其の百八 過去の記憶は、大概が都合よく塗り替えられてしまっているらしいので、思い出すだけ無駄である
――ザワザワザワザワ、ざわざわざわざわ――
生ぬるく、ゆったりとした風が、
まどろみ、巡る。
少年は、しばらく押し黙っていた。ジッと落葉に目を落とし、装束から伸びた白いしっぽを力なく揺らしている。
「……『神』は人間に直接手を下せない……、なら『人間』の相手は『人間』にさせればいい、そう、考えたのだろうな……、異国の神々は、時の権力者を
少年の語る『真実』が、
僕が認識している『色眼族』の虚像と――
少しずつ、重なり合っていく。
「――さて……」
葛藤の色が消え、いつの間にか能面のような無表情に戻っていた少年の無垢な瞳が、スッと僕の元に向けられる。――何か、見えない壁で全身を押されたような圧力を感じた僕は、まどろんだ意識をハッと取り戻し、ゴクリと生唾を呑み込んだ。
「……ココからは、わりと最近の話だ。……今から、十年くらい前、かな……、ほんのわずかの村民だけが残った色眼族の村にな、とてつもない力を秘めた、青眼の子が産まれたんだ……、ワシは……何千年も生きているんだが、初めて――、『後悔』したよ。……人間に色眼の力を与えるなんて、とんでもないコトをしてしまったんじゃないかってね……、この子の絶望が爆発してしまったら、捻じ曲げられた使命の通り、『青眼が世界を滅ぼしてしまうのではないか』と、心底、怖かった、怖かったが――、土着神としての力をとっくに譲渡してしまっていたワシには、もはやすべてを『眺めている』コトしかできなかった――」
――ある、予感がした。
とてつもなく、悪い予感だ。
……いや、『予感』じゃ、ないかもしれない。
コレは、この感覚は――
「――果たして、『想像していた通り』の出来事が起こった。……ある日な、その……とてつもない力を秘めた青眼の子の……、母親がな、病気になった。……重い、病気でな、村に住む医者はさじを投げた。衰弱しやせ衰えたその姿から、母親の命が短いことは誰の眼から見ても明らかだったよ。……だが、子の父親は、決して諦めることができなかったんだ。彼は、『ご法度』――、『色眼族ではない外の世界の医者』を村に呼ぶ禁忌を犯した……、色眼族たちは、自分たちの正体を決して黒眼に知られてはいけないと、遠い昔に掟を立てていてな、外の人間を村の中に入れることは固く禁じていたんだ。……子の父親は、自らが重い処罰を受ける事も覚悟して、決死の思いで医者を呼んだ……、だがな、現実は残酷だった――」
それまで、ジッと僕のことを見つめていた少年だったが、スッとその眼をそらした。
僕は、確信する。
……さっきのは、予感なんかじゃ、ない。
僕は、このあと、この少年が語る物語を、『知っている』――
「……子の家にやってきた『外の世界から来た医者』がな、真っ青な『青眼』で苦悶の表情を浮かべる女の姿を見て……、ひぃっ、と短い悲鳴をあげたんだ。……その、異形な姿に、恐れおののいてな、尻もちをつき、一言も発することなく、逃げ出したんだよ――、病気に対して、一切の診断も、処置も行うことなく……な。……ほどなくして、子の母親は、死んだ。外部の人間を招き入れたという禁忌が明るみになり、子の父親も、赤眼の手によって、なぶり殺しにされた――」
そうだ。
そうだったんだ。
ぼくがさっき感じたのは――
『追想』だ。
鍵のかかった鉄の扉の向こうに、何年もの間閉まっていた、
見たくない、聞きたくない、忘れてしまいたい――
錆びついてしまった、僕の、『記憶』。
――グルグルグルグルグルグルグルグル ――
頭が、廻る。
「――一人残された子をな、深い深い……『絶望』と『孤独』が襲った」
――グルグルグルグルグルグルグルグル ――
セカイガ、メグル。
「――その子は、一晩中、ワンワンワンワン、泣き続けた。泣き疲れることも、涙が果てることも、なかった」
――空が赤黒く染まる、
「――泣いて、泣いて、ただ、泣いて……、その子が泣くのを止めた時には…………、『白狐村』は、退廃に呑み込まれてしまっていた」
――ああ――
――ふと、思う――
――僕の、マイナス思考が――
「……『水無月 葵』よ、幼子だったお前が、絶望に呑まれ、一つの村を滅ぼし、幾つもの命を奪った事実は、決して、覆らん――」
――世界と、リンクをはじめる――
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