第四章 反撃の狼煙
第1話 キグルス攻略戦 前編
静馬は、白澄みつつある空を見上げながら、腰からぶら下げた水筒を抜く。
水を口に運び、一息。乾いた唇を濡らす。そうしながら、ただ、待っていた。
傍に控える馬は、嘶き一つすらあげない。その鬣を撫でながら、思う。
(無事に、配置につけただろうか……みんな)
肌がひりつくような感覚。肚の底に、重しが圧し掛かるように苦しい――。
この感覚だけは、いつになっても馴れない――仲間を、死地に追いやる感覚だ。
どの騎士たちも、静馬が徹底的に武術を叩き込んだ、手練れだ。重傷を負うことがあっても、ちょっとやそっとじゃ死にはしない――はずだ。
仲間を信じてやりたい一面。どうにも、心配が拭えない――。
そう思いながらも――刻一刻と、時間は無慈悲に過ぎて。
東の空に、陽の気配を感じたとき、キグルスの西側から、何か光が揺れる。
深呼吸。そして、馬に飛び乗って、腰の太刀を引き抜いた。
(合図――時間だ)
地平から姿を現した、陽の光が、徐々に夜闇を振り払う。
その中から姿を現すように――静馬は、闇に身を隠していた騎士たちに合図を出した。
「いくぞ――陽動、開始だ」
払暁の中、中臣隊は動き出す――騎馬隊が一丸となって疾駆し、キグルスに接近。
物見の兵が騎馬隊に気づいた瞬間、静馬は肚の底から鬨の声を張り上げる。
肚の、重石を払い除けるような勢いで、咆吼を吐き放った。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
――キグルス攻略戦、開始。
「行くよ」
聞き馴染んだ、兄弟子の鬨の声。
それを合図に、物陰に隠れていた飛鳥は、配下を連れて駆け出した。まだ、薄暗い町の中を、できるだけ音を殺して駆け抜ける。
百の手勢は、すでに三手に散開し、別れて東側に散っている。
飛鳥は、三十の配下と共に、街道を疾駆し――巡回の兵と、鉢合わせる。
「な――!」「敵――!」
五人。飛鳥は流れるように、手にした弓に矢をつがえる。三本の矢を同時につがえ、一瞬で解き放った。
風の切る音と共に、放たれた矢が兵の喉仏、頭、胸に突き刺さる。
それと同時に、二人の仲間が他の巡回兵に刃を突き立てる――瞬時に、無力化。
一息ついた瞬間、城門からけたたましい鐘の音が、鳴り響く。
街が叩き起こされたように、人の気配――さすがに、寝ている住民も、起こされる。
「住民が出て来る前に、やるわよ」
飛鳥はそう告げながら駆ける――その視界の先には、兵の詰所。休憩中の兵が、そこで休んでいるはずだ。慌ただしい気配が、その兵舎から伝わってくる。
手で合図。三十の手勢はすぐさま散開――兵舎を取り囲む。
それを待たずに、飛鳥は兵舎の建物に向けて、一本の矢を引き抜く。
普通の矢とは違う。その芯棒に、竹筒が巻き付けられているのだ。その竹筒から伸びた紐に火を灯し、飛鳥はその矢を慎重に弓で構え――。
狙いをつけた、建物の窓に向けて、解き放った。
風切る音と共に、真っ直ぐに木戸をぶち破り、中へ矢は吸い込まれ――。
凄まじい爆発が、その窓から噴き上がった。
「――ッ!」
肚に響く轟音。窓からは火炎が噴き出し、黒煙が舞い上がる――凄まじい悲鳴が、建物から響く中、それを合図に、次々に窓の中へ矢が叩き込まれていく。
そのたびに響き渡る、轟音、轟音、轟音――。
立ち上る黒煙と悲鳴に、飛鳥は思わず目を眇めた。
「この威力が――真紅さんの作った、こくしょくかやく、ですか……!」
次々と響き渡った爆音。一か所だけでなく、数か所から都市の中に響き渡る。
その轟音を聞きながら、空也と真紅は街道を駆けて行く。その後を、騎士たちが駆けていく――また、爆発音が立て続けに響く。
(さすがは、真紅と二人で作った火薬――ここまでに、すごいか)
城砦内のかく乱に一役買うために、作った火薬――黒色火薬。
星の粉と、木炭、硫黄を組み合わせ、その上で木油を配合――。
炸裂の勢いで、着火した木油が建物内に吹き飛び、燃え上がり仕組みとなっている。空也の化学の知識と、真紅の世界史の知識の、ハイブリッドだ。
立ち上がる黒煙を確認しながら進むと、真紅が肩を叩いて叫んだ。
「あれ! あの建物!」
「よし――リヒトさん!」
「任せろ!」
騎士の一人、リヒトが担いでいた荷物を降ろす。その中にある火薬の包みを取り出すと、導火線に着火。その間に、他の騎士がその建物の窓を打ち破る。
リヒトが、その窓からすかさず、火薬を放り込む。それを合図に、空也と真紅は再び駆け出した。十数秒遅れて、背後から轟音が響く――。
響く悲鳴。飛び出してくる住民たち。だが、騎士たちと鉢合わせるなり、散り散りになる。
「真紅が、空き家を全部記憶してくれて、助かった……!」
「いつか、役に立つと思ってね!」
真紅が走りながら告げ、次の建物を指差す。そこに、リヒトが駆け寄り、火薬袋を取り出す。放火しているのは、全て、空き家だ。
だが、住民たちはそうは思わない。騎士たちが、無差別に放火していると思い込む。
これによって、城内の秩序は、崩壊する――。
「――ッ! 空也くんっ!」
鋭い警告。気配で、すでに気づいていた。前方から駆けてくる、ソユーズ兵。
怒号をあげて、剣を抜く。そこへ騎士たちが剣を抜いて駆けた。ソユーズ兵を斬り結んでいく。その間に、リヒトが肩を叩いて叫んだ。
「あいつらに任せろ! 俺たちは、孤児院の方だ!」
「了解! かく乱は――」
「もう十分だ!」
真紅は真っ先にそちらに進路を取って駆ける。その横に並ぶように駆けながら、空也は駆ける――今は、二人とも、王国の軍服を身に纏っている。
その姿を見て、住民たちは悲鳴を上げて我先に、と逃げる。中には、跪いて許しを乞う者もいた。それを見て、真紅は一瞬だけ、複雑そうな顔をする。
だが、ためらわない。すぐに真紅は、中央に駆ける。見覚えのある、屋敷が近づく。
「二人とも、すぐに子供たちを連れ出してくれ。ここは、俺たちが死守する!」
「了解しました! お願いします!」
真紅はいてもたってもいられないとばかりに、屋敷に飛び込む。慣れた様子で、外れる床板の場所に行き、拳で、一定のリズムで四度。
その瞬間、ぱっと天板が開き、小さな子が顔を見せた。
「シンクお姉ちゃん! それに――兄ちゃんも!」
「イリヤ! よかった――みんな無事?」
「あ、ああ、一回も出なかったから大丈夫だったぜ。だけど、この音は――」
「気にしないで――みんな、逃げるよっ!」
真紅が声をかける。弾かれるように、イリヤは振り返って叫んだ。
「みんな、行くぞ! シンクお姉ちゃんに、続け!」
子供たちが、一目散に地下室から出てくる。リヒトはそれを確認すると、騎士の女性に視線を向けて叫んだ。
「エリカ、先導して行け! 必ず、この子たちを一人残らず生きて届けろ!」
「言われなくても、分かっているわ――みんな、行くわよ!」
女騎士の先導に、次々と子供たちが従って駆ける。子供たちは、予め訓練されていたかのように、手際よく荷物を担ぎ、年長の子供が年少の子供を助けて駆けている。
最後にイリヤが殿軍となって駆ける。その後ろに、空也と真紅が続いた。リヒトが辺りを警戒しながら、空也と真紅と共に駆ける。
「大丈夫か、全員か?」
「はい、数えています。全員――五十三名、います」
「よし、エリカたちに続いて、空也くんたちも離脱しろ。俺たちは、城門の解放に――」
そう言いかけた瞬間、リヒトの肩に何かが突き立った。目を、見開く――。
瞬時に、空也と真紅は動いていた。真紅は弓を引き抜き、矢をつがえる。空也はそれを庇うように動きながら、刃を抜き放った。
背後の、建物の上――そこで弓矢を構える、男がいる。
その男は跳躍しながら、真紅に向かって矢を向け、放つ。
同時に、真紅は引き絞った弦を解き放った。中空で、交錯する矢――。
空也はそれを太刀で弾く。一方の、中空の男は身を捩ってそれを躱しながら、空也と真紅の前にひらりと着地して見せた。まるで、曲芸のような身のこなし――。
只者では、ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます