あたち、赤ずきんちゃん

紫 李鳥

あたち、赤ずきんちゃん

 


 ピンクのエプロンをして、バスケットを提げた赤ずきんちゃんが、スキップしながら森にやって来ました。


 赤ずきんちゃんは森が大好きです。生い茂る草花、みずみずしい木々の葉、小鳥たちのさえずり。もう、白雪姫になった気分です。




 暗くなって、赤ずきんちゃんは道に迷ってしまいました。


「え~ん、ママーっ!」




 しばらく行くと、小さな家がありました。月に浮かんだ煙突からは、煙がたなびいていました。


 赤ずきんちゃんは一晩泊めてもらおうと思い、ノックしました。


「どなたじゃ?」


 おばあちゃんの声がしました。


「道に迷ったの」


「あらら、それは大変、大変」


 そう言ってドアを開けたおばあちゃんは、比較的口が大きめでした。


「プッ! ガッハッハッハ!」


 失礼なおばあちゃんですね。赤ずきんちゃんを見るなり、腹を抱えて笑い転げました。


 どうしてなのか、赤ずきんちゃんを見てみましょう。


 ウワッハッハ! こりゃ笑われて当然だわ。なぜって、被った赤ずきんを鼻の下で結んでんだもん。まるで、ねずみ小僧みたい。それに、60は過ぎてるばあさんです。


「あたち、赤ずきんちゃん。道に迷っちゃったみたい」


「ボケのケありか。名前は?」


「あたち、赤ずきんちゃん」


「歳は?」


「……んと、……いちゅちゅ(5つ)」


「駄目だ、こりゃ。相当来てんな。食ってもマズそうだし、どうすっか……」


「あたち、赤ずきんちゃん。道に――」


 バタン!


 おばあちゃんは、非情にもドアを閉めてしまいました。


「……あたち、赤ずきんちゃん。道に迷ってる最中よ」


 しかし、ドアは開きませんでした。


 仕方なく、家の前で朝を待つことにしました。


 おばあちゃんの家からは、おいしそうな匂いがしています。


 グゥ~……


 赤ずきんちゃんの腹の虫の声です。この空腹に勝てるのは、パーしかいません。一日中歩いて疲れたのでしょうか、赤ずきんちゃんはいつの間にか眠ってしまいました。




 夜明けと共に目を覚ました赤ずきんちゃんは、急いでおうちに帰りました。




 間もなくして、二人のお巡りさんが、比較的口が大きめのおばあちゃんの家にやって来ました。ノックをすると、


「どなた?」


 おばあちゃんの声です。


「あ、駐在所のもんですが」


「! ……」


 ゆっくり開いたドアの向こうには、びっくりした顔のおばあちゃんがいました。


「な、何か?」


「赤ずきんちゃんを見ませんでしたか?」


「どの?」


「……どの、と言うと?」


「あ、いや。つまり、赤ずきんちゃんを何人か見かけたから……」


 おばあちゃんからは何かあせりのようなものがうかがえました。


「探しているのは、年寄りの赤ずきんちゃんです」


「……ああ、昨日のね? ちょっとイカれちゃってる――」


 すると、突然、


「あたち、赤ずきんちゃん」


 と、お巡りさんの後ろに隠れていた、もう一人が、声を発しました。


 おばあちゃんがびっくりしていると、美しい婦警さんが、ニッと笑った顔を覗かせました。


「えっ? 今なんて?」


 突発性難聴だと思ったおばあちゃんは、聞き返しました。


「あたち、赤ずきんちゃん。あなたを逮捕するわ」


「えーーーッ!」


「早く、手錠しろっ!」


 美しい婦警さんは、男言葉でお巡りさんに命令すると、


「おお、かみッ、証拠は挙がってるんだ、観念しなっ!」


 そう言って、おばあちゃんの口に持っていたタオルを押し込みました。これは、舌を噛み切らせないためにする手段です。


「ムグムグ……」




 おばあちゃんは観念したのか、取調室でうなだれています。そこにやって来たのは、先程婦警の格好をしていた、美しい刑事さんです。


「おお、かみっ、赤ずきんちゃんを何人った」


「ぃぃぇ、私は何も」


 おばあちゃんは、首を横に振りました。


「この一ヶ月で、6人が行方不明になってる。〈赤ずきんちゃん伝説〉がある、あの森でだ。年齢も15~48と幅が広い。だが、共通してんのは、皆赤いずきんをした女や少女ってことだ。おお、かみっ、どうして赤ずきんちゃんばっか狙った?」


「さあ、……なんのことか」


 そう言って、おばあちゃんは首をかしげました。


「ここまで来て、まだとぼけるつもりか? ったく往生際おうじょうぎわが悪いな」


 美しい刑事さんは、ポケットから小型のテープレコーダーを出すと、ボタンを押しました。


『駄目だ、こりゃ。相当来てんな。食ってもマズそうだし、どうすっか……』


「こっ、これはっ!」


 おばあちゃんはうろたえています。


「紛れもなく、あんたの声だ」


「ど、どうしてこれを?」


「ったく。まだピーンと来ねえのか?」


「……?」


「ゆんべの赤ずきんちゃんは、この私よ」


「えーーーッ! あの、ババアが?」


「ボケたババアに化けて潜入したのよ。つまり、おとり捜査って奴だ。まんまと引っ掛かったな」


「チキショー、ヤられたっ」


 おばあちゃんは悔しそうな顔をしています。


「で、何人殺ったんだ?」


「……5~6人」


「48歳も殺ったのか?」


「ぁぁ。一見若く見えたんで食ってみたが、マズいのなんのって。だから、ババアのあんたはもっとマズいだろうと思って、殺らなかったのさ。こんな美人だと知ってたら、舌鼓したつづみを打ってたぜ」


「あいにくだったな。おお、かみ、人間の歳でいくつぐれえだ?」


「30前後ってとこじゃねえか?」


「私と大して変わんないじゃん。恋人とかいないの?」


「……いたが、フラれちゃってさ。やけになって、人間様に手をつけちまったのよ。口外を防ぐために殺るしかなかった。そして、腐乱防止も兼ねて食ったってわけさ。なんで赤ずきんばっか狙ったかって聞いたよな? 別に赤ずきんを狙ったわけじゃないさ。あの森に来る、すべての女が赤いずきんをしてただけさ。なぜなら、紅花染めを売りにした、“村おこし”の一環として、みやげ屋には、赤いスカーフやハンカチしか売ってないからさ。それに、赤ずきんを被った観光客を見かけた村人のサインが10個で、1,000円の商品券がもらえるポイント制だもん、誰だって赤いずきんを――」


 死刑を覚悟したのか、おばあちゃんに扮した、折り紙のオオカミはペラペラしゃべりながら、







┌────────┐

│        │

│        │

│   糸氏   │  

│        │

│        │

└────────┘



 元の紙に戻っていた。

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あたち、赤ずきんちゃん 紫 李鳥 @shiritori

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