第5話 彼女の居場所は 前編

「――なるほど、異世界から……にわかに信じがたいですが……」


 夜も静まり返り――天幕の一つで、空也は、静馬と飛鳥と共に地図を囲んでいた。

 静馬から事の次第を聞いた飛鳥は、背筋を正してじっと空也を見つめる。


「――信じられないか? 飛鳥」

「……いえ、静馬様が刃を合わせて信じられる、というのなら、私はそれに従うまでです」

「ありがとうございます。飛鳥さん」

「しかし、驚きました。身なりから、カグヤの出身かと思ったのですが」

「――カグヤ、とはなんですか? 国、ですか?」


 それは、静馬から出てきた言葉だ。思わず訊ねると、静馬は腕を組みながら苦笑いを浮かべて首を振る。


「カグヤは、もう国じゃない――元々、国だったんだが、今はウェルネスの属州だ」

「良い言い方をすれば、吸収合併。悪い言い方をすれば、征服されたのです。私たちはそこの出身です。この着物も、カグヤの特産ですね」


 飛鳥は補足説明をしながら、指先で静馬の着物を摘まむ。静馬は頷いて認めながら、指先で地図を指し示す。

 そこは、ウェルネス王国の東――東方の、大きな一角だった。


「カグヤ自治州、と今は名乗っている……もしかしたら、キミの言う日本に近い文化形態をしているのかもしれないな。着物が似通っていることと言い」

「そんな偶然、あるのでしょうか?」

「あろうがなかろうが――今ここに、空也がいるのは事実だからな」


 話を戻そう、と静馬は声をかけ、飛鳥は真剣な表情で頷く。


「幼なじみさんを探す、というのが空也の目的だ。できれば、自分はそれを助けたい――」

「ユーラ殿に助力を頼まれてはいかがでしょうか?」

「それもそうだな――それと、もう一つ考えがあるのだが」

「なんでしょうか? 静馬様」

「――飛鳥が、彼を王都に連れて行く、というのはどうだろうか」

「それは――」


 二人の会話が途切れる。飛鳥の視線が、空也にちらりと向いた。迷うように、静馬の方を見つめ返す――少し、寂しそうな目つきで、問いかける。


「他の騎士に、任せてはいかがですか……?」

「それでもいいんだが――腕が立つとなると、な。できれば、飛鳥に任せたい。一番妹弟子らからこそ、信じられるんだが」

「静馬兄さん……」


 しょぼん、と彼女は視線を伏せさせる。先ほどの凛とした気配はなく、どこか仔犬のようですらある――その気弱な態度に、静馬は苦笑いし、空也に視線が向いた。


「まあ、いずれにせよ、空也次第だ。一刻も早く、その幼なじみを助けたいなら、人と情報が集まる王都に行くことを勧める。もちろん、護衛もつける」

「そう、ですが……」


 空也はわずかに口ごもった。確かに、真紅を探しに行きたい――急いで探したい。

 だが、静馬や飛鳥に迷惑をかけるのは、できるだけ避けたかった。


「――地図だけいただいて、自分だけ行くのは……」

「それは、ダメだ」


 思いがけず、激しい否定の言葉だった。視線を上げると、静馬は首を振って告げる。


「まだこの地帯は治安も悪い。騎士団の後ろ盾なくして、王都に入るのも難しいだろう。いずれにせよ、後ろ盾という意味でも、騎士は必要だ――」

「――何から何まで、ありがとうございます。でも、どうして……」


 気になっていたことだった。

 明らかに、静馬は空也のことを深く気にかけてくれていた。騎士としての務めだと、言ってくれているが――当然、その騎士としての仕事もあるはず。

 それなのに、彼はわざわざ時間を割いて、空也を気にかけているのだ。

 その疑問に、飛鳥の方が答えた。


「まず、私たちの事情を考えてくれているなら――それは、問題ありません。我々は特殊な事情で、ある程度、自身の裁量で軍を動かすことができます。そうですね、一言で言えば、遊撃隊、なのです」

「騎士の、遊撃隊――」

「そうだ。その中で、住民を助けることも役目に入っている、だから、この行動は騎士として当然――いや、違うな。これは自分がしたいから、していることだ」


 静馬は少し照れくさそうに笑いながら口にする。本当に、真っ直ぐな人なのだな、と実感させる言葉で――思わず、空也は飛鳥と視線を合わせた。


「確かに、真っ直ぐな人ですね」

「そして、お人好しですよね」

「――悪かったな」


 拗ねたように顔を背ける静馬。少し大人げなくて、微笑ましい。

 思わず空也は笑みをこぼしながら、目を細めて言う。


「――確かに、探しに行きたい――ですが、静馬さんたちに迷惑をかけて行く、というのは彼女もきっと喜ばないと思います。ですから、お二人の任務を優先して下さい」

「……そうか。まあ、そのうち、王都に届けてやるからな」

「ええ、約束いたします」


 二人の視線が頼もしかった。揺るぎない二人の気迫に、空也は頭を下げて感謝の念を示す――胸が、じんわりと温かい。

(異世界でも――助けてくれる人がいて、よかった……)

 今、真紅の傍には、助けてくれる人がいるのだろうか。

 いないなら、できるだけ早く駆けつけたい――だが、急く気持ちを、必死に押さえた。

 飛鳥は微笑みを口元に浮かべ――ふと思いついたように訊ねる。


「空也さん、そういえばその幼なじみさんの名前は何て言うのですか?」

「ああ、名前は真紅――水原真紅、と言います」

「――え」


 それを聞いた瞬間、二人の顔色は変わった。まさか、というように顔を見合わせる。明らかに、心当たりがある反応だ。


「飛鳥、もしかして、いや、もしかしなくても……」

「ええ、カグヤのような名前の響きで、気になっていました。これは……」

「ふ、二人とも、もしかして――!」

「ああ」


 静馬はきっと表情を引き締め、空也に向き直る。

 期待に高鳴る胸を押さえながら、じっと空也は静馬を見つめ返すと、彼は頷き返し――だが、少し複雑そうな表情で告げる。


「もし、その通りなら――彼女は今、領民の不平を買う、領主の娘なんだ」

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