其の八十一 消えてしまった〇〇の、居場所を知らない彼女は、幸せでいられた


 ――喫茶『如月』――


 店内に響く落ち着いた曲調のジャズが、ポカンと口を開けてマヌケ面を晒している僕の耳を、あざ笑う様に撫でる。



――『怪奇現象』が発生する時、決まって近くに、一人の『女生徒』が居るらしいんだ――


 ……果たして、僕の『推理』と――



――『一人だけ』……、『赤眼族』出身の性と合致する『苗字』を持つ生徒が居たわ――


 ……『如月さん』の、『調査結果』が――



 『合致』した。




 ――カチっ……、カチっ……、カチっ……、カチっ――


 古ぼけた鳩時計が奏でる、

 無機質で等間隔な『リズム』が、

 確固たる『刻の進行』を僕らに伝える。


 僕は、『御子柴 菫』=『赤眼』の方程式が、

 限りなく『黒』に近いグレー……、99.9パーセントの確度で、正しい『解』であろうと、――『沈黙』というリアクションを以てして、『彼女』に対して強く『主張』していた。



 ――果たして、『彼女』……、

 『如月 千草』の表情は、

 僕の心の内の興奮とは対照的に、至極、『険しい』。


 袖についている白いフリルを仰々しく口元に当てながら、フォークでぶっさしていた和栗のモンブランのかけらを『床に落とした』ことにも気づかずに、口を半開きにして、ボー―ッと遠くの方を見つめている。


 ……彼女、何か、『気になってる』?――



 「……如月、さん……?」



 親の顔色を窺う幼子の様に、僕は恐る恐る彼女に声を掛ける。

 如月さんは、ハッと我に返ったように僕の方を見やると、その後『むなしく宙を突き刺している銀のフォーク』の先端に目を向け、『消えた和栗のモンブランの謎』を解くことができないのか、首を斜め四十五度に傾げていた。



 「……何を、考えてたの?」


 

 小さく、こぼすように、

 ――しかしハッキリと、輪郭のある発声で、

 僕はシンプルに、彼女に『疑問』をぶつけた。


 僕の問いかけに対して、相変わらずあさっての方向に目をやっている如月さんが、少しだけ逡巡しながら、言葉を紡ぎだす様に口を開く。



 「……なんだかね、『引っかかる』の……、彼女……、『御子柴』さん……、かなり、『変わっている』じゃない……?、行動が、『奇抜』というか……」



 …


 ……『どの口が、言うか』?

 ――喉まで出かかったその台詞を、僕の生存本能が全力で引き留めた。


 

 「……なんか、彼女の『振る舞い』が……、『赤眼』っぽくない感じがするの……、基本的に、私たち『色眼族』は……その正体を普通の人間――、『黒眼』に悟られないように……、ひっそりと、なるべく目立たずに、日々の生活を過ごす人が多いわ……」


 

 ポツポツと、遠慮がちに紡ぎだされた彼女の言葉を聞いて、

 僕は、今まで出会った『色眼族』の面々の『顔』を、脳内で思い浮かべていた。


 ……確かに……、『そう』、かも――



 ――例えば『鳥居先生』、

 ……鳥居先生は、『赤眼』に呑まれたときこそ、数多の暴言を吐き出し続ける『サイコ暴力教師』へと変貌してしまうが、……先生が『赤眼』だと知る前までは、どちらかというと『陰が薄い』というか……、僕というフィルターか覗き見える『鳥居先生』の印象は、取り立てて『特徴の無い』、『一般的な教師像』を体現したような先生だった。


 ――例えば『不知火さん』、

 ……『不知火さん』は僕と同じく、『決して自分の心の内を他人に明かさない』タイプの人間だ。それこそ、クラスの『その他大勢』という絶妙なポジションを意図的に作り上げるほど、心の壁を自身で分厚く塗り上げ……、しかして、その事を決して人に悟られないように――


 ――例えば『如月さん』

 ……『如月さん』は、クラスから『浮いている』という意味では、それこそ『目立ちまくっている』のだが……、別段それは、彼女が『望んでそうした』わけでもなく、……どちらかというと、『周囲との交流を完膚なきまでにシャットアウトしている』というその姿勢が、『コミュニティに所属していない=ステータスを確立できない』という歪なヒエラルキー制度を有する『学校社会』においては『異形に映る』というだけで、如月さん自身が自らの存在感を鼓舞するような振る舞いをしていたわけではない。


 ――例えば僕、『水無月 葵』

 ……に、ついては、

 『言うまでもない』だろう。



 あさっての方向をじぃーーっと見つめていた如月さんの目線が、

 ――チラッと、僕に向かれた。



 「……それに、彼女…………、なんだか、水無月君の事を、『気に入っている』ように見えるの…………」


 

 ボソボソと、珍しく覇気がない声色で、如月さんが声を地面に落とす。

 ――ただでさえ低めのそのトーンに、ヒトツマミの『LOW』が掛かった。



 「……もし彼女が『赤眼』だったとして、……自分の正体がバレてしまう危険があるというのに、そんな行動……、水無月君に積極的に『アプローチ』を掛けるようなこと……、するのかしら……?」



 …


 …


 ……たし、かに……。



 ――果たして、99.9パーセントの確度で、正しい『解』であろうと確信していた『御子柴 菫』=『赤眼』の方程式が……、


 ――『ある視点』により新たに発見された一つの『証明』によって、

 グニャリと、歪む――




 ――カチっ……、カチっ……、カチっ……、カチっ――


 古ぼけた鳩時計が奏でる、

 無機質で等間隔な『リズム』が、

 確固たる『刻の進行』を僕らに伝える。


 店内に響く落ち着いた曲調のジャズが、

 『沈黙』という現実を僕の耳に突き付ける。



 「――明日一日……、『時間』をくれないかしら?」



 ――数分間の『静寂』の埋め合わせをするように、

 如月さんが、『そんな事』を言う。



 「……もうちょっと、調べてみたいの。……何か、『見落とし』がある気がして……」


 

 袖についている白いフリルを仰々しく口元に当てながら、銀のフォークで虚空を突き刺しながら、目線だけこちらに向けている如月さんの『瞳』が、弱々しく光る僕の『瞳』を『射抜く』。


 僕は、何かに気圧されるようにゴクリと生唾を飲み込み、強いられるように視線を交錯させたまま、静かに、コクンと頷いた。



 「――時に、水無月君」



 飢えた山犬のように、獲物を見つけた大鷲のように、

 僕の瞳を貫きながら、『如月 千草』が、『ポロっ』と言いやる。



 「……私の、『和栗のモンブラン』は……、どこに行ってしまったのかしら?」



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