第7話 この瞬間だけは、ひたすら無邪気に 前編

 焼け焦げた地面を踏みしめ、空也はその拓けた場所を見渡した。

 元々、真紅が住んでいた、クルセイド屋敷跡――そこは、綺麗に整地され、仮設の小屋が立ち並んでいる。騎士の人たちが、手際よく作った建物だ。

 そこの看板には文字がへたくそに彫られている――『クルセイド寺院』――。


「いや、なんで寺?」

「う、うーん、分からないけど……」


 隣に並ぶ真紅は苦笑い交じりに首を傾げた。

 と、敷地内に立つ二人に気づいたのか、建物の扉が開き、一人の少年が顔を出した。ぱっと顔を輝かせ、駆け寄ってくる。


「シンク姉ちゃん! 兄ちゃんも!」

「うん、イリヤ、元気そうで何よりだね――みんなは、無事?」

「ああ、エリカさんが、全部面倒を見てくれたよ。建物も、ほら!」


 イリヤが建物を示して、はしゃぐ。そのまま、二人を手招きして建物に駆けて行った。

 空也は真紅を見やると、彼女は嬉しそうに目を細めて頷いた。手を繋いだまま、一緒に建物の中に入る。

 中は部屋とかなく、ただ広い部屋だった。子供たちがはしゃぎ回り、楽しそうだ。

 子供の一人が、真紅に気づき、歓声を上げて駆け寄ってくる。


「わぁ、シンク姉ちゃんだー!」

「シンク姉ちゃんっ!」


 次々と子供たちが真紅の傍に駆け寄ってくる。空也は笑って手を離すと、彼女は少しだけ申し訳なさそうに眉根を下げる。だが、すぐに子供たちに笑顔を向けて明るい声を掛ける。


「みんな、久しぶり。元気そうだね」

「うんっ、見て、見て、シンク姉ちゃん!」


 子供たちに手を引かれ、真紅は部屋の真ん中に――それを見送っていると、イリヤが苦笑い交じりに近づいてきた。


「ごめんな、兄ちゃん――チビたち、シンク姉ちゃんが大好きだから」

「分かるよ。優しいし、綺麗だからな」

「ああ――兄ちゃん、こっち。こっちに座るところあるからよ」


 部屋の隅に案内される。そこには、椅子に見立てた樽と、木製の大きなテーブルが一つ。そこに空也は腰を降ろし、イリヤも正面に座る。

 一人の少女が、おずおずとお盆に竹のコップを載せて近づいてきた。


「ど、どうぞ……白湯、です」

「ああ、ありがとう」

「騎士の人が物資をくれるけど、一応、控えめにやりくりしているんだ」

「えらいな。みんな」


 少女の頭を、軽く撫でて上げる。えへへ、と嬉しそうに少女は笑み零れた。


「お兄ちゃんみたい」

「別に、お兄ちゃんでもいいぞ? 僕の名前は、クウヤ」

「ん、じゃあ、クウ兄……?」

「おう」

「ん、私は、リーシャ」

「おう、リーシャ。よろしくな。リーシャ、暮らしはどうだ?」

「――すごく、幸せ。みんなもいるし、ごはんもある」


 そういうリーシャの視線は、真紅の方に向かう。真紅を中心に、子供たちがはしゃぎ回りながら、いろいろと話しかけている。彼女は一つ一つ丁寧に受け答えし、目を見つめながら話している――相変わらずの、面倒見の良さだ。


「ここが、みんなで過ごす場所。夜は、ここに布団を敷いて寝るんだ。食堂は、隣の建物――ここには、簡単な飲み物しか置いていないんだ」

「ん、ふかふかの、お布団――幸せ……」

「そっか――ちなみに、なんでここは『寺院』なんだ?」

「みんなで決めたんだ。なんか、孤児院とか、施設とか――そういう名前は嫌だったし。その中で、真紅姉ちゃんの昔話で、広くて優しい人たちのいる『お寺』があってさ」

「ああ……なるほどな」


 合点がいく。空也たちの通っていた幼稚園は、お寺に併設されたところだったのだ。

 公園も広かったが、幼稚園も広く、裏は野山になっていた。遊びに入るのは許してくれなかったが、大人と一緒なら入れてくれた。そこで、虫取りをしていたのはいい思い出だ。

 一度、お坊さんが寺の中で、缶蹴り大会を開催してくれたことがあった。

 他にも、みんなで豚汁を作ったり、お餅つきをしたり――。


(本当に――僕たちはいい大人に恵まれていたんだな)


 それをしみじみ噛み締めながらも、どうしてもここにいる子供たちと比較してしまう。

 憐れむつもりはないが――少しでも、あの楽しさを分けたいと思ってしまう。


「――何か、手伝えることはあるか? 部屋も、まだ十分じゃないだろう?」

「はは、ありがとう、兄ちゃん。そのうち、ベッドは作りたいかな」

「それだけで、いいのか?」

「ま、贅沢は言えないしな。外で遊べればいいし――あとは、畑とか、かな」

「本当にえらいな、みんな」


 いつの間にか、くっついてきているリーシャの頭を撫でながら、目を細める。

 子供たちは、生き抜くために必死で――それで、無邪気さを忘れない。それに、どこか救われる一面もある。暮らしの中で、無邪気さを忘れなかったのは、きっと、真紅のおかげなのだろう。

 空也の方には、未だに警戒の視線がちくちくと来て、子供たちは遠巻きに見ている。


「――悪い人じゃない、って俺とかは分かっているんだけどな」

「イリヤとリーシャが分かってくれれば、十分だよ――」

「でもなあ……兄ちゃんは、こんなことを言ってくれるんだぜ?」

「うん……クウ兄が、可哀想……」

「んー、そうだなぁ……」


 二人の視線に、思わず空也は頬をかいた。どこか、むず痒い心地である。

 何の気なしに、真紅の方を見る。視線が合い、彼女がにこりと微笑んでくる。その笑顔にふと、昔の頃を思い出す――あの、幼稚園の頃を。

 それで、思いつき、イリヤとリーシャに視線を投げかけた。


「――あ、そうだ。折角だから、みんなで遊ばないか?」

「お、いいな。何して遊ぶ?」

「そうだな――やっぱり」


 真紅の笑顔。あの悪戯っぽい笑みを見たのは、確か、あのときが初めてだった。


「――缶蹴り、かな」

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