其の九十四 『Allegro』


 ――底冷えするような寒さが僕の体温を奪う、金曜日の『宵闇よいやみ』。

 深淵が無限に広がる、『学校のグラウンド』に、ポツンと佇む、三人の役者。


 ガクガクの足で、立っていること自体が精いっぱいな僕……、こと、『水無月 葵』と、

 凛とした表情で、能面のような無表情で、静かに『敵』を眺める、『如月 千草』……、

 

 ――相対するは、露骨な『不機嫌』をあらわに、片眉を吊り上げながら僕らのことを睨む、『神代 紅一』……。



 「……『如月 千草』、どうしてお前が、『ココ』に居るんだ…………?」



 一段階トーンの下がった神代の発声に対して、如月さんが首を斜め四十五度に傾ける。



 「……どうしてもこうしても、『青眼』を守るのが、『緑眼』の使命だからなのだけど……?」


 「…………そういうことを、聞いているんじゃない。……水無月、お前は今日の午前中、僕との電話を終えたあと、如月に電話をかけ直して、『今日は会うのを止めよう』とかなんとか――」



 ――言いかけた神代が、何かに気づいたように、ハッと目を丸くする。



 「…………『ブラフ』……、かな、水無月、君…………」



 ――しばらくボウッと宙に目を向けていた神代の身体が、フラフラと風になびく。

 ガクッと首がうなだれたかと思うと、その肩が小刻みに揺れ始めた。


 「……ククッ…………、ハハッ、ハハハハハハハハッ!!」


 

 ――果たして、『爆笑』。


 普段の神代からは想像することもできない、悪意に満ちた笑い声が、深淵の空へと吸い込まれていく。



 「ハハッ……! ハハハッ……!! ……いやぁ~~~~っ、とんだ『お笑い草』だよ!! 見事見事!!  ……ほんの『ザコ』だと思ってた青眼族の『バカ』に、この僕がまんまと一杯食わされるなんてねぇ!! ハハッ!! さぁッ! 君たちも笑ったらどうだいッ!?」



 大仰に身をよじらせながら、両足でマトモに立ってられないといった様子で、神代が舞台役者のように声を張り上げる。


 ――果たして、『異形』。


 『太陽のような能天気男』という仮面の裏側に潜む、神代紅一の真のペルソナは、

 人を、人と思わない、……一切の存在を、自らの下に位置するモノと『区分』する――

 

 『利己的』で『傲慢』な、『悪帝』の顔。



 『神代 紅一』を『ブラフ』の電話で騙す。

 『如月 千草』は来ないと思い込ませて、神代を逆におびきだす。


 ……作戦に成功しているのは、僕の方なんだけど……

 何故だか、『パンドラの箱』に手を触れたような、人知れず禁忌を犯したことに気づいてしまった時のような……、


 ――巨大な邪悪にそっと撫でられたような『恐怖感』が、僕の全身を駆け巡った。



 「……まぁ、いいや……。僕の邪魔をするなら、『緑眼』も殺せばいいだけのこと……。『ちょっとだけ疲れる仕事』になったのは本意じゃないけど……」



 ユラユラと身体を揺らしながら、ガクリとこうべを垂れていた神代の顔がヌラリと持ち上がり、スッとその眼が僕たちに向かれる。



 ――ドロドロの絵の具みたいに真っ赤に染まった二つの両眼を携えて、

 『神代 紅一』が、百獣の王の如く、叫ぶ。



 「……お前ら全員…………、破片も残らないくらいに……、その身体を、バラッバラに引き裂いてやるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」



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