第6話 古びた屋敷の中には 後編

「は、なせ……!」


 小さな少年が、身体の下でもがいている。それに戸惑っていると、ユーラは床下を素早く確かめ、空也を手招きした。


「その子を連れて中に――見つかると、面倒」

「はい、分かりました」


 暴れないように固めながら、空也は少年と共に床下へ。

 階段になっており、下の方へ降りて行ける。もがく少年をしっかりとホールドしながら一番下に降りると――そこには、小さな子供たちが、立っていた。

 数人の子供が、刃物をこちらに向けている――だが、震えている。

 肚も座っていない。刺すことは、できないだろう。


「は、なせよ……!」

「あ、ああ――もう刃向けんなよ」


 どこか拍子抜けしつつ、少年を床に降ろす――子供たちはわずかに警戒をゆるめ、刃物を少しだけ降ろす。空也の後ろへ、ひらりとユーラが舞い降りて見渡した。

 薄暗い、地下室――藁が地面に敷かれ、木のベッドが並んでいる。

 ランタンが薄暗く部屋を照らしている。空気の流れから、換気も作用しているようだ。

 要するに、シェルターのような、地下室だ。


「――ここは、一体……」

「――ああ、なんとなく、真紅のやっていることが分かってしまいました」


 思わず額を押さえて呻く。

 思えば、路地裏にいるホームレスは、数にしてみれば少なく、その上に浮浪児のようなものは見なかった。そんなものか、と納得はしていたが――。

 なるほど、真紅らしい。あっさり秘密基地を作るみたいに、こんなことを――。


「……兄ちゃん、もしかして、シンク姉ちゃんの知り合いか?」


 飛び掛かってきた少年が、恐る恐る告げる。

 屈みこんで視線を合わせ、空也はぎこちなく笑いかける。


「ああ、僕は真紅の幼なじみで――空也、という」

「クウヤ……もしかして」

「シンクお姉ちゃんの、大事な人……?」


 ひそひそ話が子供たちの間に持ちあがる。空也は振り返り、ユーラに視線を合わせる。彼女は子供たちを見渡し、さすがに困惑を隠せないようだが。

 視線が合うと、表情を消し、唇を動かす。


「この子、たちは……? この場所は……?」


 それに対して、答える表現は一つしか持ちえなかった。


「ここは――真紅の孤児院ですよ」


「すまねえ、まさか、シンク姉ちゃんの知り合いとは思わなくて」


 飛び掛かってきた年長の少年――十二歳くらいの彼は、空也とユーラを地下室の奥に案内した。そこは調理スペースのようで、戸棚に食料が並んでいる。

 豊富に並んだ、小麦の袋を眺めながら、ユーラは小さく口を開く。


「貴方たちは――シンク、さんに、保護されてここに?」

「ああ――みんな、シンク姉ちゃんに助けられたんだ」


 少年は、イリヤと名乗り、空也とユーラに白湯を出してくれる。彼女は用心深く一口飲み、それからこくこくと喉を鳴らして飲む。

 空也も白湯を呑む間、イリヤはテーブルを挟んだ向かい側に腰を降ろして言葉を続ける。


「俺たちは身寄りのない孤児――戦争で親を亡くしたり、徴兵で親がいなくなったりしている。そこで彷徨っているところ、シンク姉ちゃんが家を用意してくれたんだ。食料も、俺たち五十人が、三か月暮らせるだけ備蓄している」

「――みたい、だね。全く、真紅も無茶をする、というか……」


 これだけの食料を、食糧難の状況で掻き集めるのに、どれだけ金と労力が必要だったか。

 それを手配するために、バラ撒いた金の先が――王国の商人。

 その資金の出る元は、増税。しかも、そのやり方は、累進課税だ。

 市民の収入に応じ、税率を変える――高所得の人からは、高税率。低所得の人からは、低税率――そうやって、富裕層から少しでも多く、金を負担させようとしたのだ。

 だんだんと、彼女の意図が見えてくる――彼女の、思いやりが透けて見えてくる。

 イリヤは、神妙そうに一つ頷いて言う。


「そう、だよね……そのせいで、シンク姉ちゃんは、今、屋敷に軟禁されている。俺たちもどうにかしてあげたいんだけど……俺たちは、夜にしか、外に出られない。昼間でうろついていると、盗人と間違えられて、追い回されるんだ」

「盗みは、やらないの?」

「――昔はやっていた。だけど、やるな、ってシンク姉ちゃんから言われた。絶対、助けてあげるから、盗みと殺しは、ダメ、って」


 それを聞いたユーラは、じっとイリヤの目を見つめる。そして、少しだけ肩の力を抜き、目尻を緩めると、優しい目つきで空也に視線を移す。

 心底から、安心したような目つきで――彼女は、ささやいてくれる。


「シンク・クルセイドは――貴方の、言った通りの人だね」

「……真紅のことも、信頼してくれますか?」

「ん……でも、一つだけ、気になる謎がある。星の、粉」

「そう、ですね……あれは、一体……なんで集めているのでしょう」


 空也とユーラは視線を交わし合う。最後の残った謎、だ。

 どこかであの粉は見覚えがある気がするのだが――。

 イリヤも腕を組んで、少し首を傾げた。


「そういえば、シンク姉ちゃん、この街の特産品? を探していたけど」

「ん? 特産品?」

「うん、それがあれば、この街は対等に貿易ができる――って」

「その、特産品があの粉?」

「役に立つ、とは、思えない……」


 根拠としては薄すぎる。だが、特産品というワード――。

 その中で、この粉に注目し――何かに、気づいた?

 持ち歩いている包みに視線を落とし、考え込んでいると、イリヤは身を乗り出した。


「なあ、なあ――黄色い粉とか、木炭って特産品になるのか?」

「木炭は、どこでもとれる――でも、黄色い粉、って?」

「出稼ぎで、鉱山に行っている子たちに、シンク姉ちゃんがよく頼むんだ。なんか、おならみたいな匂いのする、黄色い粉をちょっとずつでいいから集めてくれ、って」

「おならみたいな匂いのする、黄色い粉――硫黄、かな? でも、それはよく王国でも、とれる……だから、特産品には、ならない……」

「そっかぁ……じゃあ、違うのか……」

「……いや、待てよ?」


 ユーラの口にした言葉が、引っ掛かった――硫黄、だ。

 二人の視線が注ぐ中、空也は包みの中の、星の粉を確かめる。うろ覚えの、化学の知識を引っ張り出し――それが、似ていることを確かめる。

 間違いない、これは多分、硝石だろう――ということは。


「真紅の目的――狙っている特産品は、それか……!」

「何か、分かったの? クウヤ」

「ええ、ユーラさん――黒色火薬、という単語に聞き覚えは?」

「う、ううん、火薬は木油火薬しか、知らないけど……」

「決まりです。彼女は――」


 空也は戸惑うユーラの目を見つめ返し、はっきりと告げた。


「異世界の知識で――爆薬を作ろうとしています」


 硝石と、木炭、硫黄――これらを組み合わせると、黒色火薬が出来上がる。

 これは歴史や化学を通じて触れる知識だ。だが、この世界にはその知識がなかった。恐らく、真紅はそれに早いうちに気づいていた。

 それを逆手に取り、ここでの特産品にしようとしたのだろう。

 そのことをざっくりと説明すると、ユーラは眉を寄せ、こめかみを突いた。


「異世界の、爆薬の知識――? 実感が、伴わない……」

「に、兄ちゃん、何を話しているんだ?」


 イリヤも混乱している――当然だ、この意図に気づけるのは間違いなく、空也だけだ。

 硝石は、そんなに貴重なものでもない。家の土間、土壁など――アンモニアが長く蓄積し、水はけの悪い場所なら、抽出することができる。

 だが、このユーラの反応を見る限りだと――。


(恐らく、王国では硝石の抽出法も分かっていない。つまり、硝石を確保できるのは、このキグルスの『星の粉』を採掘できる鉱山だけ――!)


 十分に、この国の特産物に成り得る。ともすれば、一大産業にもなるのだ。

 もしかしたら、これによってソユーズに近代革命を起こし、国力を一気に回復させる――そんなことすら、考えていたのかもしれない。


(いや、真紅ならあり得る――そういう、どこか思い切ったところがあったから)


 彼女は、どこまでもここの人たちを思い遣ってひたむきに行動し続けていたのだ。

 どんな陰口を叩かれようとも、後ろ指を指されようとも。

 ひたむきに、一人で――。

 ぐっと拳を握りしめる空也に――ユーラは、その肩を軽く叩いて告げる。


「――情報収集は、十分。一旦、陣地に戻ろう」

「ですが……」

「大丈夫。必ず、シンクを助ける」


 ユーラははっきりと明言した。真っ直ぐに空也の目を見つめて。

 その後、イリヤの方を見つめて、安心させるように小さく笑みを浮かべる。


「私たちが、絶対に、シンクを、助ける――そして、キミたちも」

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