其の九十五 『Ritenuto』


 地鳴りのような叫び声を発散させた神代が、

 『赤眼』に呑まれて、『怒り』を血肉に獣と化した神代が、


 ――猛犬のように、『緑眼の少女』に接近する。



 「……がぁっ!!」



 神代から繰り出された『前蹴り』を、如月さんが、か細い腕で間髪ガードする。

 ――神代の猛攻は『止まらない』。すぐに足を振り下ろした神代が、今度は右手の拳を突き出して、如月さんのみぞおちを狙った。


 ――ヒュッ、と、素早いサイドステップで右に避けた如月さんが、くるっとその身を回転させ、『その勢いを利用するかのように』、後ろ回し蹴りで神代の顔面を狙う。


 ――フォンッ……!


 ――果たして、『不発』。

 瞬間的に身を屈ませた神代の上部を、フリルのついた真っ黒のスカートがヒラリと舞う。

 体勢が崩れかけた如月さんを射止めんと、神代の掌底が再び彼女のみぞおちを狙う。


 ――トンッ……


 ――『跳躍』。

 『片足立ち』だった体勢から、如月さんがぴょーんと、自身の身長の二倍近くの高さまでジャンプし、神代が突き出した拳は空しく宙を突き抜ける。

 空中でくるっと一回転した如月さんは、神代から二メートルほど離れた位置に着地し、二人は再び相対する恰好となった。



 ――シンッ……



 ――果たして、『静寂』。

 にらみ合った二人の『若武者』が、どちらが先に鞘から刀を抜くのかと、牽制を開始する――


 …


 …


 …………



 ――天下一武道会かよ……



 そんなことを思っている場合ではないのは重々承知だが、

 そんなことを思わざる得ないほどの、『人間離れ』した動き。


 

 ……如月さんは、『緑眼』の力で身体が強化されているとして……、神代はなんであんなに『戦闘慣れ』しているんだ…………? あ、そういえばアイツ、『空手』やってるんだっけ…………。



 「……無駄だ…………」



 ――スッ、と構えを解いた神代が、

 愚痴をこぼすように、ポツリと呟く。



 「……実に、無駄な時間だよ、如月千草…………、どうあがいたって、君はこの後、僕に『殺される』んだから…………、さっさと、ヤられてくれないかな……、僕の、貴重な時間を無駄にしないで欲しい」



 …………コイツ。



 「――時に、神代君」



 利己で固められた、愚劣なる要求を求める神代に、

 如月さんが、子供のように問う。



 「……いくつか、わからないことがあるのだけれど……、『私』が『神代君』に殺されるって……、何故『決まっている』のかしら? ……それに、『貴重な時間』なのは、『私』や、『水無月君』とて、『同じ』ではないのかしら?」



 ――果たして、『ド天然』の一言というのは、

 いつだって、世の中の不条理に風穴を開ける。



 「……? 決まってるじゃないか…………」

 


 心底不思議そうな顔をしている神代が、

 子供のわがままをたしなめるような、呆れた顔つきで――、



 「――君たちが、僕よりも、はるかに『劣っている』からだよ……、わざわざ、言うまでもないと思うけど……?」



 世間話でもするようなトーンで、そんなことを言う。



 「……なるほど、わかったわ」



 ボソッと、呟くように口を開いた如月さんの顔が、『微動だにしない』。

 一切の感情を感じさせない、能面のような無表情のまま、バサッと、目にかかりそうだった前髪を後ろに流す。



 「――アナタとは、根本的な考え方というか……、『何を大切にして、生きているか』……って観点が、ちょっと合わないみたいね。…………そんな人に――」




 ――水無月君を、殺させるわけには、いかない――




 置き去られた台詞が影となって、『如月 千草』の姿が消える。

 ――神代が、目を丸くしながら、その動きを止める。

 ――果たして、遠巻きで二人のやり取りを眺めている僕の眼に、映る風景……、


 フッと姿を消した如月さんが、

 『一瞬』で、神代の背後に『瞬間移動』し、

 スッと、右足を後ろに引き、腰を落とす――


 ――フォンッ!!


 「――がっ……!?」



 背後から『後ろ回し蹴り』をくらった神代の身体が、

 数秒間浮遊したのち、殺風景なグラウンドの地面に仰々しくたたきつけられた。


 ――如月さんが、流れるように、『次の行動を開始する』。

 短距離ランナーのような猛ダッシュで、ふっとばされた神代の身体を如月さんが追う。背中から吹っ飛ばされ、前のめりに突っ伏した神代は、すぐに体勢を整えようとクルッと身をひるがえした――


 ――が、一足、『遅い』。

 

 神代が仰向けに起き上がったときには、

 奴の目の前には、既に『如月 千草』が、

 仁王立ちで、睨むように、『神代 紅一』のことを見下ろしている。


 

 「――ぐっ……!?」



 ――いつか、見た光景と同じ。

 ……僕の胸の中に、『黒い記憶』が呼び起こされる。


 

 「……神代君、『選びなさい』」



 『如月 千草』が、ヒョイと、ハンドバッグでも持ち上げるように、

 『神代 紅一』の首に手を掛け、身体ごと持ち上げ、ギリギリと、その首を『絞めあげる』――



 「このまま死ぬか。『閉眼の札』で封印されるか――」



 ――果たして、『圧制』。


 彼女の『覚悟』はいつだって、

 赤眼の『憤怒の炎』を、いとも簡単に『鎮火』する――



 「……ぐっ、…………ぐぅぅっ……」



 バタバタと、神代があらがうように足をばたつかせている。

 わなわなと両手を動かし、ガッ、と如月さんの片腕を掴む。


 憎悪に満ち溢れた表情で、

 不機嫌を露骨にかもし出している神代の口角が――


 ――スッ、と、持ち上がる。




 ――バチバチバチッッ!!



 何かが、はじけるような音がした。

 如月さんと神代の身体から、『稲光のような光』が、一瞬だけ、飛び散った。




 「……えっ…………?」



 遠巻きに、バカみたいな顔で二人の戦いを眺めていた僕の口から、

 思わず、バカみたいな声が漏れる。



 ――果たして、魂が抜けてしまった肉体のように、電池の切れたAIロボットみたいに――


 如月さんの身体が、殺風景なグラウンドに、ドサッと、倒れた。



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