第5話 古びた屋敷の中には 前編
道を進んでいく――路地裏に入り、薄汚れた場所を進んでいく。
ユーラも慣れていないのか、小さなメモ用紙に時折、目を落としている。彼女はいつもの小声で、空也に対して説明する。
「これは、ごく最近分かった、事実――屋敷を、接収していたのは知っていたけど、場所を突き止めるのに、時間がかかった。確認に行くのも、今日が初めて」
「中央の方に――向かっているのか?」
進路は坂道を登っている――この街は、丘のようになっていてその頂上に、領主の屋敷があるとのことだ。じわじわと近づく気配に、空也は少しだけ期待する。
だが、ユーラは首を振った。
「そこまでは、いかない――古い屋敷みたいだから。だけど……不穏な話ばかり、聞く」
「不穏な、話?」
「子供をそこに連れ込んでいる、とか。別荘にしている、とか」
「子供を、ねえ……」
「――思い当たる節があるの?」
「いや、ちょっと昔を思い出しただけなんですけど……」
「昔話の、続き?」
ユーラの目が少しだけ輝いた気がした。楽しみにしていてくれたらしい。
リクエストに応えるべく、空也は少しだけ記憶のページをたぐる。
「まあ、続きというか――ちょっとした、エピソードですね」
それは、真紅と過ごした日々の一幕――中学生の頃だった。
『空也くん、今日は秘密基地を作るよ!』
『――え? なんつった? 真紅』
『だから、秘密基地!』
セーラー服の彼女は無邪気に笑い、空也の手を引っ張る。秋になり、涼しい風が吹き抜ける――試験が終わり、早めに下校できた一日だった。
真紅とどこか出かけようかな、と思った突然の誘い。
なんだかんだで、空也が引っ張っていかれたのは――近くの川の、橋の下。
そこには、数人の小さな子供たちが待っていた。
『遅いよ、真紅姉ちゃん!』
『早く秘密基地、作ろうよ!』
『うんっ、ごめんねっ、頼りになるお兄ちゃんを連れてきてあげたから!』
彼女は無邪気に笑いながら、子供たちの輪に加わる。そこにあるのは、段ボールや廃材の山――子供たちが、集めたものらしい。
それらを見やりながら近づき、空也は呆れながら訊ねる。
『マジで、秘密基地作るの?』
『そうだよ――空也くんとも、作ったことあるよね?』
『まあ、二人で作ったことあるけど……そういや、ここだったな』
小学校の思い出。遊び場は、近くの公園しかなかった。
だから、新しい遊び場を作ろうと、秘密基地を作ったことがあった。いつの間にか、川が増水したときに流されてしまい、それっきりだったが――。
『俺たちも、自分たちの基地、作りたいんだよ!』
子供の一人――やんちゃそうな子が声を上げ、数人が頷いてみせる。
その真っ直ぐな瞳にたじろぐと、真紅はその子たちの頭を撫でながら、仕方なさそうに笑ってみせた。
『今時の子供は、秘密基地の作り方も知らないし、外でも遊ばない――それってとってももったいないと思わない? 秘密基地で、ターザンごっことかできないんだよ?』
『――正直、昔の子でも、ターザンごっこはやらないと思うけど』
真紅とこの橋の下でやった、遊びの一つにターザンごっこがある。
橋の手すりに拾って来たロープを結び付け、それにぶら下がって遊んでいた。アホみたいなことをしていたが――そのひとときは、確かに楽しかった。
空也はその楽しさを思い出し――少しだけ、笑みを浮かべた。
確かに――その楽しさを知らないのは、残念だ。おすそ分けしてあげたい。
『仕方ないな――お兄ちゃんが手伝ってあげよう』
『やったぁ!』
それから試験休みの時間もかけて、子供たちと一緒に秘密基地を作っていった。
拾ってきた太くて長い木の枝を組み合わせ、ツタで結び合わせる。段ボールを壁に見立てて作り、抜いてきた雑草を敷き詰めて、その上に段ボールを敷く――。
基本的に、子供の発想に任せ、行き詰ったときだけ知恵を出した。
力のいる仕事は空也が率先してやり、子供がケンカしそうなときは真紅が仲裁した。
そうやって過ごした三日で――そこそこ、立派な秘密基地が出来上がっていた。
『やったぁ! 俺たちの基地だ!』
『これで、戦争ごっこもできるな!』
『地球防衛軍ごっこもできるよ!』
『――最近の子供たちは、物騒だね。空也くん』
苦笑いを浮かべる真紅は、とても嬉しそうで――優しい目つきをしていて。
その頭を、なんとなく空也は撫でていた。
『ん? どうしたのかな、空也くん――くすぐったいよ?』
『いや――真紅は、優しいな、って思って』
『ふふ、そうかな?』
『ああ、子供たちのこんなくだらないことを、手伝うなんて……』
『子供たちの夢に、くだらないことなんて、ないんだよ』
彼女はふるふると首を振り、嬉しそうに笑う。その目は、秘密基地でぴょんぴょん飛び回る子供たちを見守っている。
『こういうことでも、しっかり計画して、やり遂げる――そのことで、あの子たちの次の夢に繋がっていくし――何よりね、大事な、宝物になるから』
『――そっか』
『うん、だから――空也くんと過ごした今日も、私の宝物だよ』
(ああ――僕もだよ……)
と言いたかったけど、どこか気恥ずかしくて、真紅の頭を撫で続けていると。
彼女は全部お見通し、とばかりにくすくすと笑って、そっと寄り添い続けてくれていた。
「そんな――秋の思い出があって。真紅は、子供たちの夢を、大事にするからさ」
「――なるほど。大事な、思い出、なんだ」
そう締めくくると、ユーラは少しだけ目を細めてささやいた。空也は照れくさくなって頬を掻くと、進む前に目を向けた。
「もちろん――昔のことですし、その上、どういう意図があって屋敷を接収したかは分かりませんけど……」
「うん、でも、判断材料には、なる」
ユーラはそう言いながら道を曲がり、見えてきた立派な屋敷を指で示す。
それは石造りの立派な屋敷だったが――どうにも、様子がおかしい。
近づくと、それは分かる。窓は破られ、玄関は打ち壊されている――。
「暴徒の、仕業みたい」
「これは、ひどい」
空也とユーラは警戒しながら中に入った。中は泥のついた足跡で荒らされている。家財道具も打ち壊され、もはや廃墟と化していた。
だが――そこはかとない、違和感がある。
空也はそっと耳を澄ませ、気配を伺う――どこかで、息を殺している、微かな気配。
ユーラに目配せすると、彼女は頷きながら床を指差す。真新しい靴跡。
(随分と、小さい足跡だが――)
ユーラは腰を屈め、床を這いまわるように観察していく――やがて、ぴたり、と足を止める。部屋の隅の、何の変哲もない床。
そこを彼女は指先でなぞると――ちらり、と外を見やった。
「――外に、人の気配は?」
「ないです。今のところは」
「見られていないなら、よし――」
彼女はそう言うと素早く懐から短刀を抜く。そして、床に慎重にそれを突き立てた。テコの要領で、床を剥がすように持ち上げる――。
キィ、と音を立てて、床板が持ち上がった。
空也はその傍に寄り、持ち上がった床板を支える。ユーラは懐から短刀を抜き――。
その闇から、何かが飛び出してきた。
瞬時に空也が身体を割り込ませている。突き出された刃の手を掴み上げ、捻り上げながら地面にねじ伏せる――思いのほか、小さい身体に目を丸くする。
「――子供?」
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