第7話『噂話』
【───√A−4】
いつもと変わりなく、朝がやってきた。
やかましくがなり立てるスマートフォンのアラートを黙らせ、半身を起こし、回転が鈍い頭を回していく。
思い返すのは昨日の出来事。夢でも見ていたんじゃないか、なんて思ったものだが、ゴミ箱から覗いている無数のスナック菓子の袋たちが、無慈悲にも現実を突きつけていた。
五月二十二日、水曜日。まだ週の半ばだというのに、体に襲いかかる疲労感は金曜日のソレと同等であった。
……昨日は色々なことがあり過ぎた。かといって、学校を休むのも何か違う気がする。心のどこかで、ほんの少しだけ日常に縋る気持ちがあるのかもしれない。
そこまで思考が回って、目がしっかり覚めたことを確認してから。ネットのニュース記事を確認する。
知らないうちにこの流れが一日のルーティンとして組み込まれていたらしく、何となく始めたことだが目を通さないと落ち着かない。大体は平和な記事ばかりが並んでいて、その度に平和を実感するものだが、ここ数日は違う。そして、今日も。
昨日に引き続き、トップ記事は鞠ヶ崎で起こった怪奇殺人事件。ソレに並ぶ形で、もうひとつ鞠ヶ崎関係の記事が見て取れた。
見出しは『UMA発見か!? 住宅街に謎の足跡!!』と。
「……これって」
内容は見出しからわかる通り、鞠ヶ崎の住宅街で謎の足跡が発見されたというもの。簡潔にその場所と足跡の特徴が書かれており、その後に専門家の意見がつらつらと書き連ねられている形だ。
やれ誰かの悪戯だの、これは恐竜の足跡に酷似しているだの、亜人の到来だとか……エトセトラ。読んでいる途中で飽きがきて、なんとなく大きなため息と一緒に記事を閉じた。
確かに世間にとっては悪戯と相違ないかもしれない。けど、俺にとってはこの足跡は大きな意味合いを孕んでいた。
間違いない。これは、バトルロワイヤルの参加者によってつけられたものだ。
写真をいくら注視しても〝痕跡〟は見つからないから断言はできない。
……けど、幸い場所もそう遠くないし、学校に行く前に寄れる距離だ。直接見てみる価値はあるだろう。
そこで何が起こったのかわからない。けん玉のあの子と同じように、殺戮を繰り返しているかもわからない。でもその足跡の犯人が、俺と同じように平和を願う誰かだったのなら。
「……協力、して欲しいもんだよな」
ひとりで世界を救えるとは思っていない。この戦いで無差別に人間を殺すような、『悪』と定義できるような連中が少ないとも思えない。
だから、少しでも仲間を増やせる機会があるのなら。出会える可能性があるのなら────その可能性を、潰すわけにはいかないだろう。
ネットアプリと入れ替わるようにチャットアプリを開き、成海に『先に学校に行っておいてくれ。寄るところができた』とだけ連絡を入れておく。手早く準備だけ済ませて、朝食用の食パンを片手に家を出た。
◇◆◇
そしてたどり着いた住宅街の一角。結果から言えば、あまり有益な情報は得られなかった。
予想通りではあるけど、例の足跡の周りにはマスコミや野次馬で出来た人混みが形成されていて、とてもではないがこの中から足跡の犯人を見つけられることはできないし、ゆっくりと現場から当時の手がかりを得るだけの余裕もない。
一応〝例の目〟で人混みを一度はさらっと見てみたものだが、足跡以外から粒子が視認できることもない。まあ、騒がれてる足跡が予想通り参加者がつけたものだとわかっただけでも、収穫はあったってものか。
足跡からほんの少し漂っているのは真っ黒い粒子。俺とは正反対の色のモノ。
「……犯人は現場に戻ってくる、なんてよく言ったモノだけど。現実はそう上手くいかないか」
誰に聞かせるわけでもなく独りごちると、来た道を引き返すべく踵を返す。どうにか他の参加者と接触して協力できないものか、なんて思考を回し始めたのと同時。人混みから少し離れた位置に立つ、ひとりの女の子と目があった。
日差しを反射する黒い三つ編みと、どこか野暮ったいイメージを受けさせる眼鏡の少女。身に纏っている制服は、確か
「……こんにちは。足跡、見ました?」
…………声をかけられた。
思わず背後を振り返る。しかし他に彼女の方を向いているヤツがいるわけでもなく、目があったんだから俺に声をかけて来てるんだろう。多分。
「見た。やっぱり現物を見ると凄いもんだな……です、ね」
年齢はわからない。向こうも敬語で話しかけて来た以上、一応敬語に切り替えようと試みて見た。結果文脈がえらいことになったけど。
「話しやすい方でいいですよ、そういうのは気にしていないので」
「ああ、うん。助かる」
脈絡からして敬語云々の話だろう。苦笑いを浮かべた後に三つ編みの少女は足跡の方に視線を軽く向けて、
「最近こういうの多いですよね。この先、どうなっちゃうんでしょう……」
その声音は何処か儚い。本当に未来のことを案じているのかはわからないけれど、再び俺に向けられた視線の奥には不安の色が確かに揺らいでいるのがわかった。
無理もない。確かに不安になる。自分の周りにいつまでも在ると思われていた日常が、徐々に崩れ始めているのだから。
かく言う俺も不安を抱いていないのかと聞かれれば、そういうワケではなくて。
「確かに、最近はこういうのが多いよな。謎の死体とか……大人とか。そっちの学校でも似たような噂が流れてるのか?」
だからせめて、話題を穏やかな方向へと持って行く。女の子は噂話が大好きなんだよ、なんてのは成海の弁だ。これで少しでも恐怖が薄れてくれれば良いが。
「噂もそうですし……行方不明になった生徒なども数人出てますね。勿論、噂と関係あるかは分かりませんが」
応える声に交わる小さな溜息。そこに込められているのは『心配』か、『憂鬱』か。そんな溜息交じりの言葉の後、「それから」なんて前置きをして。
「……黒スーツの男から変な石を押し付けられた……とか」
「────、────」
続け様に放たれた言葉に、思わず目を見開いた。
……やっぱり石が配られているのは俺たちの学校だけに限った話ではないらしい。予想こそはしていた話だけれど。
昨日応えてもらえなかった質問のひとつ────参加人数。配慮しなくてはいけないその人数が、格段に増えた瞬間であった。
長らく黙っているのもアレだ。とりあえず、言葉を纏めながら口を開いておく。
「そんな噂が。こっちでは全然聞かないな……時間が止められる、とか出会ったら殺される……とか。信憑性のないものばかりだけど」
あくまでも噂の域を出ない。そんな意味合いを含みながら。
「私も人伝に聞いただけなので詳しくは無いですが……学校側から『知らない人からものを受け取らないように〜』とか、噂に関する注意が出るみたいです。そちらの学校からも何かあるかもしれないですね」
「なるほど……気をつけておこう」
まあ、気をつけるも何も既に受け取ってしまった後────押し付けられた、が正しいだろうが────だから気をつけようもないワケだけど。
そこまで思考が回って、ふとポケットの中からスマートフォンを取り出して時刻を確認。これ以上長居はできない。別の学校の連中の言い分も、もう少し聞いておきたいところではあったけど。
「ま、お互いに気をつけよう。俺はこれで」
軽く会釈を交え、三つ編みの少女の横を過ぎ去る形でその場を後にする。
とりあえず学校に向かいつつ、ここ数日で大量になだれ込んだ情報を整理しながら。
◇◆◇
俺が学校に着いた頃には、既に教室には俺以外の生徒が揃っていた。
ホームルーム五分前。なんでもない話に花を咲かせていた連中も、そろそろ自分の席に戻り出す頃合いだ。
「おはよう、真人」
「ん、おはよう」
それに倣うように自分の席に着いたのと同時、声をかけてきたのは成海だった。わざわざ他の連中と話していたのに切り上げてまで、俺の席まで歩み寄ってくる。
「何処行ってたの?」
「ん、まーちょっと。用事があって」
応える声は我ながらぼんやりしている。まだここ数日のことで頭がいっぱいだからまあ、仕方がないことではあるけど。
仕方ない、なんて思っているのはどうやら俺だけのようで。成海は不満げに、俺の顔を覗き込んでくる。
「……またあの玩具のこと?」
……流石幼馴染。鋭い。思わず目を逸らして、教室の一角に未だに形成されている人混みへと目を向けた。
「……アイツ、あんなに人気者だったっけ」
「あ、話逸らした。もー」
これは俺と成海が会話の中でよく行う高等テクニック、『これ以上追求はするな』のポーズである。不服ながらではあるが成海もそれを了承したのか、溜息交じりに口を開いた。
「
「へえ、すごいもんだ」
その噂というのはホンモノのようで、浅葱の席からは「明日雨降る? 降ってほしいなあ」なんて声が聞こえてくる。
確か、明日は体育の授業でマラソンがあったか。……マラソンを嫌う女子は結構多いし、それも当然の話なんだろうか。わからんけど。
目の前の成海はと言えば、その声に同意するように深い頷きを返しているのが見える。成る程、成海もそのクチだったか。
そんな問いを投げかけ用としたのと同時、教室に予鈴が鳴り響く。もう少しで担任教師がかったるそうに入ってくる頃合いだ。
成海は小さく手を振ると、自分の席に帰っていく。それを合図とするように、教室の戸が開かれ、担任教師が入ってきた。
いつもの日常が始まる。
俺の思考は、非日常に囚われたまま。
────────
あとがき
年末年始はお休みをいただきました。だってほら、仮面ライダーですし。ウチの作品(?)
更新が遅れたのはモチベのなさ故……楽しみにしてくれてる方がいるかはわからないですけど。ここからまた極力週一日曜更新を心がけていきます。よろしくお願いします。
Libido's toy 悠Q五月 @YuuQSATSUkI
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