【長編】色眼ノ使命 ―甘酸っぱい青春の裏側には、いつだって命がけの戦争が潜んでいる―
其の百六 疲弊で心を減衰したいなら、すべてに対して「はい」と言え。逃避で心を収縮したいなら、すべてに対して「いいえ」と言え
其の百六 疲弊で心を減衰したいなら、すべてに対して「はい」と言え。逃避で心を収縮したいなら、すべてに対して「いいえ」と言え
「――いま、なんて、言ったの、かしら……?」
呆けて、喋れなくなってしまった僕に代わって、聞き返したのは『如月さん』で……、しかしさすがの如月さんも驚いているのか、いつもの無機質で抑揚のないトーンの音程はやや不安定で、その声は少しだけ震えているようだった。
「……む? 聞き取れなかったか? 『色眼族を作ったのはこのワシだ』と言ったのだ……、滑舌は、悪い方ではないと思うのだがなぁ」
――果たして、『温度差』。
驚愕に打ち震えている僕ら二人に対して、白髪おかっぱ少年が気にするポイントは、毎度どこかズレている。「そういうことじゃねぇよ」と心の中でツッコミを済ませながら、ようやく展開に脳が追い付いてきた僕が、震える声で如月さんに続く。
「……君は、何者、なんだ――」
直球――、しかして、最も知りたい『一言』。
――なぜ少年は、滅んでしまった村……、『白狐村』にいるのか。
――なぜ少年は、色眼族を知っているのか。
――そもそも、色眼族を作ったとは、どういうことなのか。
総じて、この少年は、『何者』なのか――
僕の質問を受けて、顎に手を当て、腕を組み、ブツブツと何かを呟きながら、少年は木漏れ日が差し込む方へと目を向けた。
「……何者? 何者か、何者なんだろうな、ワシは……、強いて言うなら……、白狐村を守る、『土着神』……、いや、正確に言うと――」
見上げていた顔が下ろされ、少年は僕たちのことを順繰りに見やったあと、少しだけ首を捻り、言葉を、放つ。
「――『元』、神様かな、ウン」
…
…
…
…………
――土着神……?
見ず知らずの子供が突然そんなことを言い出したら、どうせ
「……さっきの話。……色眼族を生んだのは自分だっていう話……、詳しく、聞かせてもらえないかな?」
少年の異形な雰囲気、常人とは思えぬ空気感、それに――
なにより、僕たちのことを『色眼族』だってわかったそのカラクリが解かれない限り、少年の話を笑い飛ばすのは、僕たちにとって、まごうことなく、『悪手』だ――
「……話、話か……、まぁ、減るモンじゃないし、別にしてやってもいいが――」
少年が、フフンと不敵に笑い、ジト―ッと、悪だくみを思いついた悪ガキのような眼をしながら、再び僕に近づいてきた。
「――『取引』を、しようじゃないか。……最近では、『ぎぶ・あんど・ていく』という言葉があるだろう……、いや、『うぃんうぃんのかんけい』だっけ……、どっちでもいいか、最近の言葉はムズかしくてわからん。ウン、ワシが話をしてやる代わりに、お前らには、ワシの頼みを聞いてほしい」
――果たして、『予想外』。
ナナメ後ろから冷や水を浴びせられ、呆気に取られている僕に訪れた、一瞬の、『躊躇』。……神様と名乗りはじめる奇妙な少年の頼みだ、どんな要求が飛んでくるのかは検討もつかない、ノルべきかソルべきかと、逡巡している僕の耳に飛び込んで来たのは――
「――わかったわ。あなたの頼みを、聞いてあげる。だから、あなたには『色眼族の起源』の話を、して欲しい」
『躊躇』という言葉を知らずに育った、無鉄砲娘の、一言。
……ちょっ――
「――おおっ。女の方は、決断が早いな。お前、きっと出世するぞ、ウン。男の方は、しり込みしたから、ダメだな、ウン」
――止める隙もなく、コマ送り映像のように、場面は次のシーンへと進んでしまう。少年が放った、核心を突くような言葉のナイフにちょっとだけ心をえぐられ、ちょっとだけヘコんだ。
「……頼みというのは、何かしら?」
「いや、実はな、ワシがしたい頼みというのは、今からする話と関係することでもあるんだ。だから、話し終わったあとに、改めて頼むことにする、ウン。物事には、何事も段取りというものがあるからな、ウン」
ウンウンと独りで頷きながら、神祠の周りをぐるぐる歩きまわっていた少年の足が、ピタリと止まる。少年は、フワッと、『宙に浮かぶような』跳躍を見せたかと思うと、音も無く神祠の石の屋根の上に着地し、腰を降ろした。
「……ちょっと、長くなるゾ。……それに、男の方、お前は、ちょっとだけ『覚悟』をしておいた方がいいかもしれない、ウン――」
――ニヤリ、と――
少年が初めて見せた、『この世の善悪をすべて呑み込んだような』笑顔は、イタズラを思いついた子供のソレとは、遠くかけ離れていた。
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