其の百二十 愛憎、虚しく、空しく


 「――何してんだ、水無月……、さっさと、殺せよ」



 生気の無い、ゾンビみたいなトーンで……、

 「さっさと帰ろうぜ」って、いつもの調子で、放課後に僕を誘っているような烏丸の声が、『僕』の耳に届けられる。



 「……烏丸…………」



 消え入りそうな声が、

 果実の搾りカスのように、漏れ出る。


 烏丸は、ハァハァと肩で息を漏らしながら、吹き飛ばされた右腕の根本を、慈しむように左手でギュっと掴みながら……、やる気の無いだらんとした『眼つき』で、僕のことを眺めていた。



 「…………あん? ……なんだよ、話があるなら、早くしてくれ……、こっちは死ぬほど痛い思いをしてるせいで、さっさと死にたいんだよ……」



 口を、開き、閉じる。

 ――また、開けて、また、閉じる。


 胃の中で凝り固まっている僕の願いが、想いが、

 喉をつっかえてしまって、うまく、言葉にできない……



 烏丸は、めんどくさそうな顔をしながらも、僕の次の言葉をちゃんと待ってくれていた。すぐ近くに立っている如月さんや不知火さんが、今どんな表情をしているのかは、僕にはわからない。



 「――いいから、喋ってみろよ」



 ――ぶっきらぼうな声が耳に飛び込み、ハッと我に返ると、やさぐれた顔つきで僕を見やる烏丸が、ニヤリと、力なく笑っていた。


 

 「……うまく喋ろうなんて、お前らしくもねぇ……、お前が今考えていること……、俺に、全力で『伝えて』みろよ――」



 ――『眼』が、醒めた。


 僕は、何かに急き立てられるように、頭の中の言葉を必至に拾い上げて、そのまま組み立て上げることもせず、未完成なパズルを、余ったピースごと――


 その場に、ぶちまけはじめた。



 「――ゴメン、烏丸、僕は、お前に、生きて欲しい」


 「……」


 「……僕がしたことは、謝って済むコトじゃない……、お前が僕を『殺したいほど憎んでいる』っていうのは……、わかった。そう、思われても、仕方ない……、でも、僕は、……『生きたい』んだ……」


 「……」


 「……この一週間、如月さんと出会って、色眼族を知って、自分が何者なのかを知って、蓋をしていた自分の気持ちに気づいて――、僕は今、生まれて初めて、『意思を持って生きたい』と思っている……、だから、お前には、『殺されたくない』……、『殺されるわけには、いかない』んだ……」


 「……」


 「……そして、出来ることなら、お前に、『償い』をしたい……、どんなに、時間がかかってもいい……、何年、何十年かかってもいい……、お前と、話し合って、どうすれば僕がお前の心の傷を癒すコトができるのか……、一緒に、考えたい……、そして、出来る事なら、また、今までみたいに、笑って、お前と、くだらない話を、いっぱいしたいんだ――」


 「……」


 「……だから、烏丸――」


 「……ハッ――」



 ジッと、それまで押し黙って、僕の言葉にひたすら耳を傾けていた烏丸が、短い息を吐き、地面に視線を落とした。そのまま、再びニヤッと口角を吊り上げ、笑いながら、いつもの死んだゾンビみたいな目つきで、スッと再び僕の眼に視線を戻し……、



 「……ったく、水無月……、お前って相変わらず――」



 『こんなこと』を、言う。



 「――サイッコーに、『ムカつく』な」







 地面に激震が走り、轟音が耳を支配する。

 僕の身体から平衡感覚が失われ、僕は情けなく地べたに尻もちをついた。



 ――何が、起こったのか、『全くわからない』



 ただただ混乱する僕の耳元に、同じく地面にへたりこんでしまった如月さんの、無機質なトーンの声が、放りこまれた。



 「……学校が…………、『浮いてる』――」



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