦争の道具にしようとしている。それを、理解していますか?」


 突きつけるような、言葉の刃だった。

 その言葉に、アウラは視線を逸らす。飛鳥もまた、悲痛そうに唇を噛んだ。わずかにユーラだけは怒ったように片眉を吊り上げ、口を開き――。

 それを、静馬は気迫だけで制した。静かに、穏やかな気迫だ。

 包み込むような気迫のまま、静馬は視線を逸らさない。


 静馬と真紅の視線が、交わり合い――何かを、通じ合わせる。


 やがて、結論を出すように、静馬は口を開いた。

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