実験

@orih_kaku

第1話 御言葉

1


「象徴としての務めを果たすことが、困難になってまいりました。」

上皇陛下の御言葉はまたたくまに日本中、世界中に拡散された。一世一元の制を政府が決定してから151年。皇室は譲位という新たな局面を迎えていた。同日、篠田健一しのだけんいち首相も上皇陛下の意志を最大限尊重するという声明を発表し、日本全体が譲位に向けて改めて加速していた。次期天皇陛下には皇太子、忠彦親王殿下の即位が決定し、即位に伴う諸儀式の費用を政府が負担することも閣議決定され、着々と準備が整っていった。


2

10月、私、安俊久やすとしひさは、悩んでいた。1ヶ月ほど前に東京一極集中対策室の室長に就任したはいいものの、一向に具体案がまとまってこないのだ。対策室には安以下、8名のメンバーがいるが、何度会議をしてもこれだ、という手応えを得られない日々が続いていた。

篠田健一首相率いる友愛党が、東京一極集中を是正し、地方の活性化を目指す、という公約で衆議院議席の過半数を確保、さらには共進党と連立を結ぶことで2/3を確保してからほどなくして対策室が組織され、稼働していた。しかし、まるでアイデアが湧いてこない。そうこうしてるうちに定刻になったので、もう何度やったか分からないが、会議を始めることにした。

「会議を始めようか」号令をかけると、メンバーたちは恐ろしい速さで準備をはじめ、散らかっていた机は片付き、ものの5〜6分で体制が整っていた。これだけのメンバーがいながら、それを十全に活かしきれない自分は、とつい思ってしまう。全員が着席したところで議事進行をつとめる対策室一番のしっかりもの、花岡優はなおかゆうが口を開いた。「今回の議題は、中央官庁の地方への移管をどう進めるか、です。」何度もやってますけど、と付け加えて言った。

すると、いの一番に対策室最年少の岡本晴海おかもとはるみが「ビデオ通話での会議を促進して、距離に関係なく会議をできるようにしましょう。」と若さゆえの飛び出すような勢いで言った。しかし、すぐさま反論が飛んできた。

「通信系統の一新や、意識改革、どれほど時間がかかるか…今の政府はケチだからなあ…。」

この気怠そうな声は長藤雄二ながふじゆうじだ。

「ですが、このままでは政府の上層部はなにもかわりませんよ!」岡本が語調を強める。

「偉いさんがなにを求めてるかを汲み取るのも仕事だとおもうんだけどねえ。」長藤は相変わらずだ。これは長くなるぞと覚悟したのだが、北川健きたがわたけるが挙手したことでいったん止まった。北川は身長188cmで肩幅も広く、いかにも武闘派、という感じだが、高校時代に無理矢理入部させられた柔道を除いてスポーツの経験はあまりないらしい。普段は寡黙な男なのだが、今日はしゃべる気のようだ。

「割って入るような形ですいません。実はご報告がありまして…」野太い声を少し細めて言うものだからみんな耳を傾けた。

「実はですね、関西、まあ主に京都大阪なのですが、ある動きが見られると。」北川は続ける。

「畿内連合会と名乗る組織が政界に裏から関わっている疑いがあるようです。現在はほんの極一部にしかその情報は公開されていません。マスコミにも知られないよう厳重に対策されています。未だ全容は見えていませんが、内閣肝いりの組織として知らせておくように事使いましたので、ご報告だけしておきます。」珍しく北川が長い話しを終えたあとも、沈黙が少し続いた。

「さて、会議に戻ろうか。」そう声を掛けると、みんなすぐに切り替えたようだ。その後は30分ほど、議論して今日の会議は終わりとなった。


3


「大阪は、かつて270万もの人口を抱えていました。しかし、インフレや、中小企業産業の喪失、少子化の加速によるダメージを受け、さらには大阪北部地震によって、現在は、100万強となっています。…」

あの演説を、果たして何度聞いただろうか。大阪府知事選の投票日を一週間後に控え、各候補とも、演説を強化していた。各所で街頭演説が行われ、もちろん、俺、髙松芳樹たかまつよしきが待ち合わせするこの広場も例外ではなかった。今回の選挙戦は、現職で友愛党推薦の松田龍太まつだりゅうた府知事と元国会議員で公民党推薦の吉田晃司よしだこうじ候補の一騎打ちとなっていた。今の演説は少子化是正をかかげる吉田候補のものだろう。正直なところ、どっちもどっち感が否めないのだが…。そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、滝川亮たきがわりょうが待ち合わせに遅れること15分、ようやくやってきた。

「いやーごめんごめん、遅れてしもたわ。」

「もう帰ろうかと思てたで。」

「ごめんて、勘弁して…」

こいつはいつもだいたい10分くらい遅れるので、もはや定番となった流れを一通り終えてあるき出した。今日の目的は映画を観ることだ。昨日大学であったこととかをちょこちょこはなして歩いていると映画館についた。今日は何をやってるんだろうか。

「んで?何観る?」と、お伺いを立ててみると、

「このグラス・ハイウェイってやつCMでやっとったやんな。確か黒澤美月くろさわみつきが主演してたはず。」と言うので、

「ほんなら、そうしよか。」と応えた。

グラス・ハイウェイ、今日の午後は、こいつに捧げる。

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