第4話 二人で得た安寧 前編
野営地に戻ると、すぐさま騎兵たちは馬から降りて駆け回る。
忙しない動きの中、静馬は空也を馬から降ろすと、馬上で指示を鋭く出し始める。その緊迫した空気に、空也は表情をこわばらせる。
「戦――ですか? 静馬さん」
「まだだ。だが、相手が仕掛けてくる可能性は十二分にあり得る――ユーラ、手勢を率いて散開してくれ。敵が来たら、連絡を頼む」
「了解しました――さ、クウヤ、シンクさんを……」
ユーラがゆっくりと真紅を地面に降ろす。そこに駆け寄り、真紅の手を握ると、彼女は安心したように手を握り返し、寄り添う。
ユーラはそれを見て微笑むと、馬首を返して野営地から駆け出て行く。
静馬は矢継ぎ早に騎士たちに指示を出し続ける。
「第一班は休息、第二班は物資の確認、第三班は歩哨――ローテーションで休憩を回せ。エリカは、後方にいるアウレリアーナ将軍に伝令を頼む」
「了解しました」
「細かいことは、飛鳥に全て一任する――自分は、シンク殿と少し会談する。頼んでも構わないか、飛鳥」
「構いませんが――少し、休まれた方が」
同じく馬上の飛鳥は馬を寄せながら、空也と真紅に視線を送る。
だが、真紅は深呼吸すると、毅然と顔を上げ、静馬と視線を合わせた。しっかりと手を空也と繋いだまま、告げる。
「領主名代――シンク・クルセイドとして、お話をお伺い致します」
野営地の天幕――その一つで、静馬と真紅は向き合った。
その真紅の横に、空也は同席している――静馬の、気遣いのおかげだった。
「ありがとうございます。静馬さん」
「いいや、折角再会した恋人同士を引き離すほど、自分も野暮ではない――シンク・クルセイド殿、いえ、真紅さん――無事に空也と再会できたことを言祝ぎます」
「いえ、こちらこそ。空也くんをいろいろ助けていただいたようで――」
「どうでしょうね。私も、彼の真っ直ぐさに助けられたところがあります」
静馬と真紅が笑みをこぼし合う。やがて、すぐに表情を引き締めると、真紅は背筋を伸ばして胸に手を置き、丁寧な口調で挨拶した。
「改めて、キグルス領主名代、シンク・クルセイド――そして、松平空也の恋人で、幼なじみの、水原真紅です」
「ウェルネス王国近衛騎士団征東隊所属、正騎士の中臣静馬です。今回は、陛下の名代と考えてお話しいただいても構いません」
お互いの名乗りは堂々としたもので、思わず空也が尻込みするほどだった。
どこか別人とも思えるような、凛とした立ち振る舞いの真紅。静馬も毅然とした口調ではっきりと告げる。
「まずは――キグルスですが、残念ながら、敵対勢力の手に落ちてしまったようです。シンクさんを助けるので、精一杯でした」
「はい……私が至らないばかりに……」
「いえ、仕方のないことです――それよりも、今後のことを考えねばなりません。敵対勢力の手にキグルスがある今、それを貴方の手に取り戻さねばならない――故に、我々は総力を以て、奪還に当たりたいと思います。ただ、他国領です故、出来うる限りとなります」
「――はい、お願い致します。そのためならば、協力を惜しみません。それと、もし奪還が成立した場合は、ウェルネス王国と共同で統治にあたることを、提案したいのですが」
「かしこまりました――なるほど、お互いに遠慮はいらなさそうだ」
そこで静馬はふっと緊張を緩める。真紅も少しだけ力の抜いた笑みを浮かべた。
その会話の流れについていけなかった、空也は目を瞬かせていると、真紅はそっと解説した。
「この私の申し出で、キグルスはウェルネス王国の属州になる――そうなれば、王国軍が自領の保護という名目で、実効支配に移れるの」
「そうなれば、キグルスは王国の庇護下。物資は潤沢に届き、治安も整う――キグルスの人々の安堵は確約される――まあ、一筋縄ではいかなさそうだが」
「ええ――民たちは、王国に対してあまり良い感情を得ていないので」
「そこは、上手くやるとしよう。我々も、手荒なことは避けたい」
「よろしくお願いします。中臣さん」
「静馬で構わない。こちらこそ、よろしく。真紅さん」
握手を交わし合う静馬と、真紅。彼女はほっと一息つき――ふらっと頭が揺れる。その肩を慌てて支える。真紅は慌てて姿勢を正した。
「ご、ごめんなさい、少し気が抜けて――」
「仕方がないさ。やっと、会えたのだから――私たちを前に、遠慮はいらないよ」
「静馬さんは、真紅と同じくらい、お人好しな人ですからね」
「あ、はは……本当に、ありがとうございます。静馬さん――空也くんも」
真紅はそうつぶやくと、甘えるように空也の肩に寄りかかってくる――その顔色は、よくない。大分、疲れが出てきているようだ。
その前髪を梳くように撫でると、彼女は身を震わせて腕を掴んでくる。
「――ほん、とうに……よかっ、た……」
「緊張が、切れたんだろうな――少し、外そう」
「すみません、静馬さん」
「いや、構わない。また後で、話しに来る」
静馬はすっと腰を上げ、天幕を後にする――その気配が遠ざかると、真紅はぐっと腕を抱き締めながら、胸に顔を押し付けてきた。
ぐりぐり、と胸板に押し付けられた頭、胸にじわりと温かい何かが染みてくる。
空也は、その真紅の身体を抱き締め、ぽんぽんと背中を叩いた。
「――約束通り、ちゃんと来たよ。真紅」
「う、ん……こわかった……こわかった、よぅ……」
「大丈夫、もう二度と、どこにも行かない」
はっきりと告げ、彼女の手を取って指を絡める。彼女を優しく抱きしめながら――心に誓う。絶対に、どんなことがあっても――彼女の傍を離れないと。
それが分かるように、ぎゅっと彼女の身体を抱き締めると、真紅は一際大きく震え――嗚咽を漏らし始めた。
そして、一度堰を切ったダムが、崩落するように――次第に、その声は大きくなっていく。
「空也くん……くうやくん……っ!」
「ああ――傍にいる。いつでも、どこでも――」
安心させるように抱きしめ、その背に手を添えると。
それに縋りつくようにきつく抱きつき――彼女は声を放って泣き始めた。我慢していたものが噴き出すように、ただ、ただ泣き叫ぶ。
まるで、あのときの葬式のときみたいに――。
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