第6話 流れた血の行方 後編

「――ん」


 地下室の闇の底から、するりと一人の黒装束が姿を現す――無表情の少女は、静馬に歩み寄る。彼はそっと手を伸ばし、その頭を撫でた。


「つらい、役目をさせたな。ユーラ」

「いえ――これは、私たちにしか、できない、ことです」

「ああ、この遊撃――いや」


 ここには、他に誰も人はいない。隠すことなく、はっきりと静馬は告げる。


「粛清任務は――アウラにやらせてはいけないし、真紅さんに知られてもいけない」


 キグルスの占領のためならば――本来なら、放火などは必要ない。

 城門を解放し、兵舎を占領すれば済む話だ。それでも、静馬は作戦の中に、火薬による発破を組み込んだ――それの目的は、二つ。

 キグルス内の、敵対勢力を割り出すため、と。

 反王国派の民衆を、粛清するため、だ。


「おかげで、速やかな支配が行われている――ユーラの、手並みは見事だ」

「見せしめの、ようにした、死体もあるので」

「上手い手際だよ――その、死体はどうした?」

「すでに、処分しています」


 惨殺された死体は、さすがに不自然だろう。そこも、抜け目のない密偵の手際だ。

 人の尊厳、卑怯、非道――そんなことは、言っていられない。

 大事な人を護る為ならば、手を汚すことすら厭うわけにはいかないのだ。そして、アウラにそれも知られてはいけない。

 アウラに、この非道の罪を被らせないため――それに加えて。

 この暗殺めいた行為は、アウラは絶対に望まない。許可もしないだろう。

 もっと穏健に、全ての人を助けたい、と彼女は願うはずだ――。


(だけど――そんな甘えた理想を叶えるには、あまりにも時間が少なすぎる)


 人の技術が進む速度は著しいが、人の思想が切り替わる速度は牛の歩みのように遅い。

 それを待っていれば、寿命がいくらあっても足りず――その間に、技術は進み、その間にも血が流れていくのだ。

 だから――主の理想の為に、陰で静馬とユーラはその手を血に染める。

 陽の光の下には、必ずどこかに、影が生まれるのだ。


「とにかく、ご苦労だった。ユーラ」


 労うように、静馬はそのユーラの肩を叩くが、彼女はややうつむき加減に、声を絞り出した。


「ですが、それよりも――浅はかでした。まさか、北の傭兵が入り込んでいたのを、見逃していたとは……」

「連中か。どうやら、幹部二名が、宵闇に紛れて潜っていたらしい――気づく方が、難しかっただろうに」

「それでも、です――私は、アウラ様の密偵で、シズマさんの、相棒となる刃。その役目が全うできなかったと思うと……」

「失敗は、誰でも起こり得る――今は、どうリカバーするか、だ」

「――はい。すぐに、発ちます。ソユーズに手勢を分け、慎重に傭兵の行方を探ります」

「ああ、頼む――それと、ユーラ」

「はい?」


 静馬は、立ち去りかけたユーラを呼びとめる。振り返った彼女の身体を引き寄せ、彼はそっと優しく抱きしめた――確かめるように、壊れ物を扱うかのように。

 小さな身体を抱き締め、その髪に撫でて目をつむると――小さく言う。


「必ず、帰ってきてくれ」

「――はい、必ず」


 ユーラが腕の中で、小さく囁きながら顔を上げる。わずかに爪先立ちになり、顔を近づける。触れるだけの、淡いやり取り――。

 それだけで、二人は気持ちを通わせ合う――わずかな、血の味が残る唇を舐め、ユーラは淡く笑みを浮かべると踵を返した。

 闇の中に再び消えていく、小柄な少女。それを見届けながら、目を細める。


(手強いだろうが……今は、ユーラを信じるしかない)


 仲間たちの死を無駄にしないためにも、ひたすらに前へ――。

 屍を踏みしめて、前に進むしかないのだ。

 静馬はそう心に決めて――仲間たちの死体から、背を向けた。

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