其の五十九 『対峙』
――メラメラメラメラメラメラメラメラ……
ユラユラと揺れる、無数の巨大な火の玉が、
なんでもないように、気づかない内に人がアリを踏み潰すみたいに、
眼、無き、眼で、チッポケな僕らを、無慈悲に見下ろす。
……コレは、もう、終わった――
圧倒的なサイズ感で、眼前へと立ちはだかる『死の圧力』。
不知火さんが、幽霊みたいに生気のない『赤い眼』で、こちらを見やる。
――ズブズブズブズブズブズブ ……
ガクリと力を無くしてしまった僕の『両膝』と、接着しているコンクリートの『地面』が、ジワジワと『黒ずみ』始める。
……コンクリートって、腐るんだっけ?
ボウッ、と呆けた頭で、
そんな、どうでもいい疑問が、ふいに頭をよぎった。
……まぁ、いいか。
腐った地面に身体が溶け込んでいって『死ぬ』のも、
ゴウゴウと音を立てる『火の玉』に焼き尽くされて『死ぬ』のも、
――たいして、変わりなんて、な――
「時に、水無月君」
――ハッ、と視界が現実に戻る。
ジワジワとコンクリートの地面を蝕んでいった侵食が、ピタッと止まる。
僕は音につられるように、その『声』の持主の方へと顔を向ける。
メラメラと燃える火の玉によって、橙色に照らされる『如月さん』が、若木のようにそびえ立ち、燃え盛る火の玉に威風堂々と対峙していた。
彼女は、静かに口を開くと――
「……不知火さんが一家に一人居れば、エアコンもストーブも要らないわね」
フッ、と薄い微笑を浮かべながら、
そんな事を言った。
――ふと、僕の頭の中で、
さっき聞いた彼女の『台詞』が、
スーッと、リピート再生される。
――あなたには、何があっても、何が起こっても……、堂々と、すべてを『笑い飛ばす』くらいの、『のんき』さが、必要だと思うわ――
如月さんが、業火に囲まれる不知火さんの元へ、スタスタと、なんでもないように、毅然とした足取りで近づく。
ピタっ、と歩みを止めた如月さんが、
能面のような無表情で、
抑揚の無い、機械のようなトーンの声で、
――無機質に、言い放つ。
「……『サッちゃん』を殺したのは、あなただったのね、不知火さん」
――えっ……。
シンと、空間に広がった、一瞬の『間』。
時が止まったみたいに、誰も動かない、何も喋らない。
――メラメラと燃え盛る火の玉の『揺らぎ』だけが、
『刻』の進行を、僕たちに伝える。
真っ赤に染まった『両眼』を丸々と大きく見開いた不知火さんが、
ポカンと、小さな口を大きく広げている。
「サッちゃん……、『霧雨 沙也加』は、私が守る『はず』だった……、『緑眼族』の保護下にあった『青眼族』の女の子よ」
「えっ……」
幽霊みたいに生気の無かった不知火さんの『赤眼』に、『動揺』という名の『鈍色』が混ざる。
如月さんは、変わらぬ能面のような無表情で、『緑色』に光った二つの眼で、不知火さんの『赤眼』を貫くように、細く睨んだ。
「……彼女は両親の居ない孤児だったの。……『白狐村の大災害』、あなたも、知っているわよね? ほとんどの村民が『色眼族』だったその村が、一夜にして『壊滅』してしまったあの事件……、彼女、あの大災害の被害者だったのよ」
「……」
「彼女は、『緑眼族』を束ねる立場にあった我が家……、『如月家』で引き取る事になったわ。そして、私は両親に強く言いつけられたの、『青眼を守るのは緑眼の使命、この子は、どんな事があってお前が守りなさい』って」
「……」
「私は、毎日、三百六十五日、二十四時間、どんな時でも彼女と一緒に居たわ。『色眼族の使命』は私たちにとって絶対の『正義』………、あなたなら、分かってくれるわよね?」
「……」
「……そのやり方が良くなかったのね。私もまだ幼かったし、思考が未熟だったんだわ。 ……彼女、『サッちゃん』は、いついかなる時も私に『監視されている』というその状況に耐えられなくなって、時折私の目を盗んで外出するようになったの」
「……」
「私は焦って、居なくなる度に彼女を探したわ。……でも、幼い私が活動できる範囲なんてたかが知れている、私がサッちゃんを自力で見つける事が出来たことは一度も無かった。彼女、夕食前にひょっこり家に帰ってくるの。私が『勝手に居なくなってはダメよ』と言っても、いつもヘラヘラ笑って、ゴメンゴメンって口だけで謝っていたわ……」
「………」
「ある日、サッちゃんは夕食前になっても帰って来なかった。胸騒ぎがした私は、両親に相談して、一家総出でサッちゃんの事を探したの。……彼女を見つけたのは私の兄だったわ。まさか、すぐ近所の公園で見つかるなんてね、盲点だったわ」
「………ウソ」
「………あえて説明する必要も無いけど、彼女……、『サッちゃん』は、私たちが見つけた時には、既に、『こと切れていた』」
「……ウソよ」
「……『緑眼の使命』を果たせなかった私は、本家から離縁されることになったわ。……一応、『如月性』を名乗る事は許されているのだけど、両親にも兄弟にも、もう何年も会ってないわね。今は、母の父……、現役を退いた、私の『祖父』と一緒にひっそりと暮らしているわ」
「……ウソ、そんな『ウソ』言って、私の事『動揺』させようとしたって……、無駄、だよっ!」
不知火さんの、甲高いアニメみたいな声が、
橙色に染まった空に、空しく響く。
――その声が、
あまりにも『悲痛』で、あまりにも『脆弱』で、あまりにも『必死』で――
聞いてるのが、辛かった。
ゴウゴウと燃え盛っていた『火の玉』の勢いが、
心なしか弱くなっているように見える。
……もしかして、不知火さん……。
――『動揺』によって、『怒り』の感情が薄れてる………?
「不知火さん」
――ヒュッ、と、
ナイフを喉元にあてられたみたいに、
鋭く尖った、如月さんの『声』が、まどろんだ空間を切り裂く。
不知火さんが、思わず「ヒッ……」と小さなうめき声を漏らした。
彼女は、もはや『恐怖』を隠そうとすらしていなかった。
叱られた幼子のように、彼女の顔が、弱々しく歪む。
「……申し訳ないのだけど、私は、『同じ過ち』を……」
如月さんが、ボソリと呟いた。
深く低く、
その思考を一切察することの出来ない、
機械のようなトーンの声――
「……二度と、繰り返さないわ――」
彼女の『声』が、その『姿』と共に、
僕の目の前から、
『消える』。
――違う、
正確には、消えた『ように見えた』。
烏丸先生と対決した時と同じ……、
如月さんは、信じられないスピードで、『瞬間移動』をした。
――刹那、
不知火さんの目の前に突如現れた『如月さん』が、
ヒョイっと、ハンドバッグでも持ち上げるみたいに、
――不知火さんの『首』を、片手で絞め上げる――
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