第一章 剣士と騎士

第1話 大草原での出会い

 眩い光に包まれ、気がつくと空也は草原に立っていた。

 見渡す限りの、大草原に――思わず、呆気にとられる。

(え――マジで、異世界?)

 参り過ぎて幻覚を見た、と思ったら――今度は、夢だろうか? ぺちぺちと頬を叩くが、痛覚がある。夢では、ないらしい。

 涼しい風が吹き抜け、思わず目を細める。心地よい風だ。

 遮るものが何もないが故の、涼しい風――そこで、はたと空也は気づく。


「しかし――異世界に来た、として……え? こんなところに放置?」


 地図だけでもないかな、と辺りを見渡す。結果、落ちていたのは――太刀。

 古びた太刀が、足元に一本転がっていた。

 抜いてみると、片刃が剣呑な輝きを放つ――表裏一体の、独特な刃紋。一目の見るだけでも、かなりの業物だと分かる。だが、銘はない――。

 丸腰だと心許ないのでその太刀を腰に帯びたが、それ以外に何もない。


(――アフターケアなし、か……いや、まあ、上等)


 この世界のどこかに、真紅がいる――そう思うだけで、気力が湧いてくる。

 ひとまず、この世界も太陽があるようなので、大まかに方角を確認する。日はすでに高い。正午近くと考えて、南の方向を把握。

 この異世界が同じ方角であるとは思えないが、ひとまず南を目指すことにする。


 進む、進む、進む――。

 見果てぬ草原の地平を目指して歩いていくが――何も、見当たらない。日差しを遮るものもないので、汗がじわじわと湧き出す。

 道着の袖で、汗を拭いつつ、突き進むと――遠くに、何かあることに気づく。

 木々と小さな小屋――その周りに、人がいる。数人が、焚き火を囲んでいるようだ。


(良かった――人がいる)


 そこの方に歩いていくと、向こうも気づいたのか、空也に視線を向けて近寄ってくる。

 その様子が、少しおかしいことに、徐々に空也は気づいた。

 身なりが薄汚く、手には棒らしいものを持っている。そして――五人ほどの男が、包囲するように、輪を広げて近づいてくるのだ。

(これってもしかして――)


「おう、小僧――死にたくなきゃ金目のもの出しな」

「――盗賊、っすか」

「おうよ、俺たちは泣く子も黙るリッキー盗賊団だ」


 マジかあ、と空を仰ぐ。不幸中の幸いは、言葉が通じること。

 だが、その幸運を差し引いても、お釣りがくるレベルの不運さだ。囲い込んでくる盗賊たちを睨みながら、腰の太刀に手をかける。

 あまり、暴力沙汰は避けたいけど、四の五の、言っていられる場合ではない。

 命あっての物種。もう、迷わないと決めたのだから。

 空也は深呼吸し、構えを取ると、盗賊たちも棍棒を構えて目配せし合う。

 一触即発の、空気――それを破ったのは、盗賊の一人の妙な声だった。


「――おい、何か聞こえねえか?」

「あん? 何を――いや、聞こえる……!」

「くそっ、馬だっ! 連中が来やがった!」


 不意に盗賊たちが包囲を崩し、慌てたようにその場から駆け出す。遅れて、空也も気づく。規則正しい、地を叩く音――。

 そちらに視線をやれば、そこには数頭の馬が、人を載せて駆けてくる。

 猛然とした姿に、盗賊たちは泡を食った様子で駆け逃れていく――思わず、立ち尽くしていると、そこに馬が駆け寄ってきた。

 乗っていたのは、甲冑姿の、年若い青年だった。精悍な顔つきの男が、空也を一瞥すると素早く後ろに続いた騎士たちに告げる。


「盗賊を追え。私は、この青年の様子を見る――」

「はっ!」


 甲冑の戦士たちは、馬を走らせて盗賊を追いかけていく。それを見届けてから、甲冑の男性は馬から降りて、空也に歩み寄った。


「あ、あの……ありがとうございます」

「盗賊に襲われていたようだね。大事はないかな?」

「は、はい、なんとか……貴方は?」

「騎士団の者だ。キミは――うん、どうやらカグヤの国の者らしいが」

「カグ、ヤ?」


 思わず聞き返すと、甲冑の青年はわずかに眉を寄せた。日本人らしい顔つきに怪訝そうな色合いを浮かべつつも、手を差し伸べる。


「馬には、乗れるか?」

「い、いえ……」

「なら、手伝おう――鞍を、掴んで」


 フォローされながら馬に乗せられる。その前に、ひらりと青年は跨った。


「腰を掴んで構わない――今から、自分たちの野営地に向かう。そこで、詳しい話を聞こう。ああ、そうだ。キミの名前は?」

「松平空也、です」

「空也か。いい名前だ。自分の名は――中臣なかとみ静馬しずま。気軽に静馬と呼んでくれ」


 彼は晴れやかな笑みでそう笑うと、馬の腹を軽く蹴った。

 これが――この世界で初めての出会いで、いずれ、この運命の巡り合わせに感謝するようになるとは、このとき、空也も静馬も思いもしなかった。

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