其の七十七 四面楚歌・絶望賛歌


 ――若人たちに与えられた一時の『自由』……、『放課後』の始まり……。


 現代を生きる『リアル出来杉君』、神代と、

 『クラスのその他大勢』であるが故、恐ろしく『勘の鈍い男』、水無月 葵と、

 『クラスのその他大勢』のくせに、案外『勘の鋭い男』、烏丸が……、


 ――一般生徒がおよそ立ち入ることはない、『天上人』達が集う秘密の御城……『生徒会室』で、簡素なパイプ椅子に腰を掛け、長方形の木造テーブルを挟み……、相対していた。




 「――『御子柴 菫』じゃないか?」


 神代の問いに対して、ゾンビのようなトーンでボソリと呟いた声の主……、『烏丸』は、相変わらずやる気のない顔で、ぬぼーーっと、どこでも無い『宙』に目をやっている。



 「……おや、『意外な回答者』が現れたねぇ、烏丸君! ……実は、僕もその『女生徒』が『御子柴さん』じゃないかと思っているんだ!」



 ほう、と感嘆した声をあげながら、白い歯をニカリと見せながら、

 声のトーンを元に戻した神代が、喜々として声をあげた。



 ……えっ?



 二人とは対照的に、僕は未だに『ピンと来ていない』。



 「……た、たしかに『御子柴』……、さんは『ボブカット』のヘアスタイルだけど、……なんか、そもそも『身体的特徴』が広すぎて……、決めつけるのは、早計なんじゃないかな……?」



 遠慮がちに、弱々しく、僕は二人に対して反論を試みる。

 ――神代の掌の上のボールペンが、再びクルクルと舞を始めた。



 「……確かに水無月君の言う通り! ……『身体的特徴』だけで判断すると、該当する『女生徒』は御子柴さんの他にもたくさん居るだろう……、だけど、考えてみてくれ……」



 再びスッ、と目を細め、白い歯をしまうように真顔に直った神代が、

 少しだけ声量の抑えたトーンで、静かに言いやる。



 「……『ポルターガイスト現象』が『イタズラ』だったとして……、『そんな事件を起しそうな人物』でフィルターをかけてみると……、該当者は、一気に『絞り込める』んじゃないかい……?」



 …


 …


 ……なる、ほど……。


 今までずっと『ピンと来ていなかった』僕の脳内が、

 スッ、と『ほどかれた糸』のように、『腑に落ちる』。


 …


 ……ちょっと待てよ、それって――



 ――『御子柴 菫』が、『――』ってことじゃあ――




 ――カランッ――


 

 何かを掴みかけていた僕の思考が、

 再び床に落ちた『ボールペンの音』に中断された。


 ――ハッと我に返り、耳にヌメリと流し込まれた、『ゾンビの唸り声』。



 「……『ポルターガイスト現象』をハナから『生徒のイタズラ』だって考えている神代は、どっちかっていうと『そんな事をやりそうな奴』ってセンで『御子柴 菫』を疑っている、って事か。……で、御子柴の容姿は、目撃証言から得られた『身体的特徴』にも合致すると」



 僕よりも先に『答え』にたどり着いていた烏丸が、ボソボソとやる気の無いトーンで、……しかしてその内容は『理路整然』と、神代の推理を『代弁』する。



 「……その通り! ご明察だよ、烏丸君……、キミ、探偵になれるんじゃないかい?」



 指をパチンッと鳴らして、アメリカ人みたいに喜ぶ神代とは対照的に、烏丸の顔は相変わらず、生きているのかもわからないほど覇気がない。


 ……それにしても、『ヘン』だな。



 烏丸は、『他人に興味を示す』タイプの人間じゃない。今日奴がここに居るのだって、僕に無理矢理誘われて仕方がなくやって来ているに過ぎない。


 ――そんな男が、『御子柴』の性格を読んだ上で、『神代』の考えている事を言い当てるなんて……



 ……なんか、『らしくない』ぞ、烏丸……。



 「――さて、『説明』が済んだところで……、ここからが『相談』だよ、水無月君!」



 ゴホンと大袈裟に咳をした神代が、床に落ちたボールペンを拾い上げて木造のテーブルに置くと、少しだけ前のめりの姿勢になって、白い歯をニカリと見せながら満面の笑みを僕に見せつける。


 ――果たして、『嫌な予感』。

 ……笑顔を以てして行われる『相談』なんて、大概が『ロクでもない事』と相場が決まっている。


 少しだけ身を硬くして、『構える』ように神代の顔を見やる僕に対して――



 「……『御子柴さん』に接触して、事の真相を聞いてみてくれないかい?」



 ――神代の口から発された、『ストレートな要求』。



 「…………えっ?」



 きょとんとした表情で眼を丸くしている僕に向かって、神代は少しだけ笑顔を崩して、眉を八の字に曲げて、困ったような顔をしながら言葉をつづける。



 「……頼むよ! こんな事頼めるの……、『水無月君』しか居ないんだ!」


 「――ちょ、ちょっと待ってよ。なんで、『僕』なの……?」


 「……? ……いや、だって……」



 カウンターパンチのようにきょとん顔を『返した』神代が、

 『なんでそんな事を聞くんだ』と言いそうな顔で僕を見つめる。



 「……うちのクラスでまともに彼女とコミュニケーション取れるの……、『君くらい』じゃないか……?」


 …


 …


 ――えぇっ……??



 「い、いや……、確かに『御子柴』……、さんとはたまに喋るけど、別に『仲が良い』わけじゃないし、無理だよ……」


 「……そんなこと言ったら、僕は何故だか『毛虫』みたいに毛嫌いされているからね……。挨拶すらまともに返してくれないんだよ……、彼女……」



 神代が、自嘲気味に笑いながら、フッ、と窓の外に哀しそうな眼を向けた。



 「……確かに、『御子柴 菫』が水無月以外の生徒と喋っているの見たとこ、無いかもな」



 僕の隣から、ボソッとゾンビのような呟きが聞こえる。

 ……って烏丸、ナニ神代の『援護射撃』してんだ……、お前、今日ホントに『ヘン』だぞ……?



 「……これはもう、『消去法』的にも仕方がないんだ、頼むよ……、『生徒会』の力で、君が一学期にとった数学の赤点……、『帳消し』にしてあげてもいい!」


 ――果たして、神代が『とんでもない事』を言い出す。

 ……いや、『生徒会』にそんな力は無いだろ。っていうか何で『赤点』の事知ってるんだ。



 「……そ、そんな、例え彼女とコミュニケーション取れるのが僕だけだったとしても、彼女から『事の真相』を聞き出すなんて、『はぐらかされるに決まってる』って……、彼女の性格、君たちも知っているだろう……?」



 なおを否定の意思を見せ続ける僕に対して、

 ついに神代はガバッと両掌を木造テーブルの上に置き、『土下座』のポーズを取りながら頭を『擦りつけはじめた』。



 「頼むよ! この『神代 紅一』……、一生を懸けてのお願いだッ!!」


 ……い、一生……?? 何がこの男をそんなに『追い込んで』いるんだ……?



 「……まぁ、聞くだけ聞いてみりゃあいいじゃん……、お前、最近あの『如月さん』とも仲良いんだろ? ……案外『御子柴』も手懐けられるんじゃねぇか……?」

  ――果たして、インモラルなゾンビの呟き。


 「……おおっ! あの『如月さん』とも!? ……彼女の場合、挨拶は返してくれるんだけど、その眼が冷たすぎて……、サヨウナラって言いながら『死ね』って言われている気分になるんだ……」

 ――果たして、窓の外を見つめる哀しい瞳。


 「……そういやお前、何気に『不知火さん』ともよく喋ってたような……、陰キャっぽいナリしてるくせに、案外モテるんだな」

  ――果たして、ニヒリズムなゾンビの呟き。


 「……おおっ! あの『不知火さん』とも!? ……いいねぇ、羨ましいねぇ、青春だねぇぇぇ……、僕は、家が厳しくて、二十歳を超えるまで恋愛そのものを『禁止』されているんだ……」

  ――果たして、哀しい瞳から流れる、一筋の涙。



 …

 

 …


 ……こ、これは、もう……。



 ――ニ・ゲ・ラ・レ・ナ・イ――



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