其の百七 1192作ろう鎌倉幕府――、小学校六年間で学んだことのすべてだ
一切の装飾を置き忘れた枯れ木の隙間から、乾いた木漏れ日がアトランダムに閃光を突き刺す。空間が切り取られてしまったみたいに、僕たちの周りだけをボウル状の見えない壁が覆っている気がした。
――偽りの永刻の中、無色透明な少年の声が、湿り気を帯びた空気と、混じりあう――
「――そもそも三つの『色眼』はな、元々ワシ一人が持っていた秘玉だったんだよ。――天災、飢饉、戦災……、『白狐村の土着神』として存在していたワシは、色眼の力を使って、村人たちをあらゆる『災い』から守っていた、村人たちも、ワシのことを『崇拝』を以てして信仰してくれており、ワシはそれに答えるべく、全身全霊で村を守った」
それまで、能面のような無表情で、無機質な顔つきを崩す事の無かった少年の眼が、スッと細くなり、少年はフッと、自身を
「……今から、千三百年くらい……前、かな……、ワシの力を遥か凌駕する無法者がこの村になだれこんできた……、『異国の神々』だよ……。いくら『村の守り神』でも、『多勢の神』には敵わぬ、ワシは、自分一人の力だけじゃ村を守り切れないことを悟り……、『異国の神々』の眼をくらますために、雲隠れすることにした。人間の姿に、身を落としてな」
「……千三百年前、奈良時代くらい、かしら……?」
首を斜め四十五度に傾けながら、やや自身無さげに如月さんが呟く。……凄いな、そんなピンポイントにすぐわかるなんて……、そういえば、如月さんって一学期の成績上位者に張り出されてたっけ。ちなみに僕は、成績は中の中である。……意図的にコントロールしたわけではなく、たまたまそうなった。
「……奈良時代? 確か、今はそんな呼ばれ方していたかな、ウン……、信仰と政治が結びついた、忌まわしき時代の幕開けだよ……、ワシは、身を隠す直前、三色の色眼を、三人の人間に託すことにしたんだ……、異国の神々とはいえ、神は、人間に直接手を下すことができないからな、『ワシはもう、お前らを守ってやることはできん、力を授けるから、これからはあらゆる厄災を、自分たちの手で守るのだ』――、そう、
――気づけば、少年の装束から、真っ白なしっぽが飛び出していた。木漏れ日に照らされ、
「――『堪えることが出来ぬ憤怒に襲われた時、赤眼を用いて災いに立ち向かえ』『強く人を守りたいと思った時、緑眼を用いて弱者を守れ』『打ち震えるほどの絶望に出会った時、青眼を用いて運命に抗え』――、ワシがそんな願いを込めた色眼の力を使い、色眼の力を継承した三人の人間はあらゆる災いから村を守っていった。長きにわたって、村に平和が続いた。色眼の力を持った者が、色眼の力を持つ子を産み、白狐村は、ほとんどの村民が色眼の力を携えるようになった。そのころから、彼らは自分たちのことを『色眼族』と名乗るようになっていたな。……ワシのことを覚えている者は、もう村には残っていなかったが、村に平和が続いているなら、別にそれは構わなかった……、まぁ、ちょびっとだけ寂しかったけどな……」
しっぽを撫でやる少年の手が一瞬だけ止まり、
「――さて、ここからがワシの『読み違い』だ。……ある日、村の外から一人の男がやってきた。「行くところがないから置いてほしい」と懇願する男に対して、人の良い色眼族たちは何の疑いもなく慈悲を見せた。……なんとなくワシは、キナ臭さを感じたんだがな、その時のワシはもう村人とは関わり合いを持っておらず、人間の姿で木の上からジッと、事の顛末を見守るコトしかできなかった。……ある日、男は色眼族たちの目を盗んで、『青眼族』の女が住む家に忍び込み、女を酷い目に合わせた。強い絶望を感じた女の『青眼』が暴走してしまい、運悪く近くに住んでいた、ある『赤眼族』の一家が退廃に
ギリッ、と――
固い何かが擦れる音が、僕の耳に飛び込む。
遠い記憶、頭の片隅……、消し忘れたタバコの火のように、小さく灯っていた怒りの炎が、少年の苦悶の表情から、少しばかり見え隠れした気がした。
――青眼族は、世界を滅ぼすために産まれた呪われた一族だ――
少年の声が、ぐるぐるぐるぐる、僕の頭の中で反芻される。
……コレって――
「……『青眼の使命は、世界を滅ぼすこと』――、私たちが幼いころから聞かされていた色眼の使命は……、長い歴史によって、塗り替えられてしまった伝承だったというのかしら……?」
如月さんの声が、震えている。
怒りがこみあげているのか、
悲しみに嘆いているのか、
驚きに打ち震えているのか――
それら、全てのようにも思えた。
少年がフッと漏らした声が落葉に混ざり、ろうそくに灯った火が音もなく消え去る。
「――男はな、『間者』だったんだよ。男を仕向けたのは……、他国の神々に心を支配され、その信仰を全ての民に植え付けようとしていた時の権力者……、当時の『国家政府』だった――」
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