其の九十三 『Accel』
――底冷えするような寒さが僕の体温を奪う、金曜日の『宵闇』。
まるで世界で存在しているのが、『僕一人』なんじゃないかって思えるほどの静寂が、あたりをボウッと包む。
深淵が無限に広がる『学校のグラウンド』……、僕は、錆付いたプレハブ小屋……、『体育倉庫』の目の前でちょこんとしゃがみこんで、『待ち人』がやってくるのを待ちながら、ブルブルとその身を震わせていた。
――単純な、『寒さ』による身の震えなのか……、
――眼前まで迫っている『対決』を想像しての……、『武者震い』なのか……、
自分でも、わからなかった。
――ザッ……、ザッ……、ザッ……
静かに、ゆるりと、おどろおどろしく、堂々と――
静寂が包まれるグラウンドに、『覇王』の如き足音が響き渡る。
真っ暗闇の空間で、真っ黒な制服を身に
『ソイツ』が静かに、僕に近づく。
「――やぁ、水無月君…………、こんな夜更けに、悪いね、待たせてしまったかい…………?」
「……イマ、僕も来たところだよ……、『神代』」
目の前に現れた『ソイツ』――、『神代 紅一』が、
深淵が広がる空間で、ニカリと白い歯を見せつけながら、
――『不気味』に、笑う。
「……電話で話した件……、『御子柴 菫』の調査についてなんだけど……、アレ、もう、『いいや』」
「…………」
「……というのもね、昨日僕がキミに話した、校内で起きていた『ポルターガイスト事件』……、あれ、『真っ赤なウソ』なんだ! ……ハハッ! 簡単に『騙されて』くれるもんだから、助かっちゃったよ」
「…………知ってたよ」
「……アレ? 気づいたのかい? ……いやぁ~、ゴメンゴメン、キミのこと……、さすがに『バカにし過ぎていた』みたいだ……、
「…………『コレ』、仕掛けたのも、『キミ』だろ?」
――スッ、と立ち上がって、
僕は羽織っているコートの胸ポケットをごそごそとまさぐる。
『取り出して』、宙にブランと掲げたのは、小さな小さな『録音マイク』。
「…………インターネットで調べたんだ、このマイクと、同じ形状の機械が、『盗聴器』として通信販売されてた」
努めて冷静に、淡々と言葉を紡ぎながら、僕は『神代 紅一』の瞳を、ジッと射抜く。
神代が、腕組みをしながら、片足にだらんと体重をかけながら、少しだけ口角を上げて……、ニヤッと笑う。
「…………ここ数日で、『僕以外』に、僕の上着に触れた人物……、生徒会室で僕の上着を一時的に預かった『神代』以外に、思い当たらないんだ…………」
「――へぇ…………」
何かに感嘆したように、感心するように、
『余裕たっぷり』の表情を浮かべる神代が、
『全てを見下ろすような』、『全てを見下すような』、細い目つきで、
僕の事を、『品定め』するように見やる。
「……ホントウに、ただの『バカ』じゃなかったんだな……、『水無月 葵』…………」
「…………なんで、『こんなモノ』を仕掛けたんだ……、神代……」
「――なんで? ……そりゃあ、決まってるじゃないか」
スッと目を細めたまま、ポリポリと、めんどくさそうに頭をかきながら、
神代が、深淵の空へと目を向ける。
「――『赤眼の使命』の元に、青眼のキミを『殺す』ためだよ……、邪魔な『緑眼』……、『如月 千草』がいないタイミングを狙ってね…………」
――ザワッ…………
99,9%の確度で、限りなく黒に近いグレーで……、
頭の中で想像していた、一つの仮説。
――『三人目の赤眼=神代紅一』という真実を、
まざまざと突き付けられた僕の胸に、一瞬ゾワッと、黒い風がそよいだ。
「……昨日、生徒会室に呼び出した時点で、『殺す事』もできたはずだ……、あの時僕は、如月さんと一緒に居なかった。……何故、ぼくのことを『泳がせた』んだ……?」
「……あぁ、実はね、キミに『やってもらいたいこと』があったんだ、だからすぐに殺してしまうのは都合が悪かった。……そういう意味では、僕が昨日キミに頼んだことは、『その理由はウソ』でも、『依頼自体』はウソじゃなかった、ってことになるね」
「…………どういうこと?」
「――『御子柴 菫』の調査だよ。僕は、『青眼』であるキミを殺す事以外に、もう一つのミッションを『家』から課せられていたんだ……」
「…………?」
話の全貌が見えず、眉を八の字に曲げている僕に向かって、
それまで夜空を見上げていた神代の視線が、スッ――、と僕の方へ、戻る。
「……実はね、『神代』というのは僕の母親の『旧姓』で……、僕のホントウの苗字……、父親の苗字は、『御子柴』というんだ」
「……えっ…………?」
「……『御子柴 菫』は、僕の叔父……、『僕の父親の弟』と、どこの馬の骨かもわからない『青眼族』の女が産み落とした、『忌み子』だよ。 ――考えたくも無いけど、僕の『イトコ』にあたるのかな」
――ザワッ…………
――私のパパは、『赤眼に殺されました』
さて、『私のパパは青眼』でしょうか?――
――私のママは、『赤眼に恋をしました』
さて、『私のママは赤眼』でしょうか?――
――朝、御子柴から聞かされた、自身の出生に関する事実と、
――今、神代から聞かされた、悪意が渦巻く真実が……、
図らずも、僕の脳内で、
――グルグルと混ざり合い始める。
……神代の…………、本当の苗字が、『御子柴』……? 『御子柴 菫』とイトコ……? えっ……? それって――
「――まぁ、今となっては、『どうでもいい』コトだよ……、そういう意味では、水無月君、キミは、『盗聴マイク』を通して僕に真実を教えてくれた。……屋上での君と『御子柴 菫』の会話、『全部聞かせてもらった』からね。僕のミッションは果たされた、コレで……」
ニカリと、白い歯を見せた神代が、スッと、制服のポケットから一丁の『彫刻刀』を取り出し、クルクルと、ペン回しするみたいに、
「――『コレ』で、『キミ』のことも、『御子柴 菫』のことも、心おきなく……、『殺す』コトができるよ。……『赤眼族』の恥知らず……、僕の『叔父』をヤッた時みたいにね――」
――ピタっと、滑稽な輪舞が、回転運動を止める。
ダーツでもするかのように、『彫刻刀』を持った片腕を振り上げた神代の顔が……、
『ニヤリ』と、歪んだ。
「――サヨナラ、『水無月 葵』」
――ヒュッと、
鋭利な刃が一直線に僕の喉仏に向かう。
混乱と混迷が混ざり合った、何が何だかわからないという表情で、
硬直しきっていた僕の耳に、『とある音』が、飛び込む。
――ガラガラガラッ!
錆びた扉を思いっきり引き開けような、
無機質でやたらやかましい金切り音に、
ハッ、と意識を取り戻した、僕の『眼』に、映る風景――
僕のすぐ後ろ、『体育倉庫』の扉を開け放ち、
ピョンと、華麗な跳躍で僕の眼前に飛び出した『如月 千草』が、
『飛んできた彫刻刀』を手とうではじき返し、
本当に、何度聞いたかわからない……、『とある台詞』を言い放つ――。
「――安心して、水無月君。 ……『緑眼の使命』の元に、あなたのことは私が全力で守るわ」
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