第2話 キグルス攻略戦 中編
「――何者だ、あんた」
「そっちこそ――並大抵の騎士じゃねえな」
男は口角を吊り上げながら、腰から幅広の剣を抜く。民族風の衣装に身を包み、好戦的な光を目に宿している。空也は息を吸い込むと、腰を低くした。
「――リヒトさん、行ってください。ここは、僕たちが引き受けます」
「へぇ、大きく出たな。できるとでも――」
「真紅!」
「任せて」
その声は、すでに前方から聞こえていた。
真紅は〈消影〉で一瞬だけ視界から外れ、肉迫――喉元に、短刀を差し向ける。
常人では反応できない奇襲。だが、男は後ろに跳んでいる。そのまま、弓矢をつがえ――その身を、大きく逸らした。その顔の横を掠める、短刀――。
「くっ――! 空也くんっ!」
真紅は短刀を投擲した姿勢のまま、叫んだ。空也は駆け、真紅の前に一瞬で回り込む。
その瞬間、男が体勢を崩しながら矢を放つ――それを、太刀で斬り上げながら、地を蹴って駆ける。一足飛びに、接近――踏み込みと同時に突きを放った。
だが、敵もさるもの。抜き放った短刀で、刃を迎え打つ。交錯した刃が、火花を散らす。
男はその反動で、滑るように後ろに下がりながら、舌なめずりをする。
「へぇ――やるじゃん。若いのに」
「あんたも――ぞっとするぐらい、強いな」
「俺の名前は、ロニー。北の傭兵の七幹部の一人だ」
「――北の、傭兵?」
「知らねえのか? はん、王国は敵情視察が下手と見える」
ロニーと名乗った男は、からからと笑いながら弓を構える。その目つきは抜け目なく、二人の動きを見ている。その視線を、少しだけ後ろに向けた。
「あの騎士は逃がしたが――ま、仕方ねえ。あっちは仲間たちに任せよう」
「仲間も、あんたみたいな手練れなのか?」
「ああ、言っただろう? 俺たちは、北の傭兵――」
その男は、不敵に笑いながら、宣告するように言った。
「他の幹部が、城門の開門を、防いでいるさ」
◇
「ふん――王国騎士団、手練ればかりと聞いていたが……」
城門付近、その開閉を担う昇降機の前では、一人の民族衣装の男が立っていた。その両腕にぶら下げられているのは、くの字を描く刃――ククリナイフだ。
その足元には、事切れた仲間たち――血の海の中で、その男は立つ。
それを見て、残っている騎士――ハンは、剣を構える。
その胸の内は、仲間を殺された怒りに震えながらも――頭は、冷静だった。
(まさか、こんな手練れが残っているとは――くそっ、早く昇降機を動かさないと)
自軍に、攻城兵器はない――ここで城門を解放する他、キグルスを制圧する手段がないのだ。すなわち、ここでの失敗は、自軍の敗走である。
ハンはそれを噛み締めながら、剣を構え、じりじり、と敵ににじり寄る。
「貴様――何者だ。只者では、あるまい」
「北の傭兵――ゼクス、だ」
「……なるほど、な」
どうやら、ソユーズは窮して傭兵を雇ったらしい。苦渋の判断なのだろうが、ここに至ってはそれが名采配だ。
ハンは苦笑い交じりにそれを認め――息を、整える。
相手は手練れ――転じて、自分は凡夫。届くとすれば、一撃。
いや、一撃すら届かないかもしれない――それでも。
覚悟を決め、剣を構え直した。気迫を、肚の底から組み上げる――。
(隊長との手合せを、思い出せ――隊長から、叩き込まれた全てを)
相手の一挙一動に、気を配れ。相手の気迫に呑まれるな。
ハンは爪先に力を込める――響き渡る爆音と、悲鳴がどこか遠くに聞こえつつある。心臓が早鐘を打ち、手に汗がにじむ。
強風が吹きつけ、二人の間に気迫が漲る――その風が、不意に止む。
瞬間、二人は同時に地を蹴っていた。
影が交錯する――宙を舞った刃が、旋回しながら地に落ちて突き刺さる。
その中で、ハンは身を震わせながら、どす黒い血を吐き出した。その胸に突き刺さった刃は、背中まで食い破っている――。
「覚悟は、見事だった。だが、未熟――無駄な命を、散らしたな」
(ああ――そうかも、しれない)
ハンは言葉にならず、漠然と思う。視界は霞み、徐々に力が抜けてくる。
その脳裏に思い浮かぶのは――いつも追いかけ続けていた、自分の隊長。
中臣静馬の、その広い背中だった。
もう、何年も、彼の背中を追いかけていた。
傭兵時代、彼に助けられてから――彼の傍で戦おう、と決めた。
あの人の戦場で、救われた命を助けようと思って――だけど、その実、命を助けられてばかりだった。それでも、静馬は屈託のない笑顔を見せる。
『助けたいから、助けたんだ――文句が、あるのか?』
そんな彼に気づけば惹かれていて――騎士団にも、彼に従うために入った。
そうして過ごすうちに、彼のいろんな一面に触れ続けてきた。
あの人の笑顔に、何度も救われた。
あの人の剣技に、何度も魅せられた。
あの人の弱さを、何度も助けようと思った。
あの人のために、何度でも死のうと思った。
あの人の生きざまを、どこまでも、追いかけようと思った。
そう思える――不思議な魅力の、隊長だった。
(だから――俺、も……)
力を振り絞る。全身の最後の力を、一滴まで振り絞る。心臓の熱を、一気に腕に込め――目尻を引き裂いた。その手で、がっしりとククリナイフを掴む。
「おおおおおおおおっ!」
「な――ッ!」
相手の腕に絡みつき、全力で相手の動きを止めにかかる。口の端から血が零れ、視界が真っ赤に染まる――息も、できない。
それでも、あの人に、少しでも恩を返すために。
ここで、あの人のために、命を捧げるために。
この腕だけは絶対に、絶対に緩めない。全力で、全力を尽くす――!
「何故――何故、だッ! そこまでして――!」
(それは、あの人を――)
視界の端で、不思議と、それがはっきり見えた――ハンはそれに笑いかける。
どこからともなく、中空を駆けた、白い閃き――それが真っ直ぐに、吸い込まれるように。
ゼクスに、突き立った。
(――あの人たちを、信じているから)
ゼクスの抵抗が、弱まる。その隙に、ハンはひたすらに彼を押し込む。
そして、近くにある水路に向かって、全力で身体ごと――押し込んだ。
ふわり、と浮かぶ感覚――その中で、視界の端で、矢を放った飛鳥が見える。その彼女にハンは笑いかけながら、ゆっくりと。
闇の中に、落ちていった。
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