第4話 真実と告白

 僕は、ミカ姉ちゃんの残したレポート用紙の最後の一文字まで読み進め、その場に崩れ落ちた。


「ミカ姉ちゃんのお父さんが……僕の父さん、だって?」


 真音は、僕のそばに寄り添い、背中に手を置く。真音の手の温かさが僕の心を動揺した心を鎮めてくれる。


「うん。私も、それを見た時、正直驚いたよ。でも、お姉ちゃんはどこかでその事実を知り、事実として書き残した。お姉ちゃんは、そのことで悩んでいたんだと思う……」


「…………」


 僕の知らないところでこんなことが起きていたなんて。

 まさか、それが原因で命を絶ったということなのだろうか。確かに、驚きはしたけれど、それにしても、僕は何かピースが欠けているような気がしてならなかった。


 その様子を察したのか、真音がゆっくりと落ち着けるように言葉を繋げる。


「お兄ちゃん?」


「あくまでこれは、僕の主観でしかないけど、どうしてもミカ姉ちゃんがそれだけの理由で命を絶つことになるとは思えない。ミカ姉ちゃんが、これぐらいのことで……」


「私も、そう思ってたよ。でもね……」


 真音は、目を瞑り、ゆっくりと空を見上げる。まるで、空に居る誰かに問いかけるように。


「私には、分かる気がするな。お姉ちゃんの気持ち。ううん。今なら手に取るように分かる」


「それってどういうことだ?」


 僕が真音に答えを求めると、真音は首を小さく横に振る。


「それは、私から言うべきことじゃない。それにあくまでこれは、私の推測でしかないから、違った場合、お姉ちゃんに怒られちゃう」


 真音は最後に悪戯っぽく笑うと、すっと立ち上がって池のすぐそばまで歩いていく。僕はその場に座り込み、その様子を目で追っていた。


「あくまで、推測だって言ったけど、もしそれが正解で、お姉ちゃんが後悔していたのだとしたら、私は、お姉ちゃんのように後悔したくないから」


 真音は後ろを振り返り、僕のことをじっと見つめてくる。

 池の周りを飛ぶ蛍が、真音を中心に幻想的な光景を作り出していた。


「……だから、言うね。私…………」


 僕は、自然と真音の姿に見入っていた。


「私は、その、そ、颯太のことが好き!」


 優しい夜風が僕と真音の間を通り抜けていく。正直言って、僕としても信じられない事態が目の前で起きていた。


「ずっと、昔から颯太のことが好き。颯太はきっとお姉ちゃんのほうが好きなんだって、分かってたけど、それでも私は、諦めたくなかった。お姉ちゃんがいなくなって、颯太が悲しんでいるのを見て、私も悲しくなったし、これ以上、こういうことが起きないで欲しいと思った」


 真音は今までの想いのすべてを、ここですべて吐き出す勢いで、息を継ぐことも少なく、僕に想いをぶつけてくれる。


「私じゃ、お姉ちゃんの代わりにはならないかもしれないけど、お願い。これからも私と一緒に居て欲しい」


 それは、きっと真音にとって、精一杯の告白だったんだと思う。

 僕の足は自然と真音のもとへと向かっていた。そして真音の目の前で立ち止まる。


「ごめん……」


「えっ?」


「まず、心配かけてごめん。こんなことを言わせてしまってごめん。そして気持ちに気づけなくてごめん。言うべきことはいろいろあると思う」


 僕は、頭の中で今まで真音と送ってきた日々や会話を反芻する。

 確かに彼女は、ミカ姉ちゃんが死んで、僕が悲しみに暮れているときもそばにいた。彼女が、一番辛かったはずなのに。僕が、ここまで生きてこれたのは、真音という支えがあったからかもしれない。

 だからこそ、僕は考える。

 一途に想いを貫き通してきた真音に、果たして今の僕は、果たして応える資格はあるのだろうか。

 僕が安易に返事をすれば、逆に彼女を傷つけることになる。僕は僕自身の過去と向き合わなければならない。それだけは間違いないと真音の真っ直ぐな告白を受けて感じることが出来た。だから、僕はこう答えた。


「その告白の答えを今ここで出すことはできない」


「どうして……?」


 真音は、不安げな表情を浮かべる。


「真音もさっき言ったよね。お姉ちゃんの代わりにはなれないかもしれない、と。僕が真音にこの言葉を言わせていること自体が間違っているんだ。これは僕自身が、真音に甘えてしまっている証拠でもある。だとすれば、僕も男としてけじめをつけなければならないはずなんだ」


「私は別に――!!」


 僕は真音の言葉を遮り、話を続けた。


「正直、僕は、真音にそこまで想ってもらえているとは考えてもいなかった。簡単には理解してはもらえないだろうけど、これは僕が真剣に向き合いたいと思っているからこそなんだ。だから、もう少しだけ僕のことを信じて待っていてほしい」


「そう、た……」


 真音は僕の背中に手を回し、ぎゅっとしがみついてくる。僕は、それをしっかりと受け止めた。


「お願い。私のそばからいなくならないで」


「あぁ。僕も分かっているさ。何も言われずに残された人の悲しみがどれほどのものかということぐらい。勝手にいなくなったりなんてしない」


 それから僕たちは、口数も少なくそれぞれの自宅へと帰宅した。そして、その後の数日間、僕たちは、儀式の日の前日の夜になっても、顔を合わせることはなかった。


「ついにこの日を迎えたか」


 僕は、時計の針が十二の針で重なり合うところを見届けた。儀式の日の当日。

 七月七日。七夕。そして、ミカ姉ちゃんの命日でもある。

 毎年、この日は必ずあの夢を見る。


 今度こそ、僕はあの空の向こうへと辿り着いて見せる。僕はそう意気込んでから、静かに眠りに落ちていった。

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