第4話 酒場と食事と思い出と 後編
そこで一旦、言葉を区切ると、ユーラは続きが気になったように身を乗り出す。
「何か、あったの? 続きは――」
「続きの前に――飯ですね。姉さん」
空也が視線を厨房に向ける。そこからマスターはお盆を持って姿を現した。
カウンター越しに、並べられる二つの皿、載せられたのは、サンドウィッチだ。
ん、と小さくユーラは頷き、そのサンドウィッチに手を伸ばした。
「続きは、また後で聞く――楽しみに、している」
「はは――そりゃどうも」
苦笑いで答えながら、空也もサンドウィッチを口に運ぶ――少し、眉を寄せた。
想像以上に、パンがぱさぱさしている。野菜もしなびれ、肉は薄っぺらい――。
とてもじゃないが、売り物とは思えない、粗悪な出来だ。
「――文句を言うんじゃねえぞ。市井に、物が入らねえ……そっちの嬢ちゃんは知っているかもしれねえが」
顔色を読み取ったのか、マスターはぼそぼそと呟いた。
ユーラは小さく頷き、フォローするように告げる。言葉に、独特の訛りを加えて。
「弟は、王国から帰ってきた、ばかり。申し訳ない」
「いんや、気にしていねえよ――やっぱり、あんたはこっちの人だな」
「ん、五年いる。隣の街に住んでいるけど、弟の出迎えに来た」
「タイミングがよかったな。今は反王国感情が強いが、まだ出入りはできる。それもこれも――領主さまのせいだがな」
「領主――噂に聞いた、女領主?」
「ああ、どうにも王国と通じた商人と誼を通じていた。金のやり取りもあったらしい。その贈賄疑惑に、民衆はカンカンだ――おかげで、王国民に悪感情がある」
「その、本当に賄賂を?」
思わず空也が口を挟むと、マスターはちらりとこっちを見てから首を振った。
「分からん。だが、この雰囲気で王国からの商人はいなくなっちまった。ソユーズの商人は、ロクな商品を持ってこねえから、マシなものが作れねえ」
「なる、ほど……税金が上がった、というのも、本当?」
「ん、ああ、本当だ。興味あんのか?」
「ん、身の振り方も考えないと、いけないし」
「まあ、キグルスに住むのは勧めねえぞ。ほれ、それがその通達の紙」
そう言いながら、マスターはカウンターの中から黄ばんだ紙を出してくれる。
ユーラはそれを受け取り、目を通しながら小声で読み上げる。
「通達、新しく市民に税を課す。所得に応じ、定めた税率を加えて納税せよ――」
「――累進、課税?」
聞き覚えのある納税制度を、思わず口にすると、ユーラは片眉を吊り上げた。
通達用紙をマスターに返しながら、さらに硬貨を数枚カウンターに置き、告げる。
「ジンジャーをもう二杯――ありがと。マスター」
「いんや、礼には及ばねえよ」
「ついでにもう一つ――ソユーズ中央に行った方が、暮らしはマシ?」
「いんや、弟を連れていくなら止めておくんだな。あっちの方は、ここよりも王国民――というか、民族以外を見下す感じがある。ここに暮らして長い、俺ですら唾をかけられたことがある」
マスターは思い出すも忌々しいという風に告げながら、二人の間に木のジョッキを二つ置く――続いて、肉の乗った皿も。
ユーラは微かに眉を吊り上げると、マスターは顔を背けながら言う。
「サービスだ。二人は苦労するだろうからな。気持ち分だ」
「――ありがと。いただく」
「ああ、あまり長居をするなよ。そこの連中が何をしてくるか分からねえ」
マスターはそう言うと、顎でテーブル席を指し示した。そこには若者たちが大声で騒いでいる。確かに、柄が悪そうだ。
マスターはカウンターから出て、掃除を始める。
それを見やりながら、空也とユーラは黙り込んで食事を続けた。
そうすると、否が応でも、テーブル席の会話が聞こえてくる――。
「全く、女のくせに出しゃばり過ぎているんだよ」
「だな。民族の面汚しだ。女が民政に口出しして、挙句、かき回しているんだから」
「あれだろ? 王国商人を贔屓しやがって、金を渡していたとか」
「あれじゃね? 王国の若い男を連れてきて、しっぽりやろうってか? あっちは図体だけデカい、騎士ばっかりだからな」
「あの、王国かぶれの小娘だからな。あり得んでもない――」
ユーラがそっと空也の拳に触れる――いつの間にか、彼は拳を握りしめていた。
彼女はジンジャーを口にしながらゆるゆると首を振った。
「もっとひどい噂もある。真に受けたら、いけない」
「――分かって、います……」
「早く食べていこう。こんなところにいたら、目をつけられる」
「……はい」
食事を済ませる。ユーラはカウンターに追加で硬貨を置くと、静かに席を立った。
見咎められないように、二人は店を出る――曇天の空の下、空也は思わずため息をついてつぶやく。
「本当に、真紅は悪徳令嬢なのでしょうか? 思っていたのと、違うような……」
「ん――確かに。どちらかというと、都合の悪い令嬢、みたいだけど……」
言い得て妙だ、と空也は頷いた。
彼女の行っていることは、そこまで悪くないはずなのに、それが捻じ曲げられているのである。民衆たちの都合で。
ユーラはしばらく考え込みながら、ただ、と言葉を続ける。
「意味の分からない、財の使い方は、分からない――王国商人は、物資を確保する、ためだとしても、星の砂は何の、ために買った? 娯楽?」
「真紅の性格としては、なさそうですけど……」
「そう、なの?」
「ええ、言うなら、静馬さんに輪をかけたようなお人好しです」
言われたことを想像してみたのだろう。んんん、と彼女は微妙な声を上げ、表情を微かに変えた。困惑するように、眉尻を下げ、へにゃりと口元を歪める。
目に見えた感情の変化。だけど、それも一瞬。
彼女は無表情に戻りながら――ただ、声だけは感情を隠し切れなかった。
「それは――娯楽なんかに行動、しない。他人の為なら、ともかく」
滲み出る、仕方なさそうな、優しい声。ユーラは吐息をついて頷く。
「その是非も確かめる、ためにも、次に行こう」
「次は、一体、どこに?」
「シンクが接収した、という――屋敷に」
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