第4話 騎士たちの夜

(なんで、こうなったのかな……?)


 その夕暮れ、野営地は大きな盛り上がりを見せていた。

 その騒ぎの中心は、空也――騎士たちに囲まれているのだ。賞賛の声をかけ、中には酒を注ごうとする者もいるくらいだ。話題の中心となり、彼は困惑していた。

 テーブルと椅子も出され、それに座らされて、上にも下にも置かれぬ待遇である。


「いやぁ、しかし、静馬隊長をぶっ倒したなんて、誰以来だ?」

「殿下かな。でも、大体、殿下の方が負けているし――」

「一応、俺たちの隊長、王国で最強ってことになっているからな」

「しかも、あの隊長を投げ飛ばすなんて……」

「いや、歴史的瞬間だったぜ、あれは」


 騎士たちが周りで歓談しながら、豚汁やごはんを勧めてくる――空也はありがたく受け取りつつ、思わず問い返す。


「静馬さんって、そんなに強い方なんですか?」

「強いも何も――下手したら、大陸で屈指の強さを誇る武人だぜ?」

「それに互角に戦えるなんて、お前さん、何者だ、一体」

「あ、あははは……」


 真紅を失って二年間、無我夢中で剣術に打ち込んでいた。その成果が発揮されたようだ。空也はどこか複雑に思いながら、食事を続けていると、不意に声が上がった。


「通してくれ。みんな――」

「お、噂をすれば最強の隊長だ」

「いや、最強は空也くんだろ」

「そうだった、元最強」

「お前ら、人をおちょくるのも大概にしろよ?」


 そう言いながら現れたのは、静馬だった。苦笑い交じりに、空也の対面の椅子に腰を降ろす。気遣うように、空也の胸の方を見やった。


「空也、肋は大丈夫か? したたかな手応えがあったが……」

「あ、まだ痛みますが……静馬さんも、似たようなものでしょう?」

「ああ、大分背中は痛むがな……ええと、エリカが診てくれたんだったか?」

「はい、腫れてはいましたが、骨は折れていなさそうです。軟膏を塗り込んだので、直に痛みも引くのではないかと」

「ああ、ありがとう――ま、無事なら良かった。手合せで、骨を折らせたくなかった」


 一人の女騎士の言葉を聞き、静馬はほっと安堵したように一息つく。その目の前に、他の騎士が豚汁を差し出しながら、苦笑いを見せる。


「よく言いますわ。調練のときは、馬から叩き落として骨折させるくせに」

「受け身の仕方が下手なんだろ」

「はー、したたか投げ飛ばされて背中を打った、隊長の言葉とは思えん」

「ぐっ、この……からかうネタにしやがって。減給すんぞ!」

「横暴だ!」


 どっと笑いがあがる――その和気あいあいとした雰囲気に目を細めて空也は言う。


「皆さん、仲がいいんですね」

「まあ、この百人は家族みたいなものだからな。五年くらいの付き合いの奴もいる――この中で、一番、長いのは飛鳥を除けば――ハン、かな」


 静馬の視線が、一人の騎士に向く。浅黒い肌をした一人の騎士が、にかっと白い歯を見せて笑う。爽やかな笑みに、思わず視線が惹きつけられる。


「ええ、そうですとも。俺は、隊長とは傭兵時代からの付き合いですからね」

「そのまま、一緒にくっついて、騎士団にまで入団したんだからなあ」

「へぇ――静馬さんって、すごい人徳ですね」

「そんなことは、ないと思うんだが……」

「いいえ、分かりますよ。静馬さん」


 空也は笑い返しながら、静馬の手を見つめる。

 直前まで、木刀を握っていた、無骨な掌。

 それが扱っていた太刀筋を思い出す――しなやかなで、それでいて力強い気迫を。


「静馬さんの刃は、真っ直ぐでした。信念を宿した刃でぶつかってきて――」


 刃を通じて、静馬という人が伝わってくるようだった。

 真っ直ぐに人と向き合って、でも、少し不器用なところがあって――。

 卑怯なことを嫌う、どこまでも実直な人柄。

 そう思ったことを語ると――しん、と周りが静まり返っていた。ぽかん、と騎士たちが呆けたように空也を見つめている――思わず、口を噤んだ。


「すみません、言い過ぎた――」

「いいえ、間違っていませんよ。松平空也さん」


 不意に澄んだ声が、人垣の向こうから響き渡った。慌てて騎士たちが分かれる――その合間から一人の女騎士が歩み寄ってきた。波打つ、黒髪に思わず目を見開く。

 綺麗な顔立ちをした、その女性は、微笑みを浮かべて一礼する。


「初めまして。この隊長の副官をしている、日野飛鳥ひのあすかと言います。お見知りおきを」

「あ、はい……空也と、申します」

「ええ、伺っています。他の騎士たちから――面白い話まで、聞きましてね。静馬様?」

「あ、飛鳥……?」


 女騎士――飛鳥はぴきっと額に青筋を立てると笑ったまま、ぐっと静馬の肩を掴む――その手に見るからに凄まじい力がこもり、彼の肩に指がめり込む。


「あ、ああああ、飛鳥、肩、肩ああああっ!」

「人が哨戒任務に出ている中、暇を明かして、また立ち合い――しかも、御客人と……!」

「す、すまん、すまんっ、あだ、あだだだ!」

「普段から慎みを持て、とあれほど……!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ合う二人の主従を、呆気にとられて空也が見つめていると、一人の騎士――手当てをしてくれた女騎士、エリカが屈んで耳打ちした。


「あの人が、一番のこの部隊の最古参で――静馬隊長の妹弟子なんだよ」

「そういえば、さっき名前が出ていましたね――妹弟子、ですか?」

「ああ、修行中からずっと一緒。だから、あんなに仲がいい」

「考えてみれば、ウチの部隊で最強は、飛鳥さんだよな、絶対」

「間違いねえ」


 しみじみと騎士たちが頷く中、お説教が終わったのか、飛鳥は腰に手を当てて空也に向き直る。先ほどの怖い顔から一転、優しげな顔つきで笑う。

 ちなみに、静馬は肩を掴まれた激痛で机に突っ伏して身悶えしている。


「話を戻して――先ほどの貴方の言葉は、あまりにも正鵠を射すぎていたのですよ」

「え――つまり、あの通りの性格?」

「ええ、この人は良くも悪くも昔からお人好しで、優しくて、真面目で、甘くて――でも、曲がったことが許せなくて、そんなところも格好よくて――もといっ」


 途中で話が逸れていることに気づき、飛鳥は顔を少しだけ赤らめながら咳払いする。


「まあ、そんなので、少しみんな驚いてしまったのです――それだけ、濃い戦いぶりを示したのですね。私も、哨戒任務がなければ、是非見てみたかったです」

「そんな……僕の剣を見ても、つまらないですよ。実際、戦っている中でも、初見殺しの不意打ち技ばかり使いましたし」

「いいや、そんなことはないさ」


 ふと、静馬が顔を上げながら、話に加わってくる。肩をごきごきと鳴らしながら、彼は真っ直ぐに空也を見つめて笑いかけてくる。


「確かに一つ一つは不意打ちに近い技だった。だが、それは的確に機を狙って打たれた。しかも、キミは負けずにしたたかに食い下がってきた――折れない心と、あきらめない心、そして、確かな、誰かの為の刃――それを、感じたよ」

「静馬様相手に、一本取れる――それだけでも、誇れることですよ。空也さん」


 静馬と飛鳥が二人で笑いかけてくれる――気恥ずかしくなって頬を掻くと、ハンと名乗った騎士がばしばしと空也の肩を叩き、豪快に笑った。


「そうだぜ。おかげで、俺は大穴当てて大勝ちだ!」

「くそぅ、隊長が負けたせいで、今月の給料があぁあ」

「お前たち――また人の立ち合いで金かけていたのか」


 静馬が呆れたように言い、騎士たちが笑い声を上げる――その輪の中に、空也がいる。そのことが胸に浸みて温かく感じられる。目頭が、熱くなる。

 その様子をそっと見ていた飛鳥は、くすくすと笑いながら静馬に目配せする。彼は一つ頷き、テーブル越しに手を差し出した。


「改めて――ようこそ。中臣隊へ」

「ええ、短い間かもしれませんけど、歓迎します」

「ああ――ありがとうございます、皆さん」


 温かい視線に見守られながら――空也と静馬は握手を交わし合った。

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