第6話 決断
御前儀式の礼当日――夕刻。
僕、父さん、そして優佳さんの三人で、ミカ姉ちゃんの墓前に手を合わせていた。
僕は、父さんと優佳さんにミカ姉ちゃんについて聞こうかどうか悩んだけれど、やめておいた。ミカ姉ちゃんが、なぜ真音しか知らない場所に、その事実を綴ったものを隠したかということを考えれば、答えが見えていたような気がするからだ。
父さんと優佳さんは、今、何を考えていのだろう。
申し訳ない。と思っているのだろうか。それとも、なぜ? と思っているのだろうか。
僕は、二人より少し先に頭を上げゆっくりと深呼吸をする。
ミカ姉ちゃん、僕の心は決まったよ……
そう。それなら、あなたの思った通りに動きなさい。大丈夫。お姉ちゃんがついてるわ。
僕と父さんたちの間を吹き抜けていった風が、僕の決断を後押ししてくれたような気がした。
僕たちは、そのまま儀式の行われる崖の前まで移動した。この日は、普段より少しだけ風が強いような気がした。
それこそ、そこに荒ぶる“何か”が控えているかのように。
「さて、そろそろ時間だ」
父さんは、厳しい口調で僕のことを見据え言葉を放った。
「我ら彦星の家と、織姫の家の両家を災厄から救うべく、勇敢にもこの地において、その命を捧げんとする若者の心意気、その御目にかけて下さりますよう、彦星当主してお願いいたします」
父さんが、崖の底に口上を読み上げると、突然、強烈な風が目の前を吹き荒れる。
まるで、何かに怒りを示すかのように。
「颯太……最後にはなるが、何か言い残したことはあるか?」
父さんは厳しい口調を一変させ、優し気な口調で話しかけてくる。穏やかなのは口調だけで、その表情は決して穏やかなものではなかった。
それは優佳さんも同様で、目元には、うっすらと光るものが見えた気がした。
「…………」
僕は、ゆっくりと目を閉じ自分の中にある答えをゆっくりと手繰り寄せる。
真音の想い。ミカ姉ちゃんの願い。そして、僕自身の決意。
この決断は、僕自身が思い、考え、導き出したものだ。
その道は、いばらの道かもしれない。それでも僕は、後に残された者として結果を出さなければならないのだ。
僕は父さんの問いには答えずにゆっくりと、崖の端まで歩みを進める。
そして、直前で足を止め言葉を紡いだ。
「ごめん。僕は、ここから飛ぶことはできない…………」
「「…………」」
父さんと優佳さんは、僕の言葉に驚くこともせず、ただ、ぼんやりと僕のことを見つめていた。
「僕には、まだやるべきことがあるんだ。先に逝ったミカ姉ちゃんの分も」
すると、優佳さんは肩を震わせて膝から崩れ落ちる。
「そうか……」
父さんはゆっくりと、僕のそばへと寄ってくる。そして、その手で僕の肩を――
「止まりなさい!!」
刹那――崖の底まで届きそうなほど怒りのこもった声が、辺りに響き渡った。
その声に反応した父さんは、手を引っ込めた。
「真音! どうして……」
優佳さんが、怒号のしたほうを見て驚きの表情を浮かべていた。
「お兄ちゃん! そこから離れて!!」
「う、うん……」
僕は、父さんがあっけにとられているうちにその横をさっとすり抜け、真音のもとへと走った。すると、真音は僕に思いきり抱きついてきた。
「よかった。間に合って……」
「真音。なんでここに?」
「なんでって、お兄ちゃんから返事をまだ聞いてないからに決まってるでしょ?」
父さんと優佳さんは、僕たちのやり取りを何が起きたか分からないといった様子で見ていた。
「そうだ。せっかくだから、今ここで教えてほしいな。お兄ちゃんの……いや、颯太の答えを」
父さんと優佳さんは、この言葉で察したのか、視線は僕のほうへと移った。
どうやら、言うしかないらしい。
僕は一度、ゆっくり深呼吸をしてから真音の目を見つめ言葉を発した。
「僕は、真音とこれからも一緒に過ごしたい。僕たち二人で、これからの未来をつくりたい。返事は少し遅くなってしまったけれど、僕は、真音のことが好きだ」
はっきりと僕はこの場にいる全員の前で宣言した。
それは同時に家の伝統を捨て去るということを意味していた。
「ありがとう。颯太。ちなみに聞くけど、それはお姉ちゃんに言われたからってわけじゃないんだよね?」
その言葉に優佳さんが反応する。
「それって、どういう? なんで美奏のことを?」
「まず、真音の問いに答えるとするなら、答えは、僕自身で出した。ミカ姉ちゃんは関係ない。僕自身が、真音と一緒に居たいと思えたからこその答えだ」
そして、僕は優佳さんに、ミカ姉ちゃんが亡くなってからの今年までの毎年見ていた夢について、そして、今年の最後の夢でミカ姉ちゃんにようやく出会うことができたという話をした。
優佳さんは、そのまま泣き崩れミカ姉ちゃんの名前をひたすらに呼び続けていた。
きっと、優佳さんも悩み続けていたのだろう。
最後に僕は、父さんのほうを見つめる。
「ごめん。父さん。そういうことだから、この儀式を挙行することはできない」
「そうか……」
「僕たちは、これから先、同じような悲しみを生まないようにするためにも、前に進まなければならない。真音となら、出来る。いや、やってみせる。僕たちがこの伝統にある悲しき因果を断ち切る」
僕は、初めて父さんに対して家のことで意見をした気がする。このように考えられるようになったのも、真音という存在があってこそだろう。
「そうか。俺たちは、間違っていたのかもしれないな…………」
父さんは、ゆっくりと泣き崩れた優佳さんのもとへと寄り、肩を抱いた。
この日以降、御前儀式の礼が行われることはなかった。
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