第4話 流れた血の行方 前編

 戦後の処理は、恐ろしいほど迅速に進んだ。

 市民に布告を出し、キグルスがウェルネス王国の傘下に加わったことを告知。その上で、兵站部隊が持ち込んだ物資を大量に放出した。

 思いのほか、反対派はおらず、つつがなく占領が進んでいく。

 火災も沈静化し――接収した、大きい屋敷に、静馬とアウラは拠点を構えていた。

 キグルス領主名代である真紅、そして空也もそこに同席していた。


「――ひとまず、占領は完了。あとは、追って来る政務官に引き継げば問題ないわね」

「ええ、餅は餅屋、政務は、政務官に任せるのが一番です。真紅さん、後ほど、引継ぎの書類にサインをお願いしたいが、いいか?」

「はい――しかし、本当にすんなりと占領が進みましたね……」

「ええ、もう少し反対運動があるかと思ったのだけど」


 屋敷の広間――テーブルに広げられた報告書にペンを走らせながら、アウラと真紅は不思議そうに語り合う。確かに、不自然なほど、すんなりいった。

 それほどに、民は困窮していたのだろうか?

 静馬に視線を向けると、彼は笑みを浮かべる――心なしか、ぎこちない笑みを。


「まあ、腹が膨れれば、反意が収まる。大量の食糧の効果だろう」

「そう、でしょうか……ちなみに、飛鳥さんとユーラさんは?」

「飛鳥は、自分に代わって、後詰の兵を率いてきた将校に、引継ぎを行っている。ユーラは――今、遊撃しているはずだが」

「遊撃……?」


 そういえば、そういう任務を言い渡されていた。

 だが、作戦が終わった今も、遊撃をする必要性があるのだろうか。

 何か、違和感を覚えてしまう。だが、静馬は深く説明せずに、手元の書類に目を落とした。何かを堪えるようにぐっと目を閉じ――深く吐息をつく。


「しかし、想定以上に、犠牲を出してしまいました――まさか、ここまでとは」

「まさか、北の傭兵が入り込んでいるとは、予想していなかったわね……」


 静馬の重い声に、アウラは深くため息をこぼす――広間の空気が、重くなった。

 彼の手元には、隊の中の犠牲者が列挙されている。その多くは、中臣隊の人員だ――静馬は、その書類をそっとアウラの前に置く。


「――死亡、三八名。重傷、八八名、うち、再起可能なのは二六名です」

「……中臣隊の、死者は?」

「二六名――小隊長格だった、ハンも、死んでいます」

(……ハンさん……)


 気さくな人であり、真紅救出作戦も力を貸してくれた。

 空也が、馴染めるようにいろいろと気配りをしてくれた。

 賭け事が好きで、よくみんなで賭けをしていた。

 そして、何より、中臣隊では古参の人間でもあった――静馬を伺うと、彼は弱々しい笑みを浮かべた。


「――古い、友人を亡くした気分だ。ばかな、やつだったよ」

「……そう、ね。まさか、ハンが、ね……」


 わずかに二人は黙り込む。だが、それも一瞬だった。

 静馬は首を振って顔を上げると、毅然とした声でその場に全員へ声をかける。


「今は、戦後処理だ――空也と真紅さんにも手伝ってもらう必要がある。それと、やり合った北の傭兵についても、聞いておきたい。今後の、障害になるはずだ」

「そうね、北の傭兵が参入しているとは思わなかったし――甘かったわ」

「――その、北の傭兵、とは……なんでしょうか?」


 脳裏によみがえるのは、あの手強かった敵――ロニーだ。

 あの男も、北の傭兵――しかも、七幹部の一人を名乗っていた。

 あの手の敵が、あと七人もいると思うと、ぞっとするが――。

 空也の問いに対し、静馬はしばらく目をつむってから、言葉を発した。


「北の傭兵――ソユーズのどこかを拠点にする、傭兵民族だ」


 ソユーズは、民族連合であるが――その実、一枚岩というわけではないらしい。

 その中で、中立の姿勢を見せ続けていたのが、通称、北の傭兵、と呼ばれる、リュオ民族だ。彼らは不毛な山岳に居を構え、屈強な肉体を持つ戦士たちである。

 傭兵稼業と、わずかな畜産のみで生計を得る――まさに、傭兵民族、だという。


「ソユーズに、リュオ民族が加盟したことは聞いていない。その状況下で、北の傭兵が手を貸したということは、恐らく――」

「ソユーズ本国が、高値を支払って、北の傭兵を雇った、ということね」

「そうなると、ひどく厄介ですね――空也と真紅の感覚だと、どうだった?」


 静馬から意見を求められる。空也と真紅は視線を行き交わせてから答えた。


「弓の腕前が、尋常ではないです。早撃ちで、真紅が一本撃つ間に、三本撃てるような手際でした。尚且つ、隙が全く見当たらない」

「それで、的確に空也くんの隙を突き続ける――二人がかりで、やっと、でした」


 互いの呼吸が分かっている、空也と真紅だからこそ、猛攻を退けることができた。

 真紅が空也の隙を埋め、空也が強引に好機をこじ開けて――ようやく、あの一撃がやっとだったのだ。とても、一人では勝てる気がしない。

 ふむ、と静馬は納得したように頷いてから、眉を寄せた。


「となると――厄介なこと、この上ないな……」

「ひとまず、情報を集めましょう。シズマ。ユーラを呼び戻して、偵察を」

「――そう、ですね。すぐに呼び戻します。アウラ様は、お休みください。自分は、飛鳥とユーラに連絡を取ってから、休みます」

「そう――すぐ、終わりそう?」

「まあ、そんなに掛からないかと」

「じゃあ、部屋で待っているわ」

「――できるだけ、早く片付けます」


 そこはかとない、甘いやり取り。二人の視線が交り合い、微笑み合う。

 静馬は視線を外すと、テーブルの上の書類をまとめて立ち上がる。空也と真紅の方を見て、軽く目を細めた。


「二人とも――改めて、協力に感謝する」

「いえ――静馬さんのおかげで、イリヤたちが保護できました」

「こちらこそ、ありがとう、です」

「そうか――二人も、もう休んでくれて構わない。何かあったら、人を寄越す」

「分かりました。では、失礼します」


 空也と真紅は並んで部屋から辞する。廊下を歩き、玄関の方に向かいながら、空也は一つ安堵の吐息をついた。真紅が、そっと手を繋いでくる。


「お疲れ様。空也くん――部屋に、戻る? 傷の手当てもしないと」

「いや、その前に、イリヤたちのところに顔を出さないか?」

「あ――うんっ、ありがとっ」


 真紅がぱっと顔を輝かせる。その嬉しそうな笑顔を見て――空也は、崩れそうになった足腰を叱咤する。安心して、腰が抜けてしまわないように。

 何にしても――安心、したのだ。

 想定外の刺客に翻弄され、死者も出た――だけど、その中で、空也と真紅が生き残ることができた――そのことに、気が緩みそうになるけれど。


(――彼女の笑顔のために、もう少しだけ、頑張ろう)


 肚の底に、気合いを込めて――彼は、笑顔を返しながら真紅の手を繋ぎ直した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る