第11話 この夜だけは甘いひと時を

「――空也、真紅さん、いよいよだ」


 それは、かく乱作戦が開始されて、三日目のことだった。

 静馬は、アウラ、ユーラ、飛鳥と共に、空也と真紅を天幕に囲み、キグルスの地図を前にして告げた。その声に、空也と真紅は頷き合った。

 ユーラが一歩進み出て、小さな紙切れを取り出し、地図の上に置く。


「キグルスからの手紙です。物資は枯渇――民衆の不満が溜まり、士気も低下。逃散している民もいるとのこと――好機です」

「加えて、ソユーズの本軍が物資補給に本腰を入れ始めました。二千のかく乱では、食い止めようがありません。ここが、好機かと」


 重ねて、飛鳥が進言する。静馬は小さく頷き、空也と真紅に視線を移した。


「この段階で、内部のかく乱を開始したいと思う――二人とも異存はないな」

「はい、もちろんです」


 その返事に静馬はただ頷いて応じると、確認するようにアウラに視線を投げかけた。

 アウラは全て任せる、とばかりに微笑んだ。静馬は微笑み返し、息を吸い込む。

 心なしか、静馬とアウラの距離が近い気がする。何か、あったのだろうか。

 空也は眉を寄せていると、静馬は深呼吸を終え、目の前の地図に指をおいた。


「では、作戦の細かい動きに入る――まず、本隊二千を自分、静馬が率いて大きく都市の外で動き回り、降伏勧告を呼びかける。これを以て陽動とする」


「次に、飛鳥率いる百名の潜入部隊はキグルスの東側から潜入。陽動の開始を合図に、軍事拠点を爆撃。但し、決して、民間人には手を出すな」

「はい、お任せを」


「空也と真紅さんは、西側からの潜入だ。事前に打ち合わせた通りの、目星をつけた建物に強襲を仕掛けて住民にかく乱を広げるように。その中で、救助すべき人を保護するように」

「了解です」


「二人には、エリカ、ハン、リヒト率いる三百の騎士が補佐する。三人と連携し、救助、そして城門を解放し、脱出せよ」

「はい……っ!」


「アウラ様は、五百の手勢と共に待機。後詰の兵と合流し、キグルスへ侵攻。城門の解放に合わせ、完全にキグルスを制圧して下さい」

「ええ、そちらは抜かりなく、やるわ」


「ユーラは百名と共に、遊撃。判断は、任せる」

「御意」


 全員を見渡して一息に静馬は指示を割り振った。全員が返事をしたことに、彼は満足げに頷いて、締めくくりにかかる。


「明朝未明に作戦に入る――各々、身体を休めて作戦に入るように」


 解散と共に、外に出るとすでに日が暮れていた。

 満天の星空が浮かぶ空。篝火に照らされた野営地は、いつもの変わった雰囲気だ。とはいえ、みんな緊張しているわけではない。

 穏やかさの中で、騎士たちは明日への作戦に備えて、身を休めている。


「静馬さんは、アウラ様と一緒で。ユーラさんは、眠りに行った、と」

「飛鳥さんは、弓の調整だって……熱心だね、本当に」


 空也と真紅はその野営地の中を、手を繋いで歩いていく。

 二人には一つの天幕が宛がわれているが――どうにも、すぐに戻る気分になれない。それは真紅も同じということが分かった。

 気が、高ぶってしまっているのだ――明日が、決戦だから。


「――真紅は、怖くないか? 明日の決戦」

「どうかな……もし、空也くんがいなくなったら、って考えると怖いよ?」

「同じだよ。僕も――真紅を、二度と手放したくない。手放さない」

「うん、だから私は、怖くないよ。空也くん。私は、空也くんのこと、信じているから」


 ぎゅっ、と絡めた指が擦れ合う。淡い感触と共に、真紅はふんわりと笑みを浮かべる。


「空也くんも、私も――きっと先まで、手を繋いでいられる、って信じられるから」

「なるほど……僕も、信じているから――うん、きっと大丈夫だ」

「私を?」

「そう――と、言いたいけど」


 否定の言葉を聞き、むっと頬を膨らませる真紅。しっかりと指を絡めることで、それをなだめながら、空也は視線を馬たちの場所に向ける。

 そこには、騎士たちが寄り添い、語りかけている姿――。


「真紅だけじゃない。ここにいる、皆さんを信じているから」

「ふーん、でも、そこは私を信じている、って断言して欲しかったかな。空也くん」

「……おこですか? 真紅さん」

「はい、げきおこぷんぷん丸です。空也くんにご機嫌取りを要求します」


 頬を膨らませる真紅はぶんぶんと繋いだ手を振って、不興を表す――だけれども、その瞳は明らかに楽しそうに笑っていて。空也は苦笑い交じりに問いかける。


「では、具体的に何をしたらいいかな? 真紅」

「そうですねぇ……うーん」


 真紅は少し悩みながら、そっと距離を詰めて腕を絡めてくる。じっと見つめてくる瞳に、思わず息が止まる。食い入るような視線と共に、濡れた吐息が漏れる。

 やがて、長い睫毛が震え、目が閉じられる――吸い込まれるように、空也は顔を近づけた。

 重なる、唇――柔らかく、瑞々しい、甘美な感触に背筋が震えた。


(ああ――これだ。これが、真紅の唇――)


 じんわりと、頭の芯が溶けていくような、快感に襲われる。

 頭がくらくらする――それを必死に律して、そっと真紅の肩に手を添えた。

 二度、三度と優しくついばみ、そっと顔を離す――彼女は目を開くと、うっとりとした表情で、えへへ、と緩んだ笑みを見せる。


「ありがと。空也くん――こっちに来て、初めてのキスだね」

「そう、だな……悪い、気が利かなかったか?」

「ううん、気を遣ってくれたんだよね? 空也くん」

「ん、まあ――そういうことにしといてくれ」

「うん、そういうことにしておきますよ……はぅ」


 熱っぽい吐息をつき、ぎゅっと腕を絡めてくる――上気した頬と潤んだ瞳が、色っぽい。

 つられて頬が赤くなってしまいながら、空也は頬を掻きながら歩き出す。

 自然と二人の足は、自分たちの天幕に向かいつつある。視線が絡み、互いの意志を確認し合う――少しだけ照れくさそうに、真紅は笑った。


「今日は、優しく――ゆっくりで、お願い」

「どうかな……我慢できるかな?」

「激しくなったときは、それは、それで……えへっ」

「――真紅、好きだぞ」

「うん、私も好きだよ。空也くん」


 二人の想いを再確認し合いながら、二人は天幕の中へと消えていった。

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