第2話
勇気を振り絞って言ってみた。ずっと気があったんだ。リリーにきっかけをもらったことになる。
「なっ、クロード!! いきなりすぎるだろ……」
お互いすごく久しぶりに名前で呼びあった気がする。
「住む? 住まない?」
「住む、住んでやる! ただしあのボロ屋は絶対嫌だからな。ちゃんとした家を用意するなら一緒に住んでやる」
これはつまり……成功だ。
「任せとけ。素晴らしい物件を全力で探そう」
気合いが入る。さて今から不動産屋に行かなくては。
「その、なんだ。不動産屋は私も一緒に行かせてくれ。私も店ごと引っ越したい。今は手狭だしな」
「分かったよ」
嬉しい。涙が出そうだ。でもなんか忘れているような……
「ご主人様は色ボケなのですか? そしてエマ様とご結婚されるのなら私はどうなってしまうのでしょう。ご主人様の玩具となってあんなことやこんなことをされてしまうのでしょうか」
ヤバい…… 二人の空間に浸っていたら、当初の目的をすっかり忘れていた。それにリリーの言ったこと途中からはおかしかったが、前半は確かに的を射ている。
リリーはどういう扱いになるんだろうか。養子? 愛人? メイド?
「どうだっていいんじゃないか? お前がどういう経緯であれ買った奴隷だ。どう扱おうとお前が決めればいい。私はお前が決めたことに対しては口を挟む権利もないしな」
そう言われると余計に難しい。普通奴隷ならば、ひどい扱いにされるのは当たり前とも言える。
それでも俺としてはこの国では異質と思われても、邪険には扱いたくない。
「リリー、俺と、俺たちと家族になってくれないか?」
「本気ですか? 私は奴隷ですよ。それを承知の上で仰ってるなら私にはその思考が理解できません」
これが普通の反応だ。いくらリリーが変態的で横暴な言動ばかりしていると言ってもやはり奴隷という立場はしっかりと認識しているようだ。あれら発言は苦しさを紛れさせるためのものなのかもしれない。
「正気だ。もしリリー自身が望まないなら無理強いはしない。望まいからといって追い出すことも売っぱらうこともしない」
「そんなの私に選択権なんてないじゃないですか。鬼畜クソ野郎のご主人様が考えそうなことです」
おいおいおい! 暴言がさらにひどくなってるんだけど? 俺、結構優しく言ったよね。なんでそんなに怖い言葉浴びせるの。お兄さんいい加減心折れちゃいます。
「リリー、クロードだって何も今すぐ決めろって言っているわけじゃないんだ。ゆっくり決めればいいさ」
エマは優しいなあ。ただ俺をかばう優しさも欲しいのです。お願いします。
ここで一句読んでみよう。
俺の心 壊れゆくのは 誰のせい
むー、微妙どころか駄作だった。
「でもどんな選択肢を取ってもご主人様は獣のように私を襲うのでしょう? 嫌な人ですね」
「リリー……俺は心が折れそうだよ」
「よかったです。心が折れて。きっとら新たな嗜好が開拓されるのではなですか?」
「ないから! 絶対ない!!」
即答だよこんなもの。俺にはマゾの要素なんてないぞ!世の中には踏んでくれたらご褒美ですとかいう中々にクレイジーな変態紳士も存在するが、あいにく俺はその領域には足を踏み入れたくない。
「そうは言ってもお前本当は私に何かして欲しいと思ってるんじゃないか?」
介入してほしくない奴が介入してきた。
「やはりご主人様はそう言った趣向を現時点でお持ちなのですか?」
「多分持ってるだろ。男は多かれ少なかれHENTAIの要素を持っているか らな」
男に限らず生物なら女だって多少はあるだろ。俺は言わない。言ったらセクハラじゃい。
「そうなんですか。ご主人様はどうしようもないのですね」
しかしよくこんなに暴言がスラスラと出てくるよな。こいつ今まで何してたんだろ。
「沈黙は肯定ですよ」
「そんな使い方初めて聞いた」
もう少しシリアスな状況下で使う言葉かと思ってた。
「おや、そんな趣味が本当にあったのか。なら私には興味がないということになるな」
おい、なぜ咳払いをするんだ。エマは何を言う気だ? とても嫌な予感がする。
「あたし、ちょっぴり寂しいな」
嫌な予感的中。率直に言って吐きそうだ。普段絶対に言わない言葉を言うなんてひどい。
「あー、言わない方が確実にいい。なんと言うかお前がお前じゃない気がきてな」
傷つけないように言ったつもりだがどうだ?
「ほう、私を気持ち悪いと言うか」
「大丈夫です。気持ち悪いのはエマ様ではなくご主人様です」
話をややこしくするのはやめい。どう答えていいか分からんのですが……
誰か教えてくれるなら教えて欲しいものなのです。
「うむ、よく言った!! 私よりこいつの方がよっぽどいかれた奴だ」
さっきまでの俺の感動の告白を返せ。
「二人ともその辺にしといてくれるかな? 話がちっとも前に進まない」
エマはケラケラと笑ったがリリーは軽く舌打ちする音が聞こえたぞ。こいつら絶対俺の反応を楽しんでたろ。
「それで次は何をされるのですか?」
「本当は違う店に行きたかったけど、さっきのことで予定変更したい。エマが大丈夫なら不動産屋にいこうと思う」
「早速愛の巣を構えようと言うわけですか。甘くて甘くてそれこそ砂糖を溶かしたみたいにトロトロです」
ん? 砂糖って結構高いし、とかしたものを見たことがあるやつなんて少ないような気がする。こいつ一体……
「そんな風に言ってくれるなんて嬉しいじゃないか。よし、クロードさっさと不動産屋に行くぞ」
「誘っておいてなんだけど、店は大丈夫なのか?」
エマの店はなんだかんだ言っても繁盛している。そんな店を一日潰すかもしれないことにつき合わせて少し申し訳ない。
「あ? お前と一緒に暮らす家探すのにどうして今すぐしないんだ?」
「そりゃどうも」
「お二人は昔からこんな感じだったのですか?」
「いや、まあその……」
「事実ですか。よく今まで結婚をされませんでしたね」
いや仕方ないじゃん。というかさっきのやりとり見てたらなんとなくわかるはずなんだけど。
「ほらクロード何をしている。さっさと行くぞ!」
エマが俺の手を強引に引っ張った。リリーは…… 大丈夫だ。ゴミを見るような目をして俺たちについてきている。
「リリー、そのふてぶてしい目をやめてくれないか?」
言ってしまった…… リリー、頼むから俺の傷に塩をつけた上で、ナイフで広げようとしないでくれよ。
「ご主人様は汚いものを純粋な眼差しでみることができますか?」
自分の感がていたことはフラグだった。そして、そのフラグは見事に回収され俺の傷はさらに傷ついた。
クロードノココロノタイキュウハ1ニナツタ
最悪じゃねえか。誰だよ俺の心の耐久が1になってとかいうやつは。言っとくがこれは俺じゃないぞ。
「何一人でブツブツ言っているんですか気持ち悪い」
「分かったから少し黙っておいてくれないか。俺も心の傷を癒す時間が欲しい」
「では少しの間黙っておきます」
「クロード頑張れよ。少なくとも私はお前の味方だからな」
手を引いていたエマはなんて優しいほだろう。涙出ちゃうよ。冗談でもなんでもなく。
「エマ君は最高だ!!」
「……」
無視された。ひどい扱いだから断固抗議したい。ん? エマの顔が赤いような気がする。
「この天然鈍感野郎……」
「ご主人様は乙女の心をわかっていらっしゃらないのですね。それをわかった方がよろしいかと思いますよ。でないとあんなことやそんなことでしか興味を引くことができなくなりますからね」
「そんなにわかっていないか」
「分かっていませんね。本当に気色悪い人たちよりは数百倍マシではありますが」
リリーの言う気色の悪い人とは一体。ま、なんにせよエマは少し機嫌がわるくなってしまったしどうしたらいいんだろうなあ。
「さあてエマ、不動産屋言ったら俺のおごりで飯食いに行こう。なんかあった時は美味いもん食って水に流してしまうのが一番だ」
こんは時は飯が一番。どこ行こっかな〜
「クロードはずるい。私が断れないことを利用してそんなこと言っているのだろう?」
ん? 頬が染まっているぞ。こりゃ成功かな。
「いや、そんなことないけど? ただ一緒にご飯食って笑いあいたいだけだよ」
「よし、不動産屋にさっさと行こう」
エマが駆けだしたぞ。あれ、意外に早い。走らないといかんか。リリーは、大丈夫そうだ。メイド服を汚さないように丁寧かつスピーディーに走ってる。そんな技術どこで会得したのかな。
「不動産屋だな」
「おいお前はあんなに走るの速かったか?」
「これだよこれ」
そう言ってエマに見せられたのはどう考えても走る速さを少しあげる補助具だった。ずるい道具だ。
「どうりで速いわけだ。少しおかしいと思ったよ」
そしたらこの女なんて答えたと思う?
そりゃどうもって笑ったんだ。そりゃ魅惑的でしたよ。
「ご主人様、さっさと不動産屋さんには入らないのですか? 周りの人に迷惑になります」
真っ当な指摘ありがとう。
「ごめんください」
「いらっしゃいませ、こちら恋愛脳カップルは絶賛お断りしております不動産屋でございます」
こういうふざけたことは無視するのが一番。この不動産屋はふざけてはいるが結構世話になっているし、なかなかやり手だ。
「今日は新しい家を見に来たんだが、いいのを見繕って欲しい」
「私の話は無視ですか…… まあいいでしょう。それでどのような物件をお求めで?」
「店舗の家のついた物件だ。賃貸、購入どちらかは問わない」
金は足りるだろうか。
「お店の方はどの程度の広さがよろしいのでしょうか?」
これはエマが答えた方がいい。
「そこそこ大きいのがいい。正直現地を見てみないとなんとも言えない」
あまりあてにはならなかった。
「予算は?」
これくらいです。おや、エマも出す? なら結構いいの買えるかもしれない。
「ご主人様、地下室はいらないのですか?」
「地下室? あって損なことはないだろうけど、どうして?」
「私に、ひどい屈辱を与えるための部屋です」
……やりやがったこの娘。耳を引っ張ってやろうか。
「クロード様はとうとう犯罪者になろうというのですか?」
ほら、デシャヴですよ。服屋、雑貨屋、不動産屋で全く同じような反応をされてしまったではないか。
「誤解、誤解ですよ!」
必死に弁明するのは例に漏れず大変だった。
「なるほど、それはそれは。さて、物件もいくつかおすすめがございます」
図面で見せられた。
1軒目
「随分と大きいな」
店舗スペースも今のエマの店の二倍ほどある。住居だって10人は住めるくらいには大きい。
「だけど、街の外れ。あの店の顧客的にはあまり街の外れには店を構えたくない」
「だな」
2軒目
「今度は普通だな」
店も今のエマの店とそんなに変わらないし、位置だってそうだ。
住居はまあ普通だな。家族4、5人程度が住むくらいの大きさかな。
「店を広げたいのに今と同じなら意味がない」
「そうか」
3軒目
「今度は大きいな」
図面上は最初の二軒よりいい。だが
「高すぎる。私たちの持ち金ではとてもじゃないけど無理」
俺たちの用意できる予算の三倍の値段だった。
「こう考えるとなかなか難しいな」
「私どもの方でクロード様のご要望に一致する物件は以上になります。もうこの際、自分たちで立ててしまった方が良いのではないでしょうか?」
明らかに一軒予算を大幅に超過した物件があった気がするがこいつ土地を買わせるために見せたんじゃないだろうな。
「いい土地があるのか?」
いや、流石にこの不動産屋と言えども街中にそんな都合のいい土地は空いてないだろう。
「それがね、あるんですよ。闇金があったところなんですがね。結構ひどいことをしていた闇金なようで、その土地を買いたいという人がいないもんですから、かなり格安でたたき売りされているんです。街の中にもありますし広さも十分です。闇金があったことを気にされないなら、オススメの土地ではあります」
「闇金……」
おかしい、なんか記憶にあるぞ。最近闇金がらみの仕事をしたような……
「その闇金が潰れた理由は?」
「あまりにも悪質なものですから、役所に目を付けられましてね、それで調べられたらしいのですが、不正が出るわ出るわであっという間に関係者に賞金がかけられまして、それで潰されたというよくある話ですよ」
いや、そんな頻繁にはないと思うよ?
「クロードの関係している案件だったりしてな」
「はは……図星です。一番最後にボスを捕まえましたが、その超高額賞金でリリーを買いました」
「……賞金はどれくらいだったんだ?」
「これくらいです」
相当に高くて不動産屋に提示している予算よりあったりする。よく考えたらそんなに高いリリーって一体何?
「バカじゃないのか? リリーには申し訳ないが金の使い方が悪すぎる」
「ご主人様はお金の使い方も悪いなんてダメ人間なんですね」
リリー参戦。僕の心は氷の張った湖に浸されている気分です。
「ま、まあその辺にしていただいて現地をご覧になりますか?」
「行こう」
「では早速」
徒歩で行くらしいが、やっぱりちょっと歩くな。エマは楽しそうだが、ちょっと気になることがあるんだよな。
「聞きそびれていましたが、ご主人様のお仕事ってなんなのですか? はっ、もしかしなくても無職!?」
リリーが唐突に聞いてきた。期待通りにいかなくてすまないな。
「あいにくと無職ではない。冒険者、賞金稼ぎ、その日暮らし、日雇い、様々な言い方はあるが、そう言う類の仕事をしてる」
「クロードはそれの上位層にいる部類。だから稼ぎもかなりいいと思うぞ」
いやあ、それほどでもお。へへへ、エマに褒められちゃった。
「気持ち悪い顔すんなバカ」
ごめんなさい…… 調子に乗りました。
「お二人は本当に相変わらずですね。そんな仲の良い姿を見せられていると和みますからもう少し見ていたいのですが、目的の場所に到着しましたよ」
リリーよ話をそらすでない、と言いたいが、目的の場所についたというならしょうがない。ここは言葉を胸のうちに収めておこう。
土地はすでに建物がなくなってが来たことがある。これほ少し前に俺と仲間で突撃した闇金業社だ。
「場所自体は結構いいじゃないの。土地も広いしね。通りにも面してるとは闇金もここに建てられる金があるとは意外」
「色々な収入源があるんだろうさ」
闇金だからといっても利息だけではないだろう。恫喝やら何やらの不法行為もしていたはずだ。
「私はここで構わない。むしろここほど良物件もそん簡単には見つからんだろう」
「エマが問題ないならここにしようか。リリーもそれでいいか?」
「なぜ、私に聞くのでしょう? 別に私が決めることではないと思いますが」
「そうかい」
もうちょっと良い反応して欲しいんだけどな。だが暴言は嫌だ。
「ではクロード様、契約されるという方向でよろしいでしょうか?」
「お願いします」
さて、どんな作りにしようか。ここから忙しくなりそうだ。
「エマ、間取りとかはしっかり話し合おうな」
「言われなくてもそうする。お前に任せておくと、ロクでもないものができそうだからな。リリーも関わらせるがいいだろう?」
「私も参加してよろしいのですか?」
「言いに決まってるじゃないか」
参加してくれなきゃ困るよ。エマはそこのところよく分かってる。そうだというのに、なぜリリーは顔を赤くしているんだ?
「なら私はご主人様にあんなことやこんなことをされることはないのですね? よかったあ」
それは顔を赤くしていうことなのか俺には分からない。だが一つだけ言えているのは、俺は絶対にそんなことはしないんだからね!!
「クロードの心の声が気持ち悪い気がするのは私だけではないな」
げっ、なぜ分かった。……ああ、エマはこういうことを感じ取るのが敏感なやつだったな。忘れていたよ。
「と、とりあえず家を建てる場所も決まったしこれから楽しくなりそうだな」
「私もそう思うよ。まだ間取りも決まっていないが、一緒に暮らせるんだなんて夢を見ているみたいだ」
「私はご主人様に優しくしていただければいいです」
リリー、俺は十分優しくしているぞ。
「今更だけど、二人ともこれからよろしくな!」
「ああ、長い付き合いになりそうだ」
「襲われないことを祈っています」
リリーは無視しておくとして、エマの言うことはその通りだ。これからの生活が
朝起きたら奴隷がいた 藤原 @mathematic
★で称える
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