第3話 二人の手合わせ

「――本当に、やり合うんですね。静馬さん……」

「まあな、異世界の剣術とやり合える機会なんて、めったにない」


 大草原。風が吹き抜ける中、二人は向き合う。不敵に笑う静馬に、空也は苦笑いした。周りを取り囲むギャラリーの騎士たちはわいわいと話し合っている。

 突然の話にも関わらず、とんとん拍子に準備が進んだのは、彼ら騎士たちの協力があったからだ。野営地の外で、彼らが見張りを兼ねてギャラリーとなる。


「まあ、空也さん、あきらめな。隊長の悪い癖だ」

「そそ、静馬様は、筋肉バカというか、脳まで筋肉でな」

「つーか、全身筋肉。全身肝っ玉みたいな感じ」

「お前ら、頼むから客人の前ぐらいは、隊長を立ててくれないか……」


 引きつり笑いを静馬が浮かべたのも束の間、すぐに視線を移して木刀を構える。

 正眼に構え、真っ直ぐに空也を見つめてくる。その瞳に宿した気迫を感じ取りながら、空也は深呼吸して思考を切り換えていく。


(相手は武人――胸を借りるつもりで、全力で斬りかかっていこう……)

「ああ、そうだ。手加減は抜きで構わない――こちらは、少し手を抜くが」

「――驕りとは、感心しませんね」

「こちらも信念があるんでな。いつでも、かかってこい」

「後悔しても知りませんからね……」


 じり、と爪先に力を込める。肚の底に気迫を込め、正眼の構えを取る。張りつめた空気に、わずかに静馬の顔色が変わったのを感じる。彼も、正眼のまま、気迫をぶつける。

 せめぎ合う、気迫――二人の間が白熱する。

 騎士たちの声も、風の音も――全てが遠ざかっていく。

 この空間は、まるで空也と静馬だけ。二人は見つめ合い、気迫をぶつけ合う。

 今にも破裂しそうな緊張。その中で、空也は大きく息を吸い込み。


 ぶらり、と木刀を下げた。


 空也の気迫が、一瞬で消える。拍子抜けしたように、静馬の気迫が緩んだ。

 ――直後、空也は地を蹴り、間合いを詰めていた。

 まるで、空間が飛んだかのように、一瞬の肉迫――足がしなり、空也の蹴りが一閃。


「――ッ!」


 それを静馬は辛うじて上体を逸らして回避。だが、空也はすでにその蹴り足を軸に踏み込んでいる。ぶら下げた刃を跳ね上げ、静馬の喉元を狙う。

 静馬は、それを大きく後ろに跳んで躱す。空也はすかさず、それを追撃。

 神速の三段突きが、閃く――!


「シ――ッ!」

「ちいぃッ!」


 ほぼ同時に襲い来る、三段の突き。常人なら回避できないはずの、初見殺しの刃。

 だが、静馬は回避した。後ろに跳び、首を逸らし、木刀で受け止める――その勢いを利用し、後ろに跳びながら――彼は、弾けるような笑みをこぼした。


「なんだ、空也ッ! その凄まじい突きはッ!」

「これで仕留めきれませんでしたか……ッ!」


 空也は舌打ちする。奇襲に、三段突き――得意の技を使っても、彼を倒せなかった。

 中臣静馬――さすがに騎士を名乗るだけはあり、凄まじい剣の使い手のようだ。

 だが、相手を認めたのは、静馬も同じであった。獰猛に気迫を震わせながら、その刃を脇流しに構えた。その瞬間、空気がひりつく。


「それが、静馬さんの本来の構え方、ですか……?」

「さてな。だが、自分はこの構えが好きでね」


 涼しげに言った彼の口元が、優雅に弧を描く。

 いっそ上品にも思えるが、その周りに纏った気迫は、剣呑。触れたら斬れるような、空気のひりつきを周囲にまとっている。

 空也は口元に苦々しさを宿しながら、すっと木刀を顔の横に構える。

 地面と平行――目元で、横に構える、霞の構え。

 互いが、得意の構えを見せる。視線が行き交い――自然と、口上が浮かぶ。


楊心流ようしんりゅう皆伝――中臣静馬」

呼影流こえいりゅう中伝――松平空也」


「――参るッ!」


 二人の声が木魂し、両者は同時に地を蹴った。

 彼我の距離が、瞬く間に消し飛び、二人の刃が激しくぶつかり合った。正面からの激突に気迫の火花が散り、乾いた木の音が空に響き渡る。

 間近で浮かんだ笑みが、交錯する。瞬間、静馬の身体が引く――。

 それに体勢が崩れかける、空也。そこに木刀を振り上げた静馬が、刃を真っ向から振り下ろす。それを、空也は避けない。

 前に泳いだ身体をそのまま、空也は瞬時に踏み込み、静馬の胸を狙う――。

 寸前、その瞳に、木刀の切っ先が映った。


(な――にッ!?)


 振り下ろすと見せかけ、踏み込んでいる相手の前に刃を据え置いたのだ。

 自らそれに打たれる直前、空也は身を捩り、間一髪、刃を躱す――。

 だが、体勢が崩れた。致命的な隙を逃さず、静馬は踏み込みながら斬り込み――。

 咄嗟に、身体を仰け反らせた。

 その鼻先を掠めて、蹴りが一閃される――ちっ、と空也は舌打ち。


「今のは誘い出せたと思ったんですけどね……っ!」


 身を捩りざま、地を蹴り飛ばし、その勢いで側転――蹴りを放った。

 静馬の迂闊な踏み込みに、炸裂するかと思ったが――。

 側転の勢いで体勢を立て直しながら、霞の構えで、空也は苦々しく吐き出す。


「化け物染みた、反射神経ですねッ! 静馬さん!」

「それはお互い様だろうッ!」


 刃が再度ぶつかり合う。空也の突きを、静馬が跳ね上げる。そのまま、静馬は鮮やかに刃を返し、唐竹割に振り下ろす。それを、空也は刃を寝かせて受け止める。

 だが、その衝撃は軽い――静馬の刃が弾かれるや否や、流れるように円軌道を描き、横一文字に薙ぎ払う。

 それを、空也は読み切る。十分、後ろに跳んで躱しざま、頭上で返した刃は最上段。

 そのまま、振り下ろす――と、見せかけた、上段突きが静馬の頭を狙う。

 その直前、静馬の身体が沈み込んだ。木刀がその頭上を空ぶる。そのまま、静馬は脇に流した刃を、袈裟懸けに空也へ斬り上げる。空也は後ろに重心を移しながら、手首を返す。

 順手から逆手にスイッチ。胸の前で、刃をかざす――。

 木刀が激突――瞬間、静馬が眦を裂き、吼える。


「おおおおおおおぉぉッ!」

「な――ッ!?」


 瞬間、下からの斬撃が、空也を押し上げて吹き飛ばす。だが、咄嗟に合わせて地面を踏み切っていた。勢いを狩り、後方宙返り。

 サマーソルトキックで、静馬を狙うが――さすがに、後ろに跳んで躱している。


(二度目は通用しないか……ッ!)


 空也は歯噛みしながら着地。その着地ぎわを狩るように、静馬の最上段からの唐竹割。刃をかざした受け止めた瞬間、みしり、と手の中で不気味な音が響く。

 木刀が潰される直前、空也は傾けて刃を流す――だが、静馬は一瞬で刃を返す。

 脇流しに構えた刃――逃げ、切れない。

 木刀でガードした瞬間、そのガードごと吹き飛ばすように、刃が薙ぎ放たれた。


「が――ッ!」


 脇腹にめり込む、衝撃――横に弾き飛ばされる。

 呼吸が止まりかける。それでも、身体は地面に叩きつけられるなり、反射的に受け身を取っていた。跳ねるように起き上がりながら、息を荒げる。


(くそ、モロに食らっちまった……辛うじて、一本は回避したが……)


 息が継げない。肋骨が焼けるように痛む。腕もしびれるようだ。

 絶対的な強さに、心が折れそうになる――目の前の、男はそれだけに強い――。


(だが、それでも――それでも……っ!)


「止まらないんだな。空也」


 その静馬の視線は、剣呑でありながら優しさを含んでいた。包み込むような眼光で見つめ、彼は悠然と脇流しに構える――最後まで、彼は本気で立ち合ってくれる。

 苦笑いと共に――胸の芯が、熱くなってくる。

(ああ、嬉しいな……ここまで、心行くまで、戦えるなんて)

 震えを押し殺す。木刀を握り直す。息を整える――。

 そして、正眼に構えながら、空也は静馬を見つめ返した。


(彼に真っ向から勝てるはずはない――打てるとすれば、一手)


 身体がある。信念がある。刃がある――そして、好敵手がある。

 体力は一握り。それだけで、十分だ。

 最後に一言、彼と刃で語り合うには――十分すぎるぐらいだ。

 静馬は言葉なく構える。気迫は揺らぐことなく、ただ穏やかに力強くある。その手強い感触に、空也は心からの笑みを浮かべて、刃を顔の横で寝かせる。

 静馬も笑い返し、目を細めた。刃を上にして、鞘に封じるように構える。

 霞の構えと、居合抜刀術の構え。互いの、最後の構え。


 そして、彼らの、最後の一撃が始まる。


 静馬は滑るように駆け出す。間合いを一瞬で詰める――空也は、動かない。

 その彼に向かって、静馬は刃を抜き放った。踏み込みの力を込めて、大振りに横薙ぎに斬り払う――瞬間、空也は膝の力を抜いた。

 それだけで、後ろに置いた重心に向かって、身体が滑る――。

 目前で、空を裂いた横薙ぎ。だが、空也の動きが、ぐらりと揺らいだ。

 意識的か、無意識の隙。だが、静馬の剣士の嗅覚が、それを捉える。

 薙ぎ払った刃を瞬時に返し、両手突きに移行。防御ごと貫く、豪速の突き――。

 その瞬間、空也の口角が吊り上った。


 その空也の手から、木刀が抜け落ちる――。


「――な」

 静馬の、突きがわずかに鈍った。その瞬間に、空也は鋭く動いた。

 わずかに半身になりながら、突きをかわす。そのまま、その木刀を掴む静馬の両手を、空也は片手で掴んで引っ張る。

 そのまま、右腕の肘で相手の方を挟み込むように捉え、身を回して懐に滑り込む。

 まるで、静馬を担ぎ上げるような体勢。そのまま、空也は静馬の勢いと共に、腰で彼の身体を払い上げ――そのまま、地面に叩きつける!


「が――はッ!?」


 変則的な、一本背負い――凄まじい勢いで叩きつけられ、静馬が苦悶に呻く。

 その隙を逃さずに、首を足で締め上げるようにホールド。立ち上がらないように絞め技を掛け――荒い息と共に訊ねる。


「これで、一本、でしょうか」

「あ、はは……参った、参った……一本取られた」


 その力ない言葉と同時に。


 周囲から凄まじい歓声が湧き上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る