第2話 目抜き通りの鉱石店

 空也とユーラは隠れ家を出て、目抜き通りに再び出る。

 閑散とした大通り――通り過ぎる人もあまり、いない。すれ違う人は視線を下げ、足早に過ぎ去っていく。何か、関わり合いを避けるような、そんな雰囲気だ。

 ユーラも似たような雰囲気を出しながら周りに溶け込んで歩いていく。

 隣に並んだ空也に、彼女は小さく唇を動かして声を発した。


「今から行くのは、宝石店――数か月前、シンクがそこで散財した、とのこと」

「宝石店で?」

「何を買ったか、分からない。だけど、それの噂が、広まっている」


 曰く、女領主は民の血税で、宝石を買い漁っている――と。

 空也はそれを聞きながら、軽く眉を寄せた。真紅は、宝石などには興味を示さず、アクセサリーなどは普段つけなかった。

 例外として、空也のプレゼントした、シルバーのネックレスは好んでつけてくれたが――。


「――そういう、趣味では、ない?」

「そういうことです。そもそも、昔、貴金属類を買ったのも実験のためだけでしたし」


 真紅は、化学の実験が好きだった――理数系が苦手だったが、化学は例外だった。

 大体の化学記号を暗記し、化学式をすらすらと読み解ける。実験のたびにその変化を、目を輝かせながら守っていた。

 そのとき、純銀を買っていたのは、ひとえに銀の酸化還元反応を見る為である。

 一緒に、その反応を見ていたのは――良い思い出である。

 少しだけ懐かしく思っていると、ユーラは袖を引いて路地裏に入る。


「こっち――クウヤ、会話を、合わせて」


 彼女の囁きを聞きながら、路地に入ると――思わず、空也はぎょっとする。

 その路地の突き当りの建物の前で、腕を組んだ屈強な男が立っている。

 だが、ユーラは臆することなく、すたすたとその男の前に行き、訊ねる。


「ここが、オクト宝石店?」

「ああ、そうだ――あんたらは、客か?」

「ん――カレが、買ってくれる、って。氷晶石クリスタル、って、あるの?」

「ああ、もちろんだ。よし、入んな」


 その問いかけに、厳つい顔をした男はわずかに表情を緩め、扉を開けてくれる。

 どうやら、店の護衛だったらしい。中に入ると、天井から吊るされた、大小の煌めきが降ってきた――鉱石が、吊るされているらしい。

 カウンターの中の店主が、視線を上げ、へいらっしゃいと声を上げる。

 わずかに探るような視線で、告げる。


「お客さんかね?」

「ん――何を警戒しているの?」

「いや、うちの店は領主さまと懇意でね――ほら、今の街の雰囲気は知っているだろう? 領主さまに対する、反感が多い。私共も、時々、とばっちりを受けるんだ」

「ん、私たちは、客。カレが、宝石を買ってくれる、って」


 ユーラは独特の喋り方で、すっと空也に寄り添ってくる。

 納得したように店主は頷き、ばつの悪そうな笑みを浮かべた。


「すまないね。警戒しちまって。用心棒を表に置いているんだが、それでも強引に入ってくる連中っていうのは、いるもんだ」

「仕方ない――噂で聞いていたけど、領主さまも御用達なの? 宝石の?」

「いいや、あの人は宝石じゃなくて、鉱石を買い求める。面白い方だよ」


 店主はそう言うと、人の良さそうな笑みを浮かべ、カウンターの引き出しを開ける。


「丁度いい、怪しんだお詫びに、領主さま御用達の鉱石――星の粉を、見せてあげよう」

「星の、粉?」

「我々がそう呼んでいる、近くの鉱山で採れる粉だよ」


 そう言いながら、店主が取り出したのは、革の巾着。木の板を取り出し、巾着をさかさまにする――中から、白い粉がさらさらと出てきた。

 若干、紫色がかっている、不思議な粉だ。


「これは、ただの白い粉に見えるが――見ていてご覧」


 店主はそう言いながら、その粉を匙一杯取りながら、カウンターの上にある蝋燭を引き寄せる。そして、その匙を炎にかざすと――。

 微かな音と共に、炎の色が紫色に変わった。

 ユーラが目を見開く。しばらくすると、炎の色は元に戻ったが――。


「ギュネスの星の色に似ているから、星の粉。あるいは、ギュネスの粉と呼ぶ人もいるかな――なかなか面白い見世物だろう?」

「これを、領主さまが?」

「ああ、大層、お気に召して、これをある程度買って行ってくれたよ」

「……ちなみに、いくら?」

「お嬢さんも興味があるのかい? まあ、一袋で銀貨三枚といったところだよ」

「……安い」


 ユーラの一言は、空也にしか聞こえなかった。空也も、先ほどの炎の色を思い出して、軽くこめかみを小突く――記憶の、どこかに引っかかる感覚だ。

 真紅と一緒の記憶は大体、覚えている。それ以外の――何かだ。

 ユーラは、空也の横顔をちらっと見ると、つい、と袖を引いた。


「ね、クウヤ。これ――」

「おや? おねだりかい?」


 店主がからかうように口にする。空也はユーラと視線を合わせる。彼女は真剣な目つきで小さく頷いた――合わせろ、ということらしい。


「仕方ないな――じゃあ、少しいただこう。ユーラ、どれくらい……」

「一袋あれば、十分」

「分かった。店主さん、それで」

「あいよ」


 店主の視線が逸れる。その瞬間に、ユーラは巾着を空也の後ろ手に握らせた。

 徹底的に恋人のフリをさせるらしい――怪しまれないように。

 上手くできるか、分からないが――空也はごくりと唾を呑み込んだ。


 その後、カップルの買い物を装うために、氷のような水晶を一緒に購入して、二人は店の外に出た。裏路地から出ると、ユーラは身を離して一息こぼした。


「ありがとう。クウヤ――上手く、事情が聞けた」

「いや、一人でも聞き出せたんじゃないのですか?」

「ああいう店で、女一人では、行きにくいから」

「なるほど。無事、いろいろ真紅の情報も聞き出せましたし」

「ん、星の粉――クウヤ、何か引っかかっている、みたいな顔だったけど、思い当たる?」

「――何か、思い出せそうな、気がしますが……」

「そ。なら、収穫」


 空也の持っている包みに目をやりながら、こくんと頷くユーラ。心なしか、少し満足そうに見える。その足取りは、別の方向を目指している――。

 空也もその後ろに続きながら、わずかに後ろを見やる。

 何か、へばりつくような視線を、感じるのだが――。

 それを察したように、ユーラは空也の手を引いて、微かに首を振る。


「大丈夫――まだ、構わなくていい」

「そう、ですか……次は?」

「次は、食事に、しましょう――市井の話を聞き、ましょうか」

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