其の八十 この世のすべての『愛犬』は、自分が服を着ている意味を知らない


 ――喫茶『如月』――


 橙色の照明が、ホンワリと、幻想的に、こじんまりした店内を『演出』する。

 カウンターテーブルを挟んで相対する僕と、如月さんの『おじい様』。


 何かを懐かしむように目を細めていた如月さんのおじい様が、

 ――ふと、途方も無い『憂い』を顔に浮かべ、静かに、口を開く。



 「……君がどこまで事情を把握しているかはわからないが、ある日を境に、あの子は人前で『笑わなくなってしまった』。……私と一緒にこの店で暮らすようになってから、テレビを見てても、外で遊んでいても、どこか『遠慮がち』で……、自分のココロを押し殺すように、『感情』を、『表』に出すことがなくなってしまったんだ……」


 「……」


 

 ――私は、同じ過ちを、二度と繰り返さないわ――



 学校の屋上で聞いた彼女の台詞が、僕の頭の中に反芻される。


 とてつもなく、強い『覚悟』を秘めているような声で、

 ……底知れぬ、『弱さ』を隠しているような声で――





 どこか物憂げに耽るように、遠い所に目をやっていた如月さんの『おじい様』が、スッと僕の方へ目線を戻し、少しだけ口元を上げて、頬にしわをいっぱいつくりながら、ニッコリと笑った。



 「……そんなあの子がね、最近、たまに『笑う』んだよ……」



 全てを慈しむように、

 全てを許すように、

 ――心底、『嬉しそうに』……、



 「……『君のおかげ』じゃないかな……、だから、『ありがとう』――」







 落ち着いた曲調のジャズが、沈黙を埋めるように、店内に響く。



 「……僕……」


 ――うまく、声が、出ない。


 僕『なんか』のおかげじゃない、

 僕『なんか』が、人のタメになるわけがない、

 僕『なんか』が、人の心を動かせるとは思えない、



 ――僕『なんか』、僕『なんか』、僕『なんか』、僕『なんか』――




 ――ボク『ナンカ』、『アオメ』ニノマレテ、セカイトイッショニホロンデシマエバイイ――







 ――『本当に』――


 ……?



 ――『本当に、そう思ってるの?』――


 ……はっ?



 ――『………』――


 ……お、おい、君は一体――――


 





 ――カラン、カラーン――


 どこか懐かしさを感じさせるベルの鐘の音が、

 僕の意識を現実へ引き戻す。



 ――ハッと我に返り、思わず音が鳴る方へ顔を向ける。


 僕の眼に飛び込んで来た、

 およそ、『信じられない光景』。




 「……あら、水無月君……、来ていたのね」



 ――全身『まっ黄色』で、

 身体のラインが丸わかりになるほど『ピッチリ』したパンクスーツを身にまとった『如月 千草』が、

 喫茶店の入り口の前で、凛と佇んでいた。



 …


 …


 …


 ――ッ!!



 ――どういう恰好!?

 「……どういう恰好!?」



 心の声と、のどから出る声が、『完全同時』に吐き出されたのは、三日ぶりだ。



 『会いたい』と願っていたはずなのに、

 『顔を見たい』と懇願していたはずなのに、


 ――果たして、『規格外』なヒロインはいつだって、

 『主人公』の頭を、『予想のナナメ上から引っぱたく』。

 



 思わず、ガタン、と椅子から立ち上がり、身を乗り出して声を上げる僕に、普段はクールな如月さんも無表情ながら流石にギョッ、と驚いていた。



 「………………えっ、おかしいのかしら……?」



 ――果たして、『無自覚』。

 天然は、己の愚かさに気づかないからこそ天然なのだ。如月さんが訝し気な表情を浮かべながら、自分の全身を舐めるように見やっている。


 ……お、おかしいっていうか……、キル――、『某アクション映画の女主人公』じゃないんだから……、ん、ちょっと待てよ……。



 己の容姿に頓着の無い『ド天然』娘が、かのようなコスプレ衣装を自身で選択するわけがない。ペアルックを強要されている幼い双子の背後には、いつだってバカ親のエゴがつきまとっているはずだ。


 僕は思わず、ガバッと身体を半回転させ、カウンターの向こうでニコニコと優しい笑みを浮かべている如月さんの『おじい様』に目を向けた。


 ――ブルドッグさながらに頬をたゆませた好々爺の『アブナイ視線』が、如月さん『一人』に注がれている。



 …


 …


 …


 ――ジジィの守備範囲広ッ!!?



 ……思わず漏れ出そうな『心の叫び』を、

 『胸の内』に秘めるのに精一杯だった。






 「――なるほど、ね……」



 ちっちゃな『和栗』がちょこんと乗っかっている『薄茶色のモンブラン』に、銀のフォークをぶっ刺しながら、『如月 千草』がポツリと呟く。


 ――カウンター席からテーブル席に移動した僕は、トイメンに座っている如月さんに、『御子柴』=『黒幕』説の全貌を話し終え、ふぅ、と一息つきながら、すっかり冷めきってしまったコーヒーをグッと胃に流し込んだ。

 ……ちなみに、キル――、『某アクション映画の女主人公』のコスプレ衣装を目の前にしては、考えられるモノも考えられなくなると判断した僕は、彼女に『私服』(※ゴスロリ衣装)に着替えてもらうよう懇願済だった。


 袖についている白いフリルを仰々しく口元に当てながら、『お掃除サボってひなたぼっこ中のメイド』みたいな如月さんが、神妙に言葉を紡ぐ。



 「……『その件』に関して、まずは『私が今日した事』について話してもいいかしら……?」



 チラッと、目線だけをこちらに向けた『ゴスロリ娘』の愛らしい仕草に、ちょっとだけ心臓を跳ねさせながら、僕は静かにコクンと頷いた。


 ――『作戦』を思いついたの……、うまくいけば、『三人目の赤眼』の正体を知ることができるかも――


 学校の屋上で彼女が呟いた『台詞』が、僕の脳内に反芻される――

 ――果たして、彼女の『作戦』とは……



 「……『不知火さん』の家が『赤眼』の名家だったってことは……、前に話したと思うのだけど、……それで、『ピンと来た』の」



 身体を少しだけナナメに向けながら、

 だらしなく頬杖をつきながら、

 相変わらず、如月さんは、『眼』だけを僕の顔へと向けている。



 「……ある程度、名前の通った『色眼族』であれば、その『苗字』から、『赤眼族』を割り出すことができるんじゃないかって。……その『苗字』を、クラスの『名簿』と照らし合わせることによって……」


 「――ッ!!」



 ……それってッ――



 「……め、めちゃめちゃ『効果的な作戦』じゃないかッ!!?」



 思わず、ガタン、と椅子から立ち上がり、ツバをまきちらしながら興奮する僕に対し、『ジト目』を以てして、『非難』の意を唱える如月さん。

 ……ちなみに言わずもがな、彼女の顔面にはゴシック体の太いフォント文字で、「次に大声出したらコロス」と殴り書きが為されている。



 「……水無月君、落ち着いて。……この『作戦』は、あくまで『赤眼』の『可能性がある』生徒を割り出せるってだけで……、確信をもって『黒幕』を特定できるやり方ではないわ……」



 「……えっ?」


 ――果たして、『疑問』。


 「……あっ」


 ――ひとりで、『納得』。



 はぁっ、と呆れたように息を吐き出した如月さんが、口元にあてていた袖を膝の上に置きなおし、真っすぐ姿勢を正して、僕の事を見やる。



 「……まず第一に、名の通った『色眼族の名家』と『同じ苗字』を持つ生徒がクラスの中に居たとして……、その情報だけでは、ソレが『偶然』かどうかを判断することが出来ないわ……。この世界の全ての『如月性』の人達が、『緑眼族』だってわけではないもの……。それに、例えば親の離縁などによって『苗字が変わってしまった』生徒については、調べようがないの」



 ……確かに……。


 急上昇した僕のテンションが、針で突かれた風船みたいにシュルシュルと萎む、

 ……そして、ガクンと、『着座』。



 「――『でもね』」



 ――フッ、と『乾いた笑い声』が聞こえた。

 陰鬱に目を伏せていた僕が、音に釣られるように顔を上げる。



 「……ある程度、目星がついている『容疑者』に、『苗字の一致』という『根拠』が加われば……、その『犯人像』は、限りなく『黒』に近い『グレー』になると思わない……?」


 「……?」



 ――ニヤニヤと、

 普段はお目にかかることのない、『意地悪そうな』笑みを浮かべながら、

 如月さんが、『得意げ』に言いやる。


 

 「……今日一日調べて、わかったの。うちのクラスの生徒に『一人だけ』……、『赤眼族』出身の性と合致する『苗字』を持つ生徒が居たわ」


 「……えっ」



 どこか、急展開するサスペンスドラマを見ているみたいに、

 フワフワと事態を呑み込めていない僕の頭に……、


 ――『冷水』が、被せられる。



 「……その生徒の名前はね……」




 ――『御子柴 菫』と言うの――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る