不登校少女とサボりの少年

平石永久

第1話 不審な出会い

 俺は車窓の流れる景色をぼんやりと眺めていた。

 学校に向かう途中の電車内。通っている学校が田舎にあるので、ほとんどの乗客とは次の駅でお別れだ。


「……なんだかな」


 ため息と小さく言葉がこぼれる。

 自分は普通の高校生だと自負している。だけど、本当にそれでいいのか迷うときもある。

 学校へ行き、友人とダベリ、家に帰る。

 代わり映えのしない毎日。当たり前の日々。それだけじゃ、なんだかつまらない。


「よしっ」


 席から立ち上がった俺を不思議そうに眺める同じ高校の生徒。学校に行くにはあと二駅を越さなければいけない。

 でも、俺は今の停車駅で降りることにした。理由なんてない。あえて上げるなら学校をサボってみようという好奇心だ。

 大勢が降りていく流れに乗じて扉から外へ出る。


「……やっちまった」


 行動に移してからすぐに後悔が押し寄せてきた。

 目の前を通り過ぎていく電車を見送りながら、俺は少しだけ駅のホームから動けなかった。

 だけど、両手で頬をピシャリと叩いて気合を入れる。

 ここで挫けてたらサボった意味がない。


「行くか」


 心臓はバクバクで誰かに見つからないかと不安で仕方がなかった。

 周囲を警戒しながら改札を抜ける。傍から見れば挙動不審な人物だろう。

 ちょうど今は夏服だから、どこの学校かは分かりにくいはず。


「せーんぱい」


 街へ繰り出そうとして、いきなり知り合いに見つかったかと飛び上がりそうになる。

 しかし、振り返った先にいたのは黒い帽子を被った見知らぬ少女だった。


「……誰?」


「その制服、東高校のですよね?」


 問いには答えず、彼女は俺の足元とネクタイを指差してきた。


「いや、俺は――」


「そして、そのネクタイは二学年のもの」


 反論をする暇も与えず、少女は俺の顔を覗き込んできた。


「学校、サボっちゃったんですよね」


 彼女は何もかもお見通しというような雰囲気だったので、俺は思わず言葉に詰まった。

 帽子でよく見えなかった彼女の表情をまじまじと見てしまう。いたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべていた。

 上は草色のパーカー、下はジーンズというカジュアルな格好をしている。少女の背中ほどまで伸ばされた髪が女性らしさを印象づけていた。


「どうして、分かったんだ?」


「あれだけキョロキョロしてたら嫌でも目につきますよ」


 どうやら改札を抜けたところを見られていたらしい。

 それにしたって話しかけてきた理由がわからない。


「今日一日、私と一緒に遊んでくれませんか?」


「え?」


 言っている意味がよく分からず、俺は間抜けな声を出してしまう。

 遊ぶ? 俺が? この娘と?

 態度が気に食わなかったのか、彼女は頬を膨らませた。


「学校が終わるまでの間、私と時間を潰しませんかって言ってるんです」


「なんで?」


「一人より二人の方が楽しいと思いませんか?」


 その考えは多数で遊ぶのが好きな人間の理屈だ。

 俺はどちらかと言えば一人で寂しく過ごすのが性に合っている。


「なんとか言ってください」


 今度は不安げに少女が顔を伏せる。

 しかし、それも束の間のことだった。


「もう、行きますよ」


 どこか苛立たしそうに彼女は俺の手を掴む。その手はかなり汗ばんでいた。


「行くって、どこに?」


「遊べる場所にですよ」


 俺は諦めに入っていた。

 どちらにせよ、今日一日は学校を休むのだ。せっかく学校をサボったわけだし、とことん行けるとこまで行こう。

 ここで重要なことに気付いた。


「そういえば、名前」


「えっ」


「名前を聞いてなかったと思ってさ。俺は三代海斗みしろかいと


「私は……」


 彼女は言葉に詰まって、それから少しして顔を上げた。


進藤雪子しんどうゆきこです」


 名前を告げるときの彼女の顔は、どこか気迫があって不思議と見つめてしまった。


「どうかしましたか?」


 雪子はきょとんと俺を見返してくる。


「どこに連れて行ってくれるんだろうと思ってさ」


 俺は目を合わせないようにしながら答える。

 初対面の女の子に見とれていた、なんて言えるはずもなくごまかした。


「任せてください! こういう状況も想定済みですから」


 女の子に手を引かれて歩くなんて想定してなかったぞ。


「あ、でも」


 俺の手を離して雪子は振り返った。


「色々見て回る前に、先輩の服装をどうにかしましょう」


「服?」


「夏服とは言え、制服だと目立ちますからね」


 制服で街に繰り出したら、学校はどうしたのかと思われてもおかしくはない。


「どうにかって言ってもな」


 着替えなんて持ってきていない。あったとしてもジャージくらいだ。


「任せてください。私と同じ――そう同じ感じにしましょう」


 雪子は勢い良くまくし立てると再び俺の手を引いて歩き出した。

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不登校少女とサボりの少年 平石永久 @Hiraishi_Nagahisa

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