其の百十九 懺悔、突飛に弾み


 ――思わず、『眼』を瞑った。

 

 眼をつむる寸前、『私の緑眼』に映っていたのは、空っぽの顔で、色の無い表情で、私のことを見ていた、『水無月くんの眼』。


 ……ごめん、なさい――



 心の中で、そう呟いていた。


 彼をもう二度と、『絶望』なんかさせないって。

 悲しそうな顔も、哀しそうな眼も、絶対に、させないって。


 そう、思っていたのに――



 自分の無力が、ただただ悔しくて、

 何かから逃げるように、その眼を瞑ってしまった。



 ――コレは、『色眼族の使命』という呪いに、長い間気づくことさえできなかった、私への罰――



 そう思って、すべてを受け入れることにした。


 ――水無月君には、生きて欲しいと、そう、願いながら――



 ――カランッ……


 「ガァッッ……」



 ――タンッ……、タンッ……、タンッ……



 …


 …


 …


 …………?





 ――パチッと、その『眼』を開ける。


 痛みが、来ない。

 烏丸君に、潰されたと思っていた私の『緑眼』は、くっきりと、眼の前の世界を碧色に彩っている。



 ――私の眼前、烏丸君が、身体を九の字に曲げて身悶えしている、床には、さっきまで彼が手に持っていたカッターナイフが転がっている。

 ――チラッと教室の入り口の方を見る。さっきまで居なかった『不知火しらぬいさん』が、ニコッと、違和感のある笑顔を浮かべている。



 …


 …


 …


 ……コレは――



 ――『水無月君』を救えるのは、『今』しかないッ――


 

 考えるより先に、身体が勝手に動いた。


 烏丸くんの意識が薄れたことによって、手足を拘束する力が緩まっている。

 私は、私に纏わりついていた『ロッカー』を力任せにはがしとり、拘束を解いて教室の床にスッと着地した。


 烏丸くんは、私の身体が自由になったことに気づいたみたいで……、真っ赤な片眼がくわっと見開かれたかと思うと、教室中の窓ガラスがバリンバリンと割れた。それらが烏丸君の眼の前に一瞬で集まり、巨大な『ガラスの刃』が生成される。



 「――死ねッッ!!」



 烏丸くんの金切り声に呼応するように、巨大な『ガラスの刃』が私に『向かう』。


 ――間髪、私は地べたに這いつくばり、巨大な『ガラスの刃』が空を切る。

 私がゴロリと仰向けの体勢に向き直ると、天井のすぐ近く……、角度を変えた巨大な『ガラスの刃』が……、『一点』、私のことを見つめた。



 ――ゴォォォォォォォォッ!!


 ――耳に飛び込んだ、『轟音』。


 真っ暗な教室が瞬時、『橙色』の光に包まれ……、

 突如現れた巨大な『火の玉』が、私のことを見下ろしていた巨大な『ガラスの刃』を、一瞬にしてドロドロに溶かしてしまった。


 ――どうしてそうなったなんて、『考えている暇』もないし、『考える必要』もなかった。私が今やるべきことは、ただ『一つ』。



 ――水無月君を、絶望の淵に立たせた、諸悪の根源――



 ……『隻眼ノ憎悪』を、叩きのめすだけッ――



 ぐわっと、全身をバネに、私は寝そべったまま跳躍し、両足で地面に着地した。

 クルッと後ろを振り向き、驚愕の『色』が顔いっぱいに塗りたくられている烏丸くんと、相対する――


 スッと左足を後ろに構え、そのままゆるりと振り上げたあと、音を切るように、虚空で半円を描く、そのまま――



 『後ろ回し蹴り』を、烏丸くんにお見舞いした。


 ――ドンッ!!



 「――ガッ……!?」



 声なき、声をあげながら、

 烏丸くんの身体が、物凄い勢いで吹き飛ばされる。

 

 彼は、何にもない真っ暗な教室に一人舞い、そのままコンクリートの白い壁に身体をしたたか打ちつけ、ずるずると床にへたり込んだ。


 私はすぐに、床に落ちていたカッターナイフを拾い上げ、教室の端まで吹っ飛ばされた烏丸君の元へ駆け寄る。意識が朦朧もうろうとしている様子の彼のあごをガッと掴み、グイッとその顔を無理やり上げさせ、手に持っていたカッターナイフを、彼の首元につきつけた。


 ――タンッ、タンッ、タンッ……



 足音が聞こえたかと思うと、すぐ隣に不知火さんが立っていた。

 不知火さんは、ニコニコと不自然に笑っていた笑顔をスッと崩し、色の無い無表情で、チラッと私の方を一瞥する。私は不知火さんからすぐにまた烏丸君へと目線を戻し、ギラギラと光らせているその片側の『赤眼』を一点に見つめた。



 「烏丸君、選びなさい――」


 「――このまま、『閉眼の札で力を封印されるか』……、それとも――」



 私の台詞を紡いだのは『不知火さん』で……、


 次の一言は、

 『二人同時』に、

 吐き出された。



 「「このまま、死ぬか」」








 ――ニヤッ……、と


 烏丸くんの口角が、吊り上がる。



 彼は、カッターナイフを持っていた私の『右手』を、自身の『左手』で掴んだかと思うと――


 ――グッと、自分の首元に向かって、力任せに、『押し付けた』。



 ――ブシュッ……





 赤い鮮血が彼の首元を伝い、

 思わずギョッと驚いた私の右腕に、

 『違う誰か』の掌が、上から重なった。


 

 ――カランッ……



 カッターナイフが地面に転がり、

 真っ暗闇の空間に、物憂ものうげな金属音が鳴り響く。


 私が思わず後ろを振り返ると、空っぽの顔で、色の無い表情で、

 水無月君が、『隻眼の赤眼』を、寂しそうにジッと見つめていた――



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